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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.5 緑の魔女は、笑わない。
21/309

◇1

 シリングのパートナー選出のための特別講義が行われてから、三日の時が流れていた。


 レイール聖魔院、第五演習室。

「ホントに“燃焼”だけは完璧に使えてんな」

 どこか感心したように言うブラッドス。そのブラッドスの前には、淡い光のような赤炎を全身に纏ったマルクの姿があった。

「何かコツでも掴んだのか?」

「んー、コツとかはよくわかんないけど、この状態で結構自然な感じ。疲労感もないし」

「赤炎は五元炎ごげんえんの中でも攻撃性の強い炎だから、“放出”には向いても、“燃焼”には不向きのはずなんだけどなぁ」

 自分でもよくわかっていない様子で答えるマルクに、ブラッドスが戸惑うように大きく首を傾げる。特別講義中、魔猫まびょうから進化した魔虎まこに襲われたマルクは、土壇場で炎技の一つ、“燃焼”を身につけたのである。トゥーパの時に使った“放出”は未だに使いこなせていないが、“燃焼”の方はすっかり使いこなし、他の魔士たちに並ぶほどとなっていた。

「ま、よっぽど赤炎が体に馴染んだんだろ。良かったじゃねぇか、取り柄が一つ出来て」

「どうせ俺は他に取り柄なんてないよ!」

 誉めるブラッドスに対し、相変わらず陰気な雰囲気で一方的に言い返すマルク。

「けど、どうせなら“燃焼”みたいな地味な炎技じゃなくて、もっと派手なの得意になりたかったなぁ。あいつみたいに“装纏そうてん”とかさ」

「あいつ?」

「“装纏”は、炎技の中でも最も難易度の高い技だと言っただろう?」

 不思議そうに聞き返すブラッドスの横から、ルビィネルが冷静に言葉を発する。

「“最上級魔士”であるシリングには使えても、“最下級魔士”であるそなたには、まず無理だ」

「はっきり言い切るな! もうちょっと濁して言えよ!」

 断言するルビィネルに、マルクが泣き出しそうな表情となって怒鳴りあげる。

「ああ、あいつってシリング・ウェーガットのことか」

 二人の会話を聞いたブラッドスが、納得したように頷く。

「けどお前、“燃焼”が得意ってんなら、あの技をっ……」

『きゃああああ! シリングくぅぅーん!』

 マルクに何かを伝えようとしたブラッドスの声が、演習室中に響き渡るほど大きな黄色い声援により、あっさりと掻き消される。耳触りなほどの声に、マルクたちが少し顔をしかめながら振り向くと、そこには何やら興奮気味の魔女たちの集団がある。魔女たちは皆、同じ方向を見つめており、その視線の先にはマルクと同じように燃焼の演習を行っているシリングの姿があった。

「相変わらず人気だな、最上級魔士は」

「ああ。あいつが演習に参加するようになってから、外野がうるさくてしょうがねぇ」

 感心するルビィネルの横で、ブラッドスが不快な表情を見せる。特別講義の結果、色々とあったもののパートナーを得たシリングは、パートナーである魔士と魔女が二人一組で参加するこの炎技演習の授業にも、つい先日から参加し始めたのである。

「あいつ、パートナー出来ちゃったのに、まだ魔女たちから人気あるのか?」

「危機に陥った魔院の仲間を救うため、自分のことなど顧みず、パートナー契約を行ったって噂が流れたのよ」

 その場に姿を現し、マルクの疑問に答えたのはアメジェスであった。

「その噂を聞いた魔女たちが、“なんてカッコイイの、シリングくん”ってなって、また人気が上がったんですって」

「まぁニュアンス的には、そう間違ってもないけどさ……」

 アメジェスの言葉を聞いたマルクが、どこか引きつった表情を見せる。確かにシリングがパートナー契約を行ったお陰で、マルクもルビィネルも皆、助かったわけだが、シリングだけがヒーローのように扱われることには多少不満が残る。

「ちょっと! シリングは今、演習中なのよ! 大きな声出して、シリングの集中力乱さないでくれない!?」

 シリングのすぐ近くに居たサファイが、シリングへと熱い視線を向けている魔女たちの前へ出て、しかめた表情で強く言い放つ。

「何よ、パートナーになったからって偉そうに」

「嫌よねぇ。たまたま近くに居たからパートナーになれただけなのに、自分が選ばれたって顔しちゃって」

「シリングくんも災難よねぇー。あんな魔女と本結契約しちゃって」

「何ですってぇ!?」

 次々と悪口を零す魔女たちに、サファイは落ち込むことなく、正面から勢いよく怒鳴りあげる。あれこれと揉め始めるサファイと他の魔女たちを見て、演習中のシリングは呆れかえったように深々と息を吐いた。

「大変だな、サファイも」

「ルビィネルが一生、味わうことのない大変さよね」

「まぁな」

「うるさいな、お前等!」

 会話でさり気なくマルクをけなすルビィネルとアメジェスに、マルクが敏感に気付き、怒鳴り返す。

「あ、そういや、マルク・クラウド」

 思い出したような様子のブラッドスに名を呼ばれ、マルクがゆっくりと振り向く。

「お前最近、ポンド・アラーネルと連絡取ってっか?」

「ポンド?」

 ブラッドスからポンドの名を聞き、マルクが目を丸くする。

「特に取ってないけど、なんで?」

「あいつ最近、魔院の講義に出てねぇんだよ。俺の炎技演習はともかく、他の基礎講義や魔士の専門講義も全部」

「そう言われてみると、最近全然見かけてないかも」

 ここ数日の講義での風景を思い出し、マルクがポツリと呟く。いつもであればポンドが居ないことにくらいすぐに気付いただろうが、最近、トゥーパやフランが共に講義を受けるようになり、さらにはシリングとサファイのこともあったので、ポンドの存在をすっかり失念していた。

「アメジェスは?」

「私も見てないわね」

 問いかけるマルクに、アメジェスが眉をひそめる。

「けどポンドが講義をサボるなんて、よくあることなんじゃ」

「まぁそうなんだけど、今回はもう十日になる上、魔院に何の連絡も来てねぇからさ」

 アメジェスの問いに、ブラッドスが難しい表情を見せながら答える。ポンドはまだパートナーがいないこともあり、演習には参加していないが、他の単独で受ける講義も定期的な感覚で休むことがよくある。それに明確な理由はなく、面倒臭いと言っていることが多々だ。

「そんなに気に掛けなくても、どうせまた、心に決めたたった一人の魔女でも口説きに行ってるんだろぉ?」

「そういえば前から気になっていたのだが、そのポンドが心に決めている、たった一人の魔女とは一体どこの誰なのだ?」

「…………」

「ん?」

 自分の問いかけに答えず、動きすらも止めるマルクを見て、ルビィネルが首を傾げる。

「マルク?」

「そういえば、誰なんだろ」

「は? 知らないのか?」

 眉をひそめ首を捻るマルクに、ルビィネルが思わず呆れたような声を出す。

「アメジェス、知ってる?」

「いいえ、知らないわ。私もマルクは知ってると思ってたんだけれど」

「いや、だって別に、改めて聞くようなことでもないし……」

 アメジェスの言葉に、マルクが少し困った表情を見せる。そんなマルクを見て、アメジェスも考え込むように俯いた。二人を包む気まずい雰囲気に、ルビィネルがそっと肩を落とす。

「まぁどうせ、この魔院の魔女なのだろう? 魔女科クラスの者に適当に聞けば、わかるのではないか?」

「そ、そうだな」

 気まずい空気を打破するように言うルビィネルに、マルクが笑みを作って頷く。

「ま、何かわかったら、俺にも連絡くれ」

「あ、うん」

 マルクの返事を確認すると、ブラッドスが演習中の他の魔士のもとへと歩き去っていく。

「ポンドのたった一人の魔女、か……」

 誰も知らぬその魔女のことを考え、マルクは真剣な表情を見せた。



 昼休み。中庭、ベンチ広場。

「他のクラスの子たちにも聞いたけれど、誰も知らなかったわよ。ポンドが口説いてる魔女なんて」

「トゥーパも聞いてあげたけど、皆、知らないってぇ」

「私もだ」

「そっか」

 次々と言うアメジェス、トゥーパ、ルビィネルに、マルクがそっと肩を落とす。ルビィネルたちは皆、魔女科でもクラスが違う上、アメジェスやトゥーパは、他のクラスにも顔が広い。魔女たちは誰が誰のパートナーになっただのという話題には敏感であるし、噂も好きだから、これだけ聞いても誰も知らないということは、その魔女が誰にも話していないか、その魔女がこの魔院に居る魔女ではないということだろう。

「魔院外の魔女かぁ? でもそうなったら調べようが……」

「ハッハッハ! 待たせたねぇ、我が魔女よ!」

 マルクが首を捻っているとそこへ、高らかと響き渡る笑い声と共に体をくるくると回転させながら、フランがやって来た。フランが現れた途端、マルクたちが皆、うんざりとした表情となる。

「風のように軽やかに、波のように穏やかに、この僕が、レイールの貴族であるパパに頼んで調べてもらったところだねぇ」

「父親の力、借りただけかよ」

 フランの言葉を聞き、マルクが思わず突っ込みを入れる。

「このレイールの魔院外の魔女で、ポンド・アラーネルにパートナーを申し込まれたような人物は居ないとのことだったよ!」

「そう、ご苦労様」

「なぁ~に! パートナーである君のためなら!」

「調子よく使われているな」

 アメジェスの素っ気ない一言にも、嬉しさ全開で体を跳ね上がらせるフランを、ルビィネルがどこか憐れみの目で見つめる。

「魔院外の魔女でもないとなるとぉ、もしかしてフレイヤ?」

「それはないと思うわよ。ポンドは魔士とはいえ、ただの人間だから、フレイヤには入国も出来ないだろうし」

 提案するトゥーパに、アメジェスが冷静に答える。

「じゃあ一体、誰なわけぇ?」

「さぁ? ポンドは昔から、肝心なところで秘密主義になる癖みたいなものがあるから」

 トゥーパの問いに答えながら、困ったように肩を落とすアメジェス。

「親しみやすい雰囲気装っておいて、結局は誰も近付けさせないのよねぇ」

「君の近くには、この綿のようにフワフワで、麻のように涼しげな、僕がいるよ! 我が魔女!」

「ハイハイ」

 熱く身を乗り出してくるフランを、アメジェスが適当にあしらう。

「俺、帰りにポンドの家、寄ってみるよ」

「え?」

 少し考え込むような表情を見せた後、そっと笑みを浮かべて言い放つマルク。そのマルクの言葉を聞いた途端、アメジェスが眉間に皺を寄せ、表情を曇らせる。

「けど、マルク」

「大丈夫、大丈夫。ポンドの様子だけチラっと確認したら、すぐ帰るから」

 心配するように呼びかけるアメジェスと、アメジェスを安心させようと笑顔を向けるマルク。そんな二人を見つめながら、ルビィネルは少し戸惑うように首を傾げた。




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