THERE'S A PLACE
「ったく! あいつは一体何をやってるんだ!」
俺は、持っていた週刊誌を床に叩きつけた。
コンビニの店員が驚いてこっちを見た。 俺は慌ててそれを拾うと、レジで会計をし、そそくさと店を出た。 たまたま立ち読みをしただけ。 その週刊誌には、拓也が同棲をしているらしいというスクープ写真が掲載されていた。 暗がりで肩を抱き、仲良さそうに歩く様子が撮られていた。 何やらあれこれと詮索した記事が載っている。
「何やってんだ、あいつは!」
古瀬拓也は、映画の主題歌がヒットして、数々のメディアに出演するようになっていた。 テレビで見ることも多くなり、まさに今人気急上昇のアーティストになっていた。
「天狗になってんのか?」
俺は一人で呟きながら、どうか城沢があのスクープ記事を目にしていないことを願って、ハンドルを握っていた。
不幸にも、やがてそれは現実のものとなって世に現れた。
その予兆は、朝に読んだ新聞のテレビ欄から始まっていた。
【あの若手人気アーティストが会見】
いくつかの番組は、視聴者の興味を持たせたいのか、核心を突いた見出しを避けていた。 だが、俺にはその内容が手に取るように分かっていた。 同じ男としての勘なのかは分からないが、強い胸騒ぎと共に、俺はその時を待った。 もともと自由業の俺は、一日くらい事務所に顔を出さなくても何も言われない。 事務所の皆も、今日の理由を聞けば察しもつくだろう。 俺は、昼過ぎのワイドショーを見るために、テレビの前に座った。
いつも明るい女子アナが、今日はさも嬉しいことがあったかのように頬を上げている。
「さて、次のニュースです。 あの若手人気アーティストが会見を開きました」
『来た!』
俺は姿勢を正した。 別に俺の予想が外れてもいい。 ただ、男としての道を外してほしくない。 それだけだ。
予想通りだった。
画面に映ったのは、古瀬拓也本人だった。
会見場には、拓也が一人で座った。 まだ何も話していないのに、カメラのフラッシュがたかれる。 何人のマスコミが集まったのかは知らないが、拓也の人気はここまでになったかと思わせるようなカメラのシャッター音や光だ。 拓也はおもむろにマイクを手にすると、ゆっくりした口調で話し始めた。
「ええ~……この度は、お集まりくださって、ありがとうございます」
座ったままで頭を下げると、再びフラッシュの光が拓也を包んだ。 彼は一呼吸置くと、しっかりと前を向いた。
「えー、このたび、僕は、入籍をすることになりました」
フラッシュが激しくなる。
【フラッシュの点滅にご注意ください】というテロップが表示される。
意地を張って、俺は瞬きもせずに画面を見つめていた。
当の拓也は、眩しそうな顔もせず、まっすぐに前を見つめていた。 その顔には、ひとつの一本通った筋を表す、強い眼差しがあった。
「相手の方は?」
記者が尋ねた。 拓也はその記者を見ると、優しく微笑んだ。
「一般の女性です。 テレビに出すつもりはありません。 なので、彼女への取材は勘弁してくださいね」
笑顔で言われ、思わず『はい』と言ってしまいそうなほどに、拓也には説得力が備わっていた。 俺は、微動だにせずテレビ画面を睨み付けていた。 届かない言葉がもどかしくて仕方なかった。 テレビの向こう側にいる拓也は、すでに俺の知らない拓也だった。 もう連絡が来なくなってどれくらいだろう? 逮捕される前に使っていた携帯電話にはもう繋がらない。 拓也はいつの間にか、芸能人として一人前に歩いていたんだ。
「はぁ~……」
俺が長いため息を吐いているときも、拓也は幸せそうにフラッシュを浴び、笑顔を見せた。
城沢はこれを見たのだろうか? この時間だったら、仕事中かもしれないな……。 あいつは何を思うんだろう? もう何年も前に別れた彼だ。 まだ引きずっているのか、面と向かって聞いたことはなかった。
きっとこの先も聞けまい。
あいつは多分ずっと、俺やマスターの前では笑ってる。
俺は、誰かと話をしたくて外に出た。
だが、俺には急に呼び出して話が出来る友人なんていないから、やっぱりセブンスヘブンへ向かうことになった。 マスターはこのことを知っているんだろうか。 あいつも昼間は家にいるだろうし、接客業だから、客と話を合わせるためにネットも見るし、新聞も読むって言ってたし、きっとなんらかの情報は入っているだろう。 少し外をドライブして時間をつぶすと、いつの間にか日は暮れてセブンスヘブンの開店時間になった。 駐車場に車を停めて店に向かうと、扉の前に人影が見えた。
『城沢……』
彼女は一人で来たようで、そっとノブに手を掛けたが、小さくため息をついて手を離した。 そして少しうなだれるように俯いてきびすを返すと、そのまま店を離れようとしていた。
「入らないの?」
思わず投げ掛けた言葉に、城沢は驚いた風でもなく、ゆっくりと振り返った。 そして小さなため息にも似た息を吐いた。
「うん、やっぱ、帰る」
と小さく手を振り、背中を向けた。 その小さな背中が語っていた。
『城沢も、あの報道知ったんだ?』
俺は思わず、その背中に声を掛けずにいられなかった。
「送っていこうか?」
城沢はもう一度振り向くと、じっと俺の顔を見ていた。 何の感情も浮かんでいない無表情な瞳が、吸い込まれそうな暗闇に見えた。
城沢はゆっくりと小さく頷いた。
俺の車に城沢が乗るのは二度目だ。
一度目は、拓也が大麻所持で逮捕された時だった。
だが彼女は、あの時のことを覚えていないらしいと、裕里が教えてくれた。 あまりに強いショックで、どうやって帰ったのかも分からないと話していたらしい。 だから俺は、話さなくていいと伝えた。 伝えたところでどうこうなるわけでも無いし。 ちゃんと家に送り届けたという事実があればいい。
その時と違ったのは、城沢は一人で、ちゃんと意識もあって、しかも助手席に座ったということだ。
彼女からは、すっかり明るさが消えていた。 けれども、悲観している雰囲気でもなかった。 ただ黙って、窓の外の景色を見ていた。
城沢は、家に送ってくれとも、家の場所は分かるのかとも言わなかった。 もしここで彼女の家ではなく、どこか遠くへ連れ去ろうとしたならば、彼女は憤慨するだろうか。 勿論そんなことはしないが。 車内に小ボリュームで流れているビートルズが虚しく二人を包んでいた。 しばらくすると、城沢が口を開いた。
「セブンスに用があったんじゃないの?」
それは質問というより、呟きに近かった。
「いや、ヒマだったから」
平静を装って、城沢を刺激しないようにしていた。 彼女はそれには答えず、再び独り言の様に呟いた。
「あのね、拓也が入籍したんだって」
意外にもあっさりとした口調に驚いたが、俺は言葉を探しながら答えた。
「ああ、昼間テレビで観た」
また前みたいにいきなり怒られるのはごめんだ。 そんな恐怖が俺の心臓を握り締めた。
すると城沢は、いたずらっぽい瞳で俺を見た。
「昼間からヒマだったんだ?」
「たまたまだよ!」
俺は焦っていた。 何を話したらいいのか分からない。 勢いで家まで送るとは言ったが、道中のことなんて全然考えていなかった。 俺の動悸がどんどん激しくなっていた。
俺は安全運転を心がけながら、すっかり車通りの少なくなった夜の道路を走り抜けていった。 城沢は再び外を眺めながら、何かが静かに漏れ出すように話し始めた。
「あたしね、裕里が号泣してる姿見ても、何の感情も生まれなかったの。 あたしのために泣いてくれてるのに、『何で泣いてんの?』って、何か他人事みたいで……」
俺は何も言葉を見つけられず、黙って聞いていた。 城沢に俺のコメントは必要ないかのように、彼女は話し続けていた。
「けど、裕里が帰っていく後ろ姿見てたら、心に大きな穴が開いたみたいになったの」
城沢はひとつ、息を吸った。
「あたし、拓也に期待してたのかもしれない。 例え東京で有名になったとしても、いつかまたあたしのところに帰って来てくれるんじゃないか、またいつか、突然に連絡してくれるんじゃないかって、勝手に自信なんか持って……」
城沢の声が震えたのに気付いた。 俺の胸がきしんだ。
「あたし、なんかすごいイヤな奴だよね……ほんと、バカみたい……勝手に……まだ好きで……」
見なくても分かる。 彼女は泣いていた。 大粒の涙をこぼしながら、しゃくり上げ、肩を震わせていた。 今までずっと我慢してきたんだろう。 ただ漠然と、拓也は戻ってくるんじゃないかと抱いていた淡い期待を、アイツはあっさりと切り捨てた。
城沢はいつも明るくて、少し天然で、でもすごく気を遣うことが出来る人だ。 優しすぎて、相手を思うあまりに自分を押さえすぎてるんだ。
城沢はもはや自分でも止められないほどにあふれ出る思いになされるがまま、泣き続けていた。




