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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.1 赤き魔女は、いとわない。
1/309

◇1

――――あの日、君に出逢わなければ、僕は、この胸の炎すら、燃やすことも出来ずにいたんだ。





「パートナー?」

 流れるような金糸の髪、海のように透き通る青色の瞳。

「冗談! あなたみたいな最下級魔士とパートナーになるくらいなら、ブタとでも組んだ方がマシよ」

 目を見張るほどに美しい顔立ちをしたその魔女は、その美しい顔を、少しも歪めずに、目の前の彼へと言い放った。




――――レイール聖魔院――――


「ギャハハハハ!」

 上品とは言えない笑い声が、雲一つない青空へと、高々と響き渡る。

「いやぁ、ブタは凄げぇな! 俺の予想以上の、見事な振られっぷりだぜ、マルク!」

 目の前で大笑いする友人とは対照的に、明るさも楽しさも一切感じさせない、陰気な表情を見せる、マルクと呼ばれたその青年。少し癖のある柔らかそうな黒髪に、まだ、どこか幼さを残す赤色の瞳。整っていないわけでもないが、取り分けて目立つところもない、普通の青年だ。まだ止まることのない友人の笑い声に、マルクの顎が、徐々に下方へと落ちていく。

「んでも、これで何人目だぁ? パートナー断られたの。この前が九十八人目だったからぁ、お! 次でついに大台、おめでとう!」

 祝うかのように拍手をする友人。肩ほどまである長めの茶髪に、緑色の瞳の、こちらはどちらかというと、人目を引くような整った顔立ちの青年だ。その友人の拍手を聞き、マルクの顎は、ついに目の前のテーブルへと落ちる。

「ポンドさ……」

 テーブルへと顎をつけたまま、マルクがゆっくりと口を開き、友人の名を呼ぶ。中庭のような場所にある、白いテーブルを囲むようにして座る、マルクとポンドは、揃いの服を着ていた。赤色の枠取りのある、横二つ、縦に三つずつ並んだ、六つボタンの黒色の上着に、黒色のズボンを履いている。堅苦しいその服は、若者が好んで着る服には見えない。マルクたちが居る中庭を行き交う、他の者たちも、同じ服を着ている。それは、このレイール聖魔院に通う者たちが、着ることを定められている服。つまりは制服であった。

「仮にも俺の友達なら、少しくらい優しい言葉を掛けてくれても良くない?」

「優しいねぇ。“次の魔女はきっと、パートナーになってくれるさ”ってぇ? 俺ぁ、そういうの、友情じゃないと思うねっ」

 拗ねたように言うマルクに対し、ポンドはその笑みを止めることなく、軽い口調で言葉を続ける。

「だいたい、他人事みたいに笑ってるけど、ポンドだって今、パートナーいないだろ」

「俺は心に決めた、たった一人の魔女を、口説き落としてる最中なの。誰彼構わず行った上に、全部に振られてくるお前とは違うのっ」

「うっ」

 指摘するようなポンドの言葉に、思わず苦い表情を見せるマルク。

「別に俺だって、好きで、誰彼構わず行ってるわけじゃ……」

「お疲れ様」

 背後から聞こえてくる、涼風のような美しい声に、マルクが言葉を止めて、振り返る。

「アメジェス」

 振り返ったマルクへと軽く右手を上げながら、二人の居るテーブルへと、ゆっくりと歩み寄って来るのは、腰ほどまである、まっすぐ長い黒髪に、深い紺色の瞳の、何とも美しい少女。白過ぎる肌は、どこか神秘的で、人間離れしている。若く見えるが、ひどく落ち着いた雰囲気を纏っており、実際のところ、幾つなのか見当がつかない。アメジェスと呼ばれたその少女は、マルクたちと同じ黒色の制服は着ておらず、薄い紫色のワンピースを身に纏っていた。白く細い首には、菫色のリボンが巻かれている。

「おーう、終わったのか? 魔族歴史の講義」

「ええ、死ぬほどつまらなかったわ」

 どこか、うんざりしたような笑みを浮かべて、アメジェスが、座っているポンドのすぐ傍へと立つ。

「二人は何してるの? 中庭のベンチなんかで」

「マルクの失恋話聞いて、笑ってた」

「何、また振られたの? マルク」

「あぁ~、うん。まぁ」

 アメジェスの問いかけに、マルクがアメジェスから視線を逸らしながら、歯切れ悪く答える。

「そ、そうだ! アメジェスのクラスで、誰か、俺のパートナーになってくれるような魔女って……!」

「いないわね」

「うっ」

 即答するアメジェスに、マルクから、呻き声のようなものが漏れる。

「だってあなた、魔女の中でも有名だもの。“最下級魔士”って」

 アメジェスが言葉を続けながら、ポンドの横の椅子を引き、ゆっくりとそこへと腰掛ける。

「誰も好き好んで、そんな魔士をパートナーになんか選ばないわよ」

「違いねぇ!」

「ううぅ~」

 アメジェスの言葉に、ポンドが笑顔で頷くと、マルクがその呻き声を長くする。

「だああああああ!」

「うおっ」

 突然、叫び声をあげるマルクに、ポンドが驚く。

「どうせ俺は最下級魔士だよぉ! 魔士試験だって百九十回の落第の末に奇跡的に受かって、自分でも何で魔士になれたのか、わかんないしさぁ!」

「随分、追い込まれてんな。今回は」

 テーブルへと顔を押しつけたまま、胸の内を爆発させるように、大きな声を張り上げるマルクを、ポンドはどこか感心するように見つめる。

「奇跡的に受かったんじゃないわよ、マルク」

「へ?」

 声を挟むアメジェスに、マルクがどこか、期待するように顔を上げる。

「あれは、試験官の採点ミス」

「だああああぁぁ!」

 アメジェスの容赦ない一言に、マルクが頭を抱え、またしても叫び声をあげる。

「トドメ、突き刺すねぇ~お前も」

「甘いこと言って励ますのって、私、友情じゃないと思うわ」

 呆れたような視線を向けるポンドに、アメジェスが、先程、ポンドが言っていたのと同じような言葉で主張する。

「もうダメだ……俺みたいなダメ魔士の、パートナーになってくれる魔女なんかいないんだ……俺は一生、マフレイヤになんて、行けないんだっ……」

「あぁ~あ、マルクのネガティブスイッチが入っちまった」

「ポンドのせいじゃないの?」

「お前のせいだろ」

 テーブルに突っ伏したまま、陰気な言葉を続けるマルクに、ポンドとアメジェスは互いを見合い、互いに責任を擦り付け合う。

「ほら、そういった悩みとは、無縁の魔士様が来たわよ」

 別方向を見て、そっと言い放つアメジェスに、見合っていたマルクとポンドが同時に振り向く。皆が、中庭から続く、大きな煉瓦の建物の入口付近を見やった。

「シリングくぅーん! 私、今日の講義でわからないとこがあってぇー!」

「ちょっと、私が先に聞くんだから!」

「あんたたち! シリングくんだって、自分の講義で疲れてるんだから、少しは遠慮しなさいよね!」

 煉瓦の建物から、中庭へと出て来たのは、色取り取りの髪色に、色取り取りの服を身に纏った、美しい顔立ちの女性陣。黄色い声や、少し怒ったような声を発する女たちに囲まれ、そこから出て来たのは、マルクたちと同じ、黒色の制服を纏った、一人の青年であった。銀色に近い白い短髪に、あまり感情のない、少し冷たい印象も覚える、細い青色の瞳。高い鼻に、上品な口元は、まさに絵に描いたような端正な顔立ちだ。女たちと比べると、頭二つ分は余裕で背が高い。

「かぁー、相変わらず魔女にモテモテだなぁ。シリング・ウェーガット様は」

 女たちに囲まれたその青年を見ながら、どこか感心したように呟くポンド。

「まぁ彼は、このレイール聖魔院で一番の魔士、“最上級魔士”だもの。パートナーになりたい魔女なんて、山ほどいるわよ。おまけに、あの顔だし」

 アメジェスがあまり興味なさそうに、肩を落としながら、シリングを見つめる。

「その割には、まだパートナーいねぇよな? あいつ」

「彼ほど有能な魔士は、そうはいないから、魔院が今、彼のパートナーと成り得る魔女を、厳選してるそうよ」

「かぁー、最上級魔士様は、パートナー選びも特別扱いってか」

 驚きを越え、どこか呆れたように眉をしかめるポンド。

「同じ年に、同じ国に生まれて、同じようにこの魔院に通ってんのになぁ。なのに、どうしてこうも違っちゃったのかねぇ? 最上級魔士様と、ここに居る最下級魔士はっ」

「…………」

 ポンドの言葉を聞きながら、マルクが、魔女たちに囲まれているシリングを見つめ、険しい表情を見せる。逃げるように目を逸らすと、マルクが静かに、椅子から立ち上がった。

「帰る」

「へ? けど、午後から魔炎技術講習っ……」

「どうせ出ても恥かくだけだし。だから、帰る」

「あ、おい、マルク!」

 ポンドが引き止めるのも聞かず、マルクは足早に、その場から去っていった。マルクが背中に背負った、あまりにも暗い雰囲気を見て、ポンドはそれ以上、止めることも出来ず、軽く溜め息を落としながら、マルクへと伸ばしていた手を下ろした。

「マルクのネガティブ、今回は重症じゃない?」

「いっつも重症だろ? あいつは」

 問いかけるアメジェスに、ポンドは呆れたように答えた。




 レイール聖魔院には、二つの種族の者が通っている。

 一つ目の種族は、マルクたち、“人”と呼ばれる者たちだ。聖魔院に通う人間を、特に“魔士”と呼ぶ。魔士は、人の中でも選ばれた、少数の者だけがなれるもので、魔士養成学校に通い、卒業試験を合格した者だけが、聖魔院へと足を踏み入れることが出来る。聖魔院では、魔士たちは皆、同じ制服を身に纏い、日々、勉学に励んでいる。

 そして、もう一つの種族は、“魔女”。

 魔女は、人に非ず、“魔族”と呼ばれる種族の者で、その身に“魔炎”と呼ばれる、強力な炎を宿している。だが、魔女は、その身に宿す魔炎があまりに強く、自らで炎を使い過ぎると、自身の寿命を縮めてしまう。

 そのために作られたのが、“魔士”という制度であった。魔女は、“人”である魔士をパートナーとし、自身の魔炎を使わせる契約を行うのである。

 レイール聖魔院は、魔士を育て、魔女と出会わせるための場所。また、契約した魔士と魔女が、その強力な魔炎を使えるようになるための、鍛錬の場所でもある。

 であるからこそ、魔女とパートナーになれなければ、何の意味もなさない場所なのである。

 そんな場所に通い始めて数ヶ月。

 まだ、パートナーとなってくれる魔女を見つけることの出来ないマルクにとって、聖魔院はまだ、何の意味もなさない場所となっていた。



 “今日”という、この日までは。




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