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恋はビートルズの旋律に乗せて  作者: 天猫紅楼
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WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS……Vol.2

 クロノスは活動休止に陥った。

 メンバーたちの落胆振りは尋常ではなかった。 何しろ、ずっと仲間で一緒にやってきた拓也が、人の道を外れたんだから。 元気印のナツユキでさえ、すっかり頬がこけてしまった。 純粋な奴だから、ことさら衝撃が大きかったのだろう。 それに問題は城沢だ。

 しばらく経って俺は、城沢に電話をかけた。

 少し元気にはなってきていると、裕里から連絡があったからだ。 彼女も自分の事でそれどころじゃないはずなのに、本当に良い奴だ。

 俺はなんて話せばいいのか全く言葉が見つからなかったが、何か声をかけてやりたい一心で、震える指に力をこめた。

「もしもし……」

 城沢は、案の定沈んだ声をしていた。 思わず俺の心も折れそうになったが、彼女の前で膝を崩すわけにはいかない。

「少しは、落ち着いたか?」

 探るように言うと、

「はい。 少しは……先生……?」

「なんだ?」

「ありがとう」

 その途端に俺の胸に熱いものが込み上げてきた。

「いや……城沢、よく聞いてくれ。 拓也のこと、信じてやってくれ。 あいつがあんなことをするわけがないんだ。 城沢と同じように、俺もあいつと短い間だったけど一緒に居たから分かる。 少し調子に乗ったりお人好しな所もあるけど、本当は良い奴だし、それなりに常識持ってる奴だってこと、城沢も知ってるだろ?」

「うん」

「だから、またしばらくしたら元気な顔見せてくれるだろうし、連絡もくるだろうから。 だから、その……思いつめるなよ」

 城沢は向こう側で小さく深呼吸したようだった。 そして、声量の無い小さな声で

「先生、ありがとう」

と言った。 多分それが、城沢にとっての精一杯の返事だったんだろう。

 城沢もまだ迷っているはずだ。 好きだった人に裏切られたようなものだから……。

 俺は電話を切ると、力なく部屋に寝転がった。 いつもと変わらない天井がそこにあった。

『俺は城沢に何をしてやれるんだろう……』

 

 翌日から、俺は変わらない仕事を続けていた。 止まっていても仕方ない。 拓也がこの先どう動こうと、もう俺の手から離れた今は為す術が無い。 だからと言って、突き放し、忘れたわけじゃない。 俺だって拓也のことは心配で仕方ないんだ。

 それよりも心配だったのは、城沢のことだった。 あんなに落ち込み沈んだ城沢を見たショックと、何もしてやれない自分に苛立ちさえ覚えていた。

 

 

 しばらくすると、拓也ともう一人の男は、使用した経緯を考慮して、情状酌量を考慮する形になったようだ。 だがしばらくは執行猶予が付くだろうし、謹慎状態にもなるだろう。

 だが拓也にとって一番大きな損失は、自分が将来を夢見て師事した大島に裏切られ、自分の信用も失ったうえ、大島が所属していた事務所も倒産したということだ。

 拓也はまた一からの出直しとなる。 だが、あいつの腐った性根を叩きつぶすにはそれくらいで充分だろうとも思う。 東京を甘くみていたのは事実だ。 少し痛すぎたかもしれないが、それでもアイツの頭を冷やすには充分だったはずだ。

 一方、俺にとって意外だったのは、拓也の顔がマスコミやネットに流れたことが原因で、予想以上に反響が大きかったことだった。

 拓也は、お世辞抜きで顔もルックスも良い。 ステージに上がる者として、最大限まで自分を魅せる努力もしていたから、見かけだけ見ても『格好良い』と思う。 その端正な顔立ちが世の女性たちに受けたのか、しばらくはその話題がネット上で盛り上がっていた。

 俺は、拓也の行く末が心配でならなかった。 でも今は彼が自分で自分の進む道を定め、歩いていかなくてはならない。 ただ祈るしか出来ない自分に、もどかしさしか感じられなかった。

 拓也の携帯電話も、不通になっていた。

 

 

 数週間、悶々としたまま過ごした俺は、久しぶりにセブンスヘブンに遊びに行った。

 マスターから次のライブが入ったと連絡があり、それがなんと、クロノスライブだと聞いたからだ。 そこで、城沢の情報も聞けるかもしれないという淡い期待をしてしまう自分が情けないのだが……。

 セブンスヘブンの前に立つと、いつもよりも扉が重厚に見えた。

 ため息……

 最近、元気を出そうとするたびに自然なため息が出る。 マスターにあまり心配かけるわけにいかないからな(してないかもしれないけど)。 気持ちを切り替えなきゃ!

 俺は勢いを付けてその太いノブに手を掛け、力任せに引いた。

 

 

  カランカランカラン……

 

 

 心地よいベルの音が降ってきた。

「いらっしゃいませ」

 変わらない太く低い声が俺を迎えた。 と……カウンターに客がいるのが見えた。

「こんばんは、先生!」

「城沢……? も、もう、大丈夫なのか?」

 驚く俺に、城沢はハッと何かに気付いた顔をした後、すぐに微笑んだ。

「あ、はい、もう大丈夫です!」

 きっと、俺に連絡をし忘れていたっていう天然ボケの顔だ。 だが俺はそんなことはどうでも良かった。 城沢は大げさに敬礼をして、元気そうな姿を見せている。 その姿を見ることが出来ただけでも、何も要らなかった。

 俺は、自然に城沢の横に座った。 何故そうしたのか、自分でも分からない。 ただ、そうすることが俺にとっても安心出来そうだったからだ。

「いつものやつ」

 そう言って珈琲を注文した俺を、城沢はトロンとした目で見つめた。酒が入っている顔だ。

「ホント、先生って呑まないよね?」

 俺は煙草に近づけていたライターの火を遠ざけて、慌てて弁解した。

「呑まないんじゃなくて呑めないの。 下戸!」

「じゃあ、何でココに来るの?」

 俺の話を聞きながらグラスの縁をなぞる城沢の指先に目を奪われそうになり、また慌てながら煙草に火を点けた。

『城沢、酒が入ると一言多い!』

「まあまあ、仲良くね」

 マスターが苦笑いをしながら、珈琲を出してくれた。

 俺は小さく頷いて、口を付けた。 マスター直々に豆を厳選している珈琲の香りが心を和ませる。 やっぱりここの珈琲は最高だな。 だけど……

「俺はまだ、引きずってるけどな……」

 と呟くと、城沢はアルコールで潤んだ瞳を細くした。

「先生、男らしくないねぇ」

「だって……」

「だってもあさっても無い! 拓也だって、今一生懸命頑張ってるの! だからあたしたちも頑張らなきゃなんないの! クロノスだって、完全復活させるんだから!」

 刺さるかのように指の先を突きつけて詰め寄ってくる城沢に、俺は押され気味に言った。

「連絡は、繋がってるのか?」

 拓也との事だというのは、城沢にも通じた。

「いいえ! だけど、生きてる限りいつか必ず繋がる! と言うわけで、今度クロノスがライブやるからよろしく!」

 今は酒が入っているからかもしれないが、城沢は以前の明るい子に戻っているようだった。 何か吹っ切れるきっかけが出来たのだろうか?

 と言うより、今俺の肩に置かれているのは、城沢の手だぞ。 その軽い重みに、俺の動悸の振動が伝わるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、懐から携帯電話を取り出すとスケジュールの画面を開いた。 そして平静を装いながら、確認するように言った。

「この前マスターに聞いた。 来月の二日、日曜だろ?」

「そう!」

 城沢は嬉しそうにニコニコと微笑みながら、俺の肩口をポンポンと叩いている。 俺は自分の緊張感に耐え切れなくて、そっとその手を退けた。 そして携帯電話をしまいながら

「城沢は強いな」

と呟く俺に、城沢は笑った。

「強くなんてないよ。 皆だってそう。 でも乗り越えなきゃ仕方ないでしょ。 立ち止まってても何も良いこと無いんだから!」

 城沢は確実に前を向いていた。 本当に強くなった。 そう感じながら、俺は珈琲を覗くように俯いた。 するとそれまで黙っていたマスターが

「頼もしくなりましたね」

と城沢に微笑み

「それに比べて……」

と含んだ微笑みで俺の方を見た。

 俺は慌てて眼鏡を上げながら

「わ、分かってるよ! 俺だって苦労してんだ!」

と珈琲を一際多くすすった。 その拍子にむせる俺を、城沢とマスターが笑い、その様子に和んだ俺は、少しだけ笑った。 笑ったのは、久しぶりだった。

 店内で静かに流れているジャズに、俺たちの笑い声が混じった。

 横に座る城沢が、たくましく見えた。 女は強いとよく言われるが、まさにその言葉がぴったりだった。

 しばらく他愛の無い話をすると、城沢はマスターに会計を頼んだ。 そして

「帰る前にトイレっ!」

と無邪気に席を立った城沢。 その時、俺にマスターがそっと耳打ちをした。

「いいんですか、行かなくて?」

 俺はそれが言い終わらないうちに

「お会計!」

と叫ぶように言った。

 笑いを堪えるような変な顔をしているマスターに首を傾げながら、用を足してきた城沢は俺と店を出た。

 

 外は静けさに包まれた住宅街。 心地よい風が吹きぬけていくのを感じながら何気なさを装って城沢を見ると、その暗やみに消え入りそうな彼女の雰囲気に、どこか不安になった。

「送っていこうか?」

 声をかけた俺を見つめ、次に夜空を見上げ、再び俺を見ると

「今日はゆっくり歩いて帰りたいから」

と微笑んだ。

「夜道は危ないから、送るよ」

と、もう一度勇気を出して言ってみたが、城沢はあくまで俺の気分を損ねないように気遣いながら、俺の誘いを断った。 そこまで言われたら、もう押せない。

「そうか、じゃあ気をつけて」

「ありがとう、先生。 あと、心配かけてごめんなさい」

 その言葉に、俺は【言う決心】が付いた気がした。

「城沢……」

「何?」

 まだアルコールが残っているような、潤んだ瞳で首を傾げる城沢と目が合った瞬間、【言う決心】が真っ白になってしまった。

『なんてこった』

 思わず俺はフッと息をついた。

「とにかく、元気になったみたいで、よかった」

 それが精一杯の言葉だった。

 俺は城沢の背中を、暗やみに消えるまで見送った。

 城沢もまだそこまで元気を取り戻してはいないのか。 それとも、俺が送り狼になるんじゃないかと疑ってるのか……。 今の状況、後者だったらいいな、と思える。

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