タクヤエイド
クロノスライブは【タクヤエイド】と名付けられていた。
どんな事があったにせよ、拓也の仲間であることに変わりはない。 今、あいつからは誰にも連絡は来ていないそうだが、クロノスのメンバーも、ライブスタッフや音楽講師たち皆、拓也を心配する気持ちは同じだ。 クロノスは、ライブで稼いだ収益に加えファンからの寄付を集め、拓也に渡すことにしたらしい。 何も出来ないが、せめてもの自分たちの気持ちを伝えたい表れだろう。
観客はいつもよりも多く入っていた。 この特別な日の為に、宣伝も相当したのだろう。 昔のクロノス時代のファンも来ていたのかもしれない。
まだ、俺たちの中で拓也は死んでいない。 いつか拓也が成功して笑顔を見せてくれることを祈っている。 もちろん俺も、その中の一人だ。
観客たちは、拓也が在席していた頃のクロノスの楽曲に酔いしれた。 俺としても懐かしい曲ばかりだ。 城沢も、この日の為に一生懸命練習したんだろうな。 何しろ前身のクロノスの持ち歌だけでも数十曲はあったはずだ。 それを全部とまではいかなくても、覚えなくてはいけない。 覚えるだけでなく、アーティストとして、自分の物にしなくてはならない。 生半可な努力ではなかったはずだ。 それは拓也の為なのか、クロノスの為なのか、それとも自分の為なのか……。 それは分からないが、確実に城沢はアーティストとしての自覚と誇りを持ち始めていた。
イントロのリフが鳴り出すと、観客たちの歓声や拍手が響き、リズムに乗って懐かしい楽曲と共に身体全体にクロノスを染みこませている様だった。
アンコールでは、バラードでしっとりと観客たちの熱を冷ましつつ、情熱はそのままに、最後はアップナンバーで盛り上がり、クロノスメンバーも観客も俺たちスタッフも燃え尽きた。
ナツユキも、ユウジもマサトも、そしてオッカも、クロノスの姿を蘇らせ、そして超えた。
少なくとも俺はそう感じた。
ステージ上で深々とお辞儀をしながら涙ぐむ彼らを見ながら、俺の目頭にもうっすらと涙が浮かんでいた。
熱いライブが終わった後、片付けを終えたクロノスのメンバーたちが楽屋から出てくると、出待ちをしていたファンたちが一斉に押し寄せた。
『この光景もすっかり珍しくなくなったな』
そう思っていると、そのたかりの波から這い出るように、城沢が姿を現した。 振り返り、苦笑しながらファンとメンバーの様子を見ている。 城沢にはまだ固定のファンがいないのか、ナツユキたち男のメンバーにたかるファンには城沢の姿が見えていないかのようだった。
そうしていると、会場の隅で何やら話している声が聞こえ、次にパタパタと少女が城沢に向かって駆け寄っていった。
そして城沢の前に立ち止まると、細い腕を伸ばした。 その手には、一通の封筒が握られている。
城沢が何か言うと、少女はぎこちなくそれでも激しく頷き、
「あの、私も、オッカさんみたいにカッコいいギタリストになりたいです!」
と俺の耳にも届くくらいに大きな声で告白をしたあと、戸惑う城沢に手紙を押しつけるように渡してそそくさと走り去ってしまった。
「あっ、あの! ありがとうっ!」
城沢はかろうじてその小さな背中に礼を言った。
走り去っていったその先にはその子の友人らしい子がいて
「よくやった!」
と笑顔で迎えていた。 その少女の清々しそうな横顔を見ながら、俺の心は暖かくなった。 しかし当の城沢ときたら、あっけにとられた顔で立ち尽くしている。 その横にナツユキたちが近寄っていき、からかっている。 動揺しながら何か言い返している所へ、別のファンの子が握手を求めてきた。
その少女たちは、はにかみながらナツユキたちに順番に手を差し出すと、遂に城沢の前にその手を差し出した。
ユウジに肘で押され、城沢は戸惑いながら握手をした。 その様子を見ながら城沢の後ろにそっと忍び寄ると
「今度は、ファンの子に対する心構えも教えなきゃならんか?」
と皮肉ってやった。
「うわっ!」
目を丸くして振り返る城沢に、俺はにやりと笑ってやった。
「びっくりしたっ!」
「どんな人が来ても、笑顔を返す。 必ず何か一言かける。 お礼でも何でも良いから! その言葉で、倍のファンが付くと思ったほうがいい」
それだけ言ってステージの片付けに向かう俺の背中に、弱々しく返事が返って来た。
「はあい」
「まあ、仕方ないか。初めてのことだもんな」
俺のつぶやきに、マスターが反応した。
「何だか、お兄さんのようですね」
「なんだと?」
「まるで兄のような、温かい目をして――」
とからかうマスターに俺が手を挙げる仕草をすると、彼は笑いながら飄々と逃げていった。
やがて、拓也の謹慎も解ける時期が近づいてきた。
幸いにも彼の罪は軽かったが、その代わり、大島で支えられていたともいえる会社は事実上破綻。 当然、籍を置いていた拓也も職を失った。
俺たちに連絡は無かった。 携帯電話も繋がらない状態だ。 番号も変えてしまったのかもしれない。 あいつが今何をやっているのか、何を思っているのか、全く予想が出来なかった。 そして、こっちへ帰って来ることもないようだった。
ただ、一つだけ情報が届いていた。
逮捕された時に、ネットに流された拓也の写真がきっかけで、ネット上にその噂が流れ、むしろその人気が出始めているようなのだ。
中にはありもしない噂や中傷が流れていたようだが、拓也はそんな奴じゃないということは知っていた俺たちは、軽く受け流していた。 それも、人気が出来たという証拠でもあるんだと、逆に笑っていた。
そんなある日、狭い部屋の中でギターを抱えながらぼんやりと爪弾いている俺の元に、裕理から連絡があった。
「今、テレビ見られますか?」
「何かあったのか?」
「もしかしたらなんですけど……とにかく、五チャンネル付けてくださいっ!」
と言うだけ言ってプツッと切れた携帯電話を片手に、言われるがままテレビのチャンネルを合わせた。
夕方のニュース番組では、芸能ニュースが流れていた。
作り笑いのアナウンサーのコメントと共に、どこか会議室のような場所が映し出され、でかでかと看板パネルが設置されていて、どうやらこれから新作映画の会見が行われるらしかった。
「これが、どうかしたのか?」
一人で呟きながら動向を見守っていると、会見のダイジェストが流れ始めた。次々に並ぶ出演者たち。 今話題の俳優たちばかりだ。 俺でも知っている。
「学生の時に味わえなかった恋愛を、妄想しながら役に入りました」
「男の人も女の人も、きっと共感できる作品だと思います」
マイクを手に、俳優や監督がコメントを述べる横に、どこか見覚えのある顔があった。
「あれは……!」
俺はギターのネックを強く握り、思わず腰を浮かせた。 胸がひどく騒ついた。 次に画面に映し出された者を見て、それは確信に変わった。
「拓也か!」
あろうことか、あの拓也が、映画の会見場に制作スタッフとして参加していたのだ! 拓也は映画の主題歌を担当するという。
『何故? いきなりこんな大役だなんて!』
俺は信じられずに何度も瞬きをした。 だが、画面に映し出されているのは、紛れもないあの拓也なのだ。
「どういうことだよ?」
襟のボタンを開け広げた白いシャツにノーネクタイ、紺のスーツがパリッとよく似合っている。 少し金メッシュの入った短めの黒髪はストレートに整っている。
髭も綺麗に剃っていて、形の良いアゴのラインが中性的な印象を醸し出している。
前よりも洗練された風貌の拓也が、そこに映っていた。
「本当に拓也だ……」
唖然とする俺の前で、拓也はマイクを前に挨拶を始めた。
「ええと……初めまして。 古瀬拓也です。 このたび、この映画の主題歌を担当させていただくことになり、僕を選んでくださった高梨監督には、大変感謝しています。 いろいろありましたが……やっとデビューすることができます。 ここで踏ん張り、皆様に届くように頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
その会見映像が終わる頃には、なんとなく話の流れが分かった。
どうやら一年前に逮捕されたときに出回った拓也の容姿に目を付けた世間を驚かすため、まだ無名でありながら、ネットで人気が沸騰し始めた拓也を、新作映画の主題歌に抜擢したというところだろう。
だが拓也も、伊達に音楽の勉強をしていたわけじゃない。 俺が保証する。
「抜擢されたいきさつは、僕もそう思いますよ。 拓也君の才能は、まだ東京の人たちには知られていないはずですから。 びっくりするかも知れませんね」
マスターは含み笑いをした。 なにかとても楽しい妄想をしている顔だ。 せっかく拓也のことを心配してセブンスヘブンに相談にきたのに、なんだか拍子抜けしてしまった。 その代わり、どこか安心したのも本音だ。
「あいつが一人でどこまで行けるのか、心配じゃないのか?」
差し出された珈琲を受け取りながら尋ねると、マスターは首を傾げた。
「それも覚悟しての上京なんでしょう?」
「ま、まぁそうだけどさ……」
マスターの言葉に思わず頷いてしまった。
「大丈夫ですよ。 彼はそんなに柔じゃありません。 それに、このチャンスを物にしなくては、業界を生きていくことはできませんよ。 それも、影くんは知っているでしょうに?」
「ん……」
俺は珈琲の水面を見つめた。 黒い波が暖色系の照明を反射して、丸く広がっていく。
「まあ、そんなに落ち込まずに」
「落ち込んでねーよ! でも……」
「オッカのことですか?」
マスターはいつも俺と城沢を繋げようとする。 俺が城沢のことを忘れられないのはその性なんじゃないかとも思う。 だが図星だ。
「あいつ、今回のこと、どう思ってるんだろうか? 素直に喜んでるんだろうか?」
「さあねえ。 聞いてみたら?」
「お前は……」
「僕なら、すぐ聞きますけどね」
マスターは微笑んで、カウンターの端に座る別の客の接待を始めた。
ああ、こうやってまた俺は、マスターにいいように扱われながら変わりのない生活を送っていくんだ。




