クロノスの将来
拓也の主題歌が流れる映画を、俺は観に行くことはなかった。 映画の内容はベタベタの恋愛映画だ。 俺の趣味じゃない。 あの密閉された映画館のスピーカーから流れる拓也の曲は、さぞやすごい迫力だろう。 けれど、男一人で恋愛映画を観に行くなんてのは俺のポリシーに反する。
ただ、拓也のCDは購入した。
アイツが初めて作ったソロのオリジナルソングだ。
これがアイツの出世作になると良い。
その種が育つように、応援しよう。 俺は純粋にそう思った。 友達として、な。
ただ、拓也からは何の連絡も無かった。
まるで俺たちの事など忘れたかのように、拓也はプロモーション活動を精力的にこなしていた。
ラジオ、雑誌……
日を追うごとに、その露出度も増えていき、拓也の認知度も高くなっていった。 街角の大型ビジョンに拓也の顔を映し出されると、道行く女子高生たちがこぞって見上げ、笑顔を生んだ。
やがてその活動は功を奏し、テレビ出演が決まった。
音楽番組へのゲスト出演だ。
俺は
「別にお前のファンじゃねーからな」
と独り言を唱えながら、テレビの前に座っていた。
何人かいるゲストの中の一人。
だがその存在感と期待度がかなり高いのは、拓也の扱い方で分かった。
『もう二年……』
夢を叶えるために上京するんだと、家出同然にこの街を飛び出してから、もう二年が経っていた。
拓也はほとんど変わっていなかった。 クロノスに居たころの、超自然体な拓也だった。 ただ、アーティストとしてのオーラが、若干ではあったが感じられた。
司会のアナウンサーから、無機質な口調で次々に質問をされる拓也。
それに愛想良く答える拓也。 場慣れしている。 インディーズ時代に、散々苦渋を味わってきた経験が今、役に立っているのだろう。
アナウンサーが、さも興味があるような口ぶりで
「この曲はラブソングだけど、何か特別な思いとか込めたりした?」
と尋ねると、拓也は笑って鼻を触った。
俺は知っていた。 彼が少し躊躇する時の癖だ。
「えーと、ラブソングではあるんですけど、故郷に残してきた人に対する応援歌でもあるんです」
『え?』
俺の心のどこかでざわめいた。
そして拓也は、おもむろにカメラ目線をした。
「俺はここで頑張ってるから、お前も頑張れって」
『あいつ……』
俺は確信した。 拓也はまだ、城沢を忘れていない。
「それは恋人? 昔の仲間?」
司会者が突っ込むと、拓也はそれには答えずに
「ま、届かないかもしれませんけどね」
と笑った。
照れ笑いする姿も、今となっては懐かしい。
あの時……拓也は照れたように笑っていた。
――
拓也と一緒に過ごしていたころ、ギターを教えてくれと俺に言ってきたことがあった。
「お前、ベーシストだろ? ナオキを追いかけるんじゃないのか?」
とからかうように言うと
「俺、何でも演奏出来るようになりたいんです。 いつか、自分の手で、全部の楽器を演奏して曲を作りたいんですよ。 それで、一番大切な人に、最初に届けたいっつうか……」
そう言いながら照れ笑いする拓也を、俺は密かに尊敬の眼差しで見つめていた。
俺にはそんな夢は無かった。
拓也は、自分が行き着く先の姿を描き始めている。 その手伝いが出来るのは、俺にとっても大きな糧になるかもしれない。 そう思った。
そんな事を思い出しながら、テレビ画面の向こうで熱唱する拓也を見つめていた。
その手には、ギターが握られていた。 いかにも流暢に弾いているが、最初の頃は、ベースとギターとのギャップに苦戦していた。 それが今はどうだ? あんなにしっかりと自分の物にしている。 拓也はしっかりと成長しているのが、俺には嬉しかった。
拓也の処女作はバラードだった。 次第にオーケストラが重なり、壮大な世界観を創り出していく。
アイツの中に、こんな世界があったんだな。
きっと拓也は、これから自分の色んな世界を世に出していく。
今日のこの場は、拓也が踏み出した第一歩に過ぎないんだ。
俺は、自然に生まれる微笑みを、惜しげもなく向こう側の拓也に贈っていた。
その後、何度となくライブを重ねてきたクロノスは、タクヤが居た頃の客数をキープするようになってきた。 それは何より、彼らの努力の結果だ。 セブンスヘブンのキャパもヤバくなってきた。 クロノスが入るときのセブンスヘブンは、いつも観客の熱気で盛り上がっていた。 不景気と言われる世間を忘れさせるほど、クロノスの勢いは右肩上がりだった。
そんなある日、いつものように盛り上がりを見せたクロノスがステージから降り、楽屋へ入った後、マスターが一人の男性を連れて楽屋へと入っていった。 それに気付いて
「あの人はもしかして……」
と呟く俺に、立木兄が熱気にやられて少し汗ばんだ額を拭いながら
「影さん、知ってる人っすか?」
と尋ねた。
「ん、いや、多分…だけど」
俺はその人に見覚えがあった。
まだウラノスガイアがインディーズ界を席巻していたころ、彼らに声をかけた人物がいた。 それが、今音楽業界ではトップを走る音楽事務所、『ネクサス・エンターテインメント』だった。
当時はまだ創立されたばかりで、知名度もほとんどなかった。 その生まれたばかりの会社に、カイトは身を委ね、ナオキはここに残った。 さっきマスターに連れられて楽屋へ入っていった男性が、その時の営業マン、棚橋さんに似ていた。 俺も音楽の世界に身を置いていることもあって、マスターに紹介されて何度か挨拶をさせてもらったから、顔は覚えている。
「気のせいか? まさかなぁ……」
クロノスがここまで大きくなれば、声がかかる可能性は否定できない。 皆そんなチャンスをつかんで歩いていくんだから。
俺は片付けをしながら、様子を見ることにした。 早とちりをしても良いことは無い、が、俺の信条だ。 やがてマスターが一人で楽屋から出てくると、俺と同じように気にしていた立木兄が早速尋ねた。 横で、立木弟も耳をそばだてている。
「今の人は、音楽事務所の営業さんですよ。 クロノスに興味を持ってくれたみたいです」
マスターはにっこりと微笑んだ。
「やっぱり!」
「クロノスならやってくれると思ったんだ!」
皆が喜ぶ傍で、俺は複雑な思いでいた。
『そのまま受け取ればいいじゃないか。 喜ばしいことだろ?』
俺の中で、もやがかかった色んな思いが渦巻いていた。
何より、今クロノスに声をかけている棚橋さんが在籍している音楽事務所【ネクサス・エンターテインメント】は、拓也が世話になっている事務所でもあるのだ。
「またアイツと繋がるのか……」
思わず呟いた俺は、慌てて口を塞いで辺りを見回した。 皆、口々に喜びを表していた。
やがて楽屋から棚橋さんが出てくると、マスターに二言三言話した後、店を出ていった。 その後、城沢が一人で楽屋から出てくると、カウンターにいたマスターのところへ駆け寄っていき、何かを話していた。 どこか不安げな横顔が気になった。 相談していたのだろうか。
次にクロノスのメンバーがあらわれ、それぞれに笑顔で話しながら城沢に言葉をかけ、店を出ていった。
城沢はテンションの高い彼らに笑顔で返し、一旦楽屋に戻って荷物をまとめて出てくると、マスターや俺たちスタッフに明るく挨拶をして、帰っていった。 俺は、はたと気が付いてマスターに駆け寄った。
「まさか、マスターが棚橋さんを呼んだのか?」
マスターは少し驚いた顔をしたが、すぐにあごを引いた。
「最終的にチャンスを掴み取るのは、彼ら次第ですよ」
「あんた……」
俺はそれ以上何も言えずに、店を飛び出した。
誰も悪くない! 悪いのは、俺の腑甲斐なさだけだ!
外にはまだちらほらと居る客たちが、ライブの余韻に浸っている。 その幸せそうな雰囲気を邪魔臭く思いながらセブンスヘブンの壁にもたれて、俺はしばらく夜空を見上げていた。




