一夜限りのデート
それからの城沢は、今までよりもギターの練習に余念が無かった。 もしかすると、発表会の時の刺激が良い影響を与えたのかもしれない。
課題を与えれば、短時間でそれなりに完成させるようになってきた。 それは会田や長谷川さんにも現れていた。 これは良い効果だ。 俺としても、講師として俄然やる気が出てきた。
それと同時に、城沢の授業にも変化が生まれていた。
発表会の時に城沢に付いてきていた友人、矢岳裕理が授業の見学に来るようになったのだ。 一緒にギターを弾くわけでもなく、ただの見学だ。 少し離れた場所に座り、静かに城沢と俺の授業風景を見つめている。 彼女にギターに対する興味があるのかも分からず、とにかく俺はことあるたびに誘ってみたが、恥ずかしそうに首を横に振るだけだった。 城沢と一緒に音楽をやりたいわけでもなさそうだ。 その割に、城沢の授業の度に彼女は必ず付いてきていた。 あまりしつこくすると引かれるだろうから、そのうち興味が出れば向こうから声をかけてくるだろうと、放っておくことにした。
やがて裕理は俺に話しかけるようになった。
城沢とは少し違う明るさを持った子で、クリクリッとした瞳が印象的だ。 こんな暗く言葉少ない俺に対して、物怖じしない態度であれこれと話しかけてくる。 城沢はそれを楽しそうに笑っていた。
ある日彼女は、俺と二人きりになったときを見計らって、緊張した面持ちで近寄ってきた。
「あの、今度、一緒に食事とか、してもらえませんか?」
「え、俺?」
裕理は頬を赤く染めて頷いた。
俺の胸がざわついた。
こう積極的に来られると、悪い気はしない。 しかも見た目も悪くない。 身長はそんなに高くないが、手足が長いのでスタイルも良い。 着てくる服もセンスが良く、いまどきの女の子だ。 俺は戸惑いながらも、連絡先を交換した。
どうして承諾したのか、俺には分からなかった。
ただ、少しだけ、城沢がこの事に対してどう思っているのかを知りたかった。
どこかで俺は、彼女を試していたのかもしれない。
やがてデート当日、裕理はいつものように可愛らしい格好で待ち合わせ場所にやってきた。
短めのスカートからのぞく足が妙に色っぽい。 助手席に彼女を乗せて、俺は車を走らせた。
その日は快晴で、窓を開けると気持ち良い風が心を和ませた。
「どこに行きたい?」
と尋ねると、裕理はにっこりと笑って
「影待さんに任せるわ」
と答えた。 いつも薄暗い店内でしか見ない顔は、日差しを浴びるとより鮮明に輝いていた。 城沢も可愛いが、裕理もなかなか可愛らしい。 そういえば、城沢の顔を日差しの下で見たことなかったなあ……。 そんなことを思いながら、俺はしばらくドライブをすることにした。
裕理は車内に流れるビートルズに気付いた。
「影待さん、ビートルズがお好きなんですか?」
「ん? ああ、そうなんだ。 裕理ちゃん、ビートルズ知ってるの?」
裕理は少し首をかしげ、
「有名な曲を知ってるくらいです。父がよく聞いていたから」
「そうか、お父さん世代だからね」
裕理ははっとした顔をすると、慌てて俺の顔を覗き込んだ。
「あ、でも、ビートルズが好きなんて、渋いと思いますっ!」
『渋い……か』
複雑に思いながら、そうやってフォローしようとしてくれるあたり、気遣いの出来る子なんだと確信した。
「何か食べる?」
「はい、影待さんにお任せします。 私、好き嫌いもあまりないから」
「それは助かる!」
俺たちは顔を見合わせて笑いあった。
俺は、パスタ屋に行くことにした。 独り者の俺だが、それなりにオススメ出来る店はいくつか知っている。 顔が広いマスターにもだいぶ助けられてはいるが、今回は、俺が自分で探した店だ。
「素敵なお店ですね!」
裕理は店内を見回して微笑んだ。 イタリア調の家具や小物が、異国に来た気分にさせてくれる。 少し高いが、これくらいの出費は男として当然だ。
「気に入ってくれた?」
嬉しそうに微笑む裕理。 料理も折り紙付きだ。 シェフは本場イタリアで修業してきた実績がある。 裕理は出てきた料理に舌鼓を打った。
「影待さんって、グルメなんですね!」
そんなに誉められると、照れるぜ。 でも、喜んでもらえてよかった。 俺はあえて顕著に手を振って返した。
「城沢もパスタとか、好きかなあ?」
「えっ?」
裕理の手が止まった。 じっと見る瞳には、本当に力がある。 女優になっても通用するような、眼光を秘めている。
「いや、だからさ、裕理ちゃん、城沢と仲が良いみたいだから、知ってるかなあって」
笑う俺に、裕理は少し間を置いて微笑んだ。
「オッカは何でも好きよ。 私と同じで、好き嫌いもほとんどないし、でも、どっちかというと、魚より肉の方が好きみたいだけどね」
「そうか。 じゃあコレステロールを気にしなきゃな」
「やだ影待さんっ! 私たち、まだそんな歳じゃないわよ!」
裕理が慌てて手を振り、笑った。
「そうか、ごめん!」
俺も一緒になって笑い、とても楽しい時間を過ごした。
それから再びドライブをしながら色々な話をした。 どんな音楽が好きとか、好きなアーティストの話――裕理は聞き上手なのか、俺から次々と話を引き出してくれる。 悪くはない。 時々城沢の話も聞けて、彼女がどんな子なのかも少し分かった気がした。
夜も更けて、裕理を送り届けるために彼女の家の近くに止まると、
「今日はありがとう。 すごく楽しかった!」
と礼を言って車を降りる裕理に
「また今度」
と声をかけた。 すると裕理は、振り向いてにこりと微笑むと、
「影待さん、自分に素直になったほうがいいわ」
と手を振った。
「えっ? どういう意味?」
尋ねる俺に答えず、
「オッカをよろしくね」
と言うと、静かにドアを閉めた。 そして今度は大きく手を振ってきびすを返すと、走り去って行った。
「?」
俺はしばらくわけが分からなかったが、やがて自分はフラれたことに気が付いた。
「な……なんでだ?」
やっと俺にも風が吹いてきたと思ったのに……。 さすがに理由は聞けなかったが、その分余計にへこんだ。 やっぱり俺には魅力というものが無いのだろう。 裕里もきっと『試しに』という軽い気持ちだったのかもしれない。
だがここで落ち込んでばかりもいられない。 俺にはまだ城沢という存在がある。 そんな淡い期待を抱いて、俺は落ち込むのをやめた。




