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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.1 赤き魔女は、いとわない。
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◇2

 レイール聖魔院のあるレイヤという名の国は、“人”と“魔族”が共存する、この世界唯一の国であるが、その境界線は明確だ。国の中心を流れる大きな川、レイヤ川をラインとして、川から西側が“ヤール”と呼ばれる、人間たちの住む領域。東側が“レイール”と呼ばれる、魔族の住む領域として、はっきりと分けられている。聖魔院があるのは、魔族たちの住む東側の領域だが、人であるマルクの家は、ヤールの、それもかなり外れの山奥の奥にあった。周りには木々しかない場所に、不釣り合いなほどに立派な、二階建ての木製の屋敷。ここが、マルクの育った家である。

「ただいま」

「お帰りなさいませ、マルク様」

 重みのある鉄製の扉を開けて、屋敷の中へと入ったマルクを、すぐに玄関へと出て来て出迎えたのは、マルクよりも十程年上に見える、二十代半ば頃の年齢の男であった。色素の薄い、水色の髪に、宝石のような青色の瞳は、とても優しい。立派な体躯にはあまり似合わぬ、簡素な紺色のエプロンを纏ったその男は、満面の笑みでマルクを迎えた。

「随分と早い、お帰りでしたね」

「午後の講義、サボったから」

「ええ!? サボった!?」

 男の問いに素っ気なく答えながら、マルクが玄関を上がり、廊下を進んで、すぐさま二階へと続く階段を上っていく。男は焦ったような表情を見せながら、必死にマルクの後を追っていく。

「どこか、お体の調子でも悪いのですか!?」

「別に。出たくないから、出なかっただけ」

 階段を上りきると、マルクが、二階の廊下に出てすぐある、右側の扉を開ける。扉の向こうには、寝台と机、それに本棚が置かれた、簡素な部屋。マルクは部屋に入り、机の上へと鞄を置くと、制服の上着を脱ぎ、手慣れた様子で、机の横のラックへと制服を掛ける。

「魔炎操作の授業なんて、パートナーも居ない俺には、必要ないし」

「マルク様……」

 部屋の外から、不貞腐れた様子のマルクを眺めながら、男が少し困ったように目を細める。

「また、パートナーを断られたのですね。これで九十九人目ですか」

「落ち込んでるんだから、みなまで言うなよ。っていうか人数まで、すっごいしっかり覚えてるんだね」

 軽く頭を抱え込むようにして、その場で俯く男に、マルクは思わず呆れた視線を送る。

「このラピスラズ、女でさえあれば、魔女となって、マルク様のパートナーとなったというのに……!」

「気持ち悪いこと、言わないでよ」

 涙を拭くような動作をしながら、言葉を続けるラピスラズに、マルクが、着替えをしながらも、顔をしかめる。

「魔族に生まれながら、マルク様のお役に立てないとは! まったく自分が、情けない……!」

「ラピスが気に病むことじゃないよ」

 制服から、動きやすい部屋着となったマルクが、嘆くラピスラズに言葉を掛ける。

「どの魔女もパートナーになってくれないのは、俺が最下級魔士だからなんだし」

 暗い表情で俯くマルクを見て、ラピスラズが眉間に皺を寄せる。魔女にパートナーを断られ続けて、九十九人。最初は、まだ冗談のように笑い飛ばし、からかうポンドにも威勢よく怒鳴り返していたマルクだが、徐々にその勢いはなくなり、諦めの雰囲気が漂い始めていることを、ラピスラズは感じ始めていた。そんなマルクを励まそうと、ラピスラズが大きく笑みを浮かべる。

「だ、大丈夫ですよ、マルク様!」

 上ずっているとさえ思えるほどの明るい声で、ラピスラズがマルクへと声を掛ける。

「次の魔女はきっと、パートナーになってくれますよ!」

 笑顔で言い放ったラピスラズを見つめ、マルクがしばらくの間、真顔で固まる。やっとのことで視線を外し、軽く息を吐くと、マルクは困ったように微笑んだ。

「そういうのって、友情じゃないんだって」

「へ?」

 マルクの言葉に、ラピスラズが大きく首を傾げる。

「あのマルク様、それって」

「ちょっと散歩、行ってくる」

「あ……」

 ラピスラズの問いかけに答えることなく、マルクは足早に、帰ったばかりの部屋を後にした。




「最下級魔士、か……」

 自身につけられた呼び名を口にしながら、マルクがそっと、平原に寝そべる。屋敷から少し歩いた、森の木々のひらけた、小高い丘の上。ここから見下ろす、ヤールの町と、その向こうに広がるレイールの町々、そして、さらに向こうに広がる山脈。この場所で、この景色を見ることが、マルクは昔から好きであった。


――――何が違っちゃったのかねぇ? 最上級魔士様と、ここにいる最下級魔士はっ――――


 聖魔院でのポンドの言葉と、数えきれないほどの魔女に囲まれた、最上級魔士、シリングの姿を思い出し、マルクが右側へと体を傾け、地面に程近いところへ顔を向けて、そっと目を閉じる。

「俺だって、あいつみたいに、なりたかったよ……」

 心の奥底からの声を発したと同時に、マルクは、意識を手放した。



「ん……」

 その赤色の瞳を、マルクが少しずつ開いていく。平原で寝そべったまま、いつしか眠ってしまっていたようだ。来た時と比べて、空の色が赤い。もう夕方なのだろうか。帰らなければ、と思い、体を起こそうとするが、気持ちよく眠ってしまっていたためか、体はなかなか言うことを聞いてくれなかった。ゆっくりと体を覚醒させていきながら、マルクが顔を上げる。まだ、霞がかった視界の中に、森の緑とは対照的な、赤色が飛び込んできて、マルクが思わず首を傾げた。

「赤……?」

 戸惑うように呟きながら、徐々に視界をはっきりとさせていく。森の緑の中に浮かび上がる、その、炎のような燃える赤色は、風に柔らかくなびいている。どうやら、ワインレッドのような、深い赤色をした、長い髪のようだ。その髪の持ち主の後ろ姿が、徐々に見えてくる。白く細い手足は、女性だろう。髪と同系色の、真っ赤なワンピースも、大きく膨らんだスカートが、赤い髪と同じように、風に揺れている。髪が大きく揺れると、その細い首に、赤色のリボンが巻かれているのが見えた。

「“魔女”……?」

 リボンを見て呟いたマルクが、少し覗き込むように体を動かすと、赤い髪を揺らしているその者の表情が、わずかに見えた。とても印象的な、美しい顔立ちの少女だ。年はマルクと同じくらいか、少し幼くも見えるが、纏っている雰囲気は神秘的で深みがあり、大人びているようにも見える。

「姉上……」

「……っ」

 マルクがまるで釘づけにでもなったかのように、じっと少女を見つめていたその時、夕日を浴びて、反射するように輝く、少女の美しい銀灰の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。あまりにも美しく、そして悲しげな涙に、マルクが思わず息を呑む。

「あっ……」

 その涙に、マルクが思わず声を漏らす。

「……誰だ!?」

 マルクのその小さな声が耳に届いたのか、赤い髪を揺らしていたその者が、勢いよくマルクの方を振り返った。涙を零していた銀灰の瞳は、一気に警戒の色へと変わる。振り向いた途端、風に大きく揺れた赤い髪は、この山の中では、よく映えていて、とても綺麗だった。

「あ、ごめん。驚かせちゃっ……」

「そなたも、サードニックの手の者か!?」

「へ?」

 ゆっくりと体を起こしたマルクが、少女へと謝罪の言葉を投げかけようとしたその時、少女が荒々しく声をあげ、白く細いその右腕を、マルクの方へと突き出した。

「な、何っ……」

「何度来ようとも同じだ! 私はそなた等の思い通りには、ならぬぞ! “赤煉火せきれんか”!」

「いいぃ!?」

 わけのわかっていないマルクに対し、威嚇するように叫びあげた少女が、突き出した右手をほんのりと赤く光らせると、次の瞬間、その光輝いた右手から、真っ赤な炎を放った。向かってくる赤々とした炎に、マルクが目の玉が飛び出しそうなほどに、大きく目を見開く。

「うわ、わわわ!」

 草むらに転がりこむようにして、何とか炎を避けるマルク。

「いきなり何すんだよ! 危なっ……!」

「“赤煉火”!」

「ひいぃぃぃっ……!」

 草むらからすぐさま体を起こし、突然炎を向けた少女へと文句を投げかけようとしたマルクであったが、そこへ更に数個の赤い炎の塊がやって来ると、マルクは慌てて両手で頭を抱え込み、その場に伏して炎を避けた。

「やめろって、死ぬ死ぬ死ぬ! 助けてぇぇ~!」

 頭を抱え込んだまま、情けない声をあげるマルク。

「今回は、随分と腑抜けた刺客だなっ」

「へっ? ぐはあぁぁ!」

 すぐ傍から聞こえてくる声に、マルクが戸惑うように顔を上げたその時、空から降り落ちて来た少女が、勢いよくマルクの上へと乗りかかる。少女の両膝に胴体を押され、マルクが倒れ込むと、少女は何の躊躇いもなく、全体重をマルクへと圧しかけた。

「ううぅっ……!」

 いくら細身とはいえ、そう身長も変わらぬ少女が腹部に乗りかかり、マルクが苦しげに表情を歪める。

「ちょ、苦しっ……、退いっ」

「私は諦めぬぞ!」

 必死に訴えかけようとするマルクの胸倉を掴みあげ、マルクの首から上をわずかに持ち上げた少女が、鋭く睨みつけるような瞳をマルクへと向ける。

「私は絶対に諦めぬ! そなたたちが何度、邪魔をしようともなぁ!」

「何、言っ……」

「私は必ず、“彩炎さいえんの魔女”になる!」

 戸惑うマルクの声も聞こえていない様子で、少女がさらに強く言葉を放つ。

「“彩炎の魔女”になって必ず、聖地マフレイヤに行ってみせるっ……!」

「……っ!」

 必死の形相で少女が放ったその言葉に、マルクが大きく目を見開く。

「マフレ、イヤ……」

「ううっ……!」

「へ?」

 マルクが戸惑いの色を深めたその時、少女が突然苦しげな声を漏らし、その瞳を細めて、マルクの体の上へと倒れ込んでいく。

「う、うぅっ……」

「ええっ? ちょ、ちょっと!」

 完全に瞳を閉じ、力なく上へと倒れ込んでくる少女に、マルクは焦りの声をあげた。



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