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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.3 紫の魔女は、云わない。
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◇4

――――アメジェスは、魔族でありながら、レイヤ国の人間領、“ヤール”の生まれであった。

 大層な理由ではない。両親が魔族にしては財力も魔力もない部類で、レイールに居られるだけの甲斐性がなく、魔力だのの気兼ねのいらないヤールに住み始めたのだ。何てことはない理由だが、アメジェスにとってそれは、ひどく劣悪な環境であった。

「お、魔女だ! 魔女が来たぞぉ~!」

「炎で燃やされるぞぉ! みんな、逃げろ逃げろぉ~!」

「…………」

 まだ幼かった頃、同じ年頃の人間の子供たちは皆、アメジェスを“違う生き物”として捉えた。実際に種族も違うのだから、無理に歩み寄ろうとは思わなかった。強力な魔炎をその身に宿す魔女を、何の力も持たない人間たちが、恐れもせずに受け入れるはずもない。だからアメジェスは納得していた。投げかけられる残酷な言葉も、冷たい視線も、自分の周りに誰一人、味方と呼べる者が居ないことも、当然のものとして受け止めていた。当然であるからこそ、無理などしない。努力もしない。それをただ受け入れていればいいのだと思っていた。

「お、アメジェス~!」

「マルク」

 そう思っていたアメジェスに、やたらと慣れ慣れしく言葉を掛けてくる同じ年くらいの人間の子供がヤールには居た。

「アメジェスも買い物かぁ? おれもラピスに買い物頼まれちゃってさぁ。面倒ったらないよなぁ」

「家で何にもしてないんだから、買い物くらいしたら?」

「お皿洗いなら、一ヶ月に一回くらいはしてるよぉーだ」

 その者は何の偏見もなくアメジェスと接し、アメジェスと言葉を交わした。それが当たり前のように、自然とアメジェスのもとへと歩み寄って来た。

「マルクは気にしないの?」

「何を?」

「私、魔女だよ?」

「うん。知ってるけど?」

 アメジェスの問いかけにも、その者は言葉の意味がわかっていない様子で、ただ不思議そうに首を傾げるだけであった。

「その、何かないの? 人間じゃないんだぁとか、魔炎怖いぃとか」

「あぁー、魔炎! いいよなぁ、アメジェス。魔炎使えるなんて!」

「いい……?」

 思いがけない答えが返って来て、アメジェスはただ戸惑うように顔をしかめる。

「おれも魔炎使ってみたいもん! おれ、聖地マフレイヤに行くのが夢なんだ!」

 マルクは何の含みもない満面の笑みを、まっすぐにアメジェスへと向ける。

「すべての炎が生まれた場所なんだよ!? 絶対、キレイな場所だよね!」

「……っ」

 何の偽りもない、ただ純粋に憧れる透き通った瞳。

「マフレイヤか。大変だと思うわよ。マルク、頭悪いし」

「うるさいなぁ! どうせおれなんて、クラスで一番頭悪いんだよぉー!」

 その者は、ただ当たり前のように、アメジェスの傍に居た――――




「十年以上も前のこと、よく覚えてるものよね……」

 炎技演習の講義を抜けたアメジェスは、早退とは言ったものの、すぐに魔院を出ることはせず、魔院の校舎の屋上へと登り、広がるレイールの町並みを眺めていた。講義中であるからか、辺りは静かで、アメジェスに昔の出来事を色濃く思い出させてくれる。

「……今日はもうあんまり、あなたの顔、見たくないんだけれど」

 屋上の向こうに広がる景色を見つめたまま、アメジェスがそっと呟く。

「すまない」

 アメジェスの呟きに謝罪を返したのは、屋上の入口付近に立つルビィネルであった。ルビィネルは穏やかな笑みを浮かべながら、屋上の戸を閉めアメジェスのすぐ隣へとやって来る。

「講義は? いいの?」

「私の出番は、もう終わったからな」

「それもそうね」

 互いに景色を見つめ目を合わせぬまま、二人が会話を続ける。

「……すまなかった」

 再び謝罪の言葉を口にするルビィネルに、アメジェスが少し目を細める。

「それは、何に対して……?」

「マルクと、本結でパートナーとなったことに対してだ」

 静かに問いかけるアメジェスに、ルビィネルもまた落ち着いた口調で答える。

「何も知らぬまま、行動を起こしてしまった」

 ルビィネルが少し視線を落とす。

「私があのような考えなしの行動を取っておらねば、今頃はそなたが……」

「あの時、あなたがマルクのパートナーになっていなかったとしても、別に何も変わらなかったと思うわ」

 ルビィネルの言葉を遮り、アメジェスが確信するかのように言い放つ。

「“パートナーになって”って私に言えるなら、もうとっくに私たち、パートナーになってたと思うもの」

「アメジェス」

 ルビィネルがやっと振り向き、アメジェスの方を見つめる。アメジェスは相変わらず景色を見つめたまま、どこか遠くを見るような、そんな瞳を見せていた。

「勝手な話よね。言えなかったのは自分のくせに、あなたに当たったりして」

 アメジェスが自嘲するような笑みを浮かべる。

「言えなかった。言えなかったのよね。マルクが何人の魔女に振られても、すごく落ち込んでても、それでも私には“パートナーになって”の一言が言えなかった」

 屋上の柵の上に肘を置き、顔のすぐ前で両手を組みながら、アメジェスが言葉を続ける。

「何故……?」

 少し躊躇いながら、ルビィネルが静かにアメジェスへと問う。

「マルクの夢を叶える自信がなかったから、かしら」

 自分でも言葉を探すように、アメジェスがゆっくりと答える。

「マルクは昔から本当に、聖地マフレイヤに憧れてて、マフレイヤに行くことを、本当に夢見てた」

 目を輝かせていた幼少時代のマルクの姿を思い出しながら、どこか懐かしむようにアメジェスが口元を緩める。

「でも私にはそこまで高い(こころざし)はなくて、彩炎の魔女になりたいとかも別に思っていなくて」

 アメジェスの表情が悲しげに曇る。

「だから怖かった。私とパートナーになることで、マルクの夢を潰してしまうことが。私のせいで、マルクの夢が終わってしまったらと思うと怖くて、怖くて、だから言えなかった」

 弱々しいアメジェスの声が、風と共にルビィネルの耳に届く。

「言えなかったの……」

 もう一度繰り返されるその言葉が余計に物悲しく聞こえ、ルビィネルはアメジェスから視線を逸らし、その場でそっと俯いた。

「あなたみたいに“一緒にマフレイヤに行こう”って、私には言えなかった」

 空を見上げ、悲しげに微笑むアメジェスをルビィネルがまっすぐに見つめる。

「それはそなたが、マルクの夢の重さを知っていたからだろう?」

「え?」

 空を見上げていたアメジェスが、その言葉にルビィネルへと視線を移す。

「そなたが誰よりも、マルクの夢を大切にしていたからだろう?」

 顔を上げたルビィネルがアメジェスをまっすぐに見つめ、優しく微笑みかける。

「誰かに自分の夢を大切に思ってもらえたら、私なら、とても嬉しいと思う」

 ルビィネルの笑みが、少し寂しげに浮かぶ。

「だからそれは、マルクにとって、とても幸せなことだと思う」

 再び視線を落とし、どこか噛み締めるように呟くルビィネルを見つめ、アメジェスが少し考え込むような表情を見せる。しばらくの沈黙が続いた後、アメジェスはそっと口元を緩めた。

「そうだといいけど」

 短く呟いたアメジェスが、今までの曇りがちな笑みではない、晴れやかな笑顔を浮かべる。

「さっきはごめんなさい。演習なのに無茶しちゃって」

「いいやっ」

 ルビィネルが首を横に振りながら、大きく微笑む。

「あれはあれで楽しかった。久々にいい汗がかけたしな。またそのうち手合わせしてくれないか? アメジェス」

 ルビィネルのその笑みを受け、アメジェスがさらに笑みを深くする。

「ええ、喜んで」



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