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恋はビートルズの旋律に乗せて  作者: 天猫紅楼
22/29

突然の再会! 新生クロノス ライブ♪……Vol.2

 結局マスターに文句を言うヒマも与えられず、数分後、リハーサルが始まった。

 今回はクロノスを入れた三バンドの対バン方式。 ステージに出てくる順番に、リハーサルは進められた。 クロノスはトリだ。 彼らが楽屋から出てくると、何故か俺たちスタッフにも緊張が走った。

 前身バンドはかなり人気があった。 彼らだけで小さなライブハウスは一杯にしてしまうほどに、インディーズ界では一目置かれる存在にまでなっていた。

 そんな今までのファンを満足させられるのか、その期待を背負い切れるのか、他人事には思えず心配だった。 すでに何回かのライブを踏んできているようで、ステージの上で城沢も戸惑うことなくアンプに自分のエレキを繋いでいた。 それぞれに準備を終えると、ナツユキたちは一度一列に並んで深々とお辞儀をした。

「よろしくお願いします!」

「うわ……」

 隣の立木兄が思わず声を洩らした。 分かる。 俺も今、鳥肌が立った。

 リハーサルとはいえ、礼儀一つもないがしろにはしない。 それは前身バンドの時と同じだ。 彼らは定位置に戻ると、第一声を上げた。 その瞬間

「うっ!」

 俺の鼓動が波を打った。

「同じだ……」

 目の前にある風景に、前身バンドが浮かび上がった。

 心を揺さぶるようなリズム隊、丁寧な中に荒々しさを兼ね備えたギター、そして胸を刺激するボーカル。 確かにメンバーは違うが、担当するメンバーが変わったベースもギターも違和感なくクロノスを作り上げていた。

「新生クロノス……凄いっすね……」

 立木兄がため息を吐いた。 俺は一言も発せられずに、ただ一度だけ頷いた。

 

 

 数分後、ステージには再び静かな空間が広がっていた。

 出演者たちは楽屋に控えて、本番を待っている。

「本番さながらなのは前からだけど、全然変わってないんじゃないっすか? 前のクロノスと、なんら落ち度が無い……」

 少し汗ばんだ額を拭いながら言う立木兄に、俺も頷いた。

「まったくだ……心配はいらなかったな。 すでに出来上がってる。 多分……クロノスとしての基礎が出来てるんだな」

「今の曲、拓也くんが作ったんですよね?」

 いつの間にかマスターがカウンターに寄り掛かっていた。

「クロノスの曲は共作だって聞いたけど?」

 と言う立木兄に、俺が答えた。

「表にはそうなってるし、実際皆の意見を入れながら作ってたみたいだけど、一番最初にラフ曲を作るのは拓也がほとんどだったみたいだよ」

「へえ~拓也くん、やっぱり才能あるんですかね?」

 感心した風の立木兄の言葉を聞きながら、俺はまだ照明の当たっていない、薄暗いステージを見つめた。

 拓也の力に頼れるのは今だけだ。 この先、拓也を越える力を身につけないと、必ずクロノスは落ちていく。 そんな不安が、俺の心にべたりと張り付いた。

 

 

 やがて開場時間となり、観客が入ってきた。 そのほとんどがクロノスのファンなのだろうが、それでもまだセブンスヘブンを一杯にするまでには至らない。 全てはこれからだ。 見せてもらうよ、クロノスの底力!

 最初の二バンドは滞りなく演奏をし、それなりに会場を温めた。 やがてステージが薄暗くなると、場内が騒めき始めた。

 観客たちがクロノスを待っている。 俺の心に鳥肌が立った。 俺もまた、クロノスを待っている。

「さ、いっちょやりますか!」

 立木兄も小さく両拳を合わせて気合いを入れた。

 やがてステージにクロノスのメンバーが姿を現すと、観客たちが騒然とした。 それぞれにメンバーの名前を呼ぶ。 その中には、まだ若干名だが、城沢の名前も含まれていた。

『あいつ、緊張してないか?』

 心配になって城沢の様子を見ていたが、とりわけ緊張で固くなっているようには見えない。

 やがて楽器の準備が整うと、ユウジの合図でクロノスのステージが始まった。

 音のタイミングもぴったりだ。 よほど練習もしてきたんだろう。

 スポットライトを浴びる城沢は、クロノスのオッカとして充分に輝いていた。 外人女性の顔が大きくプリントされた細身の長袖Tシャツに黒い革パン、腰から垂らしたチェーンがライトを反射して輝いている。 ステージ映えするように少し濃いめのメイクで、しっかり客を煽っている。 終始笑顔だ。

 俺の大好きな、城沢の弾けた笑顔だった。

 メンバーと目で語り合いながら、自らも音楽を楽しんでいる姿は、見ているこっちまで楽しくなる。 城沢は、もう自分の音だけにいっぱいいっぱいになって縮こまっている城沢では無くなっていた。 観客と視線を合わせ、一緒になってこの時間を楽しんでいる。 そして、惹きこんでいる。

 俺は胸が熱くなった。 俺の生徒が、独り立ちしてスポットライトを浴びている。 周りに誰も居なかったら、涙を流し、叫び喜ぶところだ。

 ちょっとしたトークも含めて二十分の持ち時間をフルに使ったクロノスは、名残惜しそうにステージから去っていった。

 観客たちは熱が冷めないままに、口々に感想を言いあいながら会場を後にしていく。

 

「やっぱり凄いっすねえ、クロノスは。 リハよりもまた数倍勢いありましたよ」

 長い息を吐いて、立木兄は大きく伸びをした。 俺も椅子の背もたれに体を預けた。

「疲れた……」

 抜けた息と共に呟いたが、それは心地よい疲れだった。 それを察知したように立木兄が笑いかけるので、俺も少しだけ微笑み返した。 その向こうで、ドリンク係の立木弟も一緒に笑っていたが、すぐにステージの掃除をしに駈けていった。

 城沢がいなくなってから、再び下っぱになった立木弟。 トイレ掃除もやらなくちゃならないし、ステージの機材の片付けもあるしと、忙しく働いている。 それを横目に俺も音響機材を片付けていると、パタパタと駆け寄ってくる人影があった。 城沢だった。

「立木さん、先生、ありがとうございました!」

 城沢は、立木と俺に一礼して礼を言って顔を上げた。 すると立木兄が笑いながら

「オッカちゃん、格好良かったよ! 鳥肌立ったもん!」

と言うと、城沢は激しく手を振って

「またまた~」

と謙遜しながらも、まんざらでもない顔をしていた。 そして俺の顔を見た。 まだ汗が乾き切っていないうえ、ライブ終わりでまだ興奮が残っているほのかに上気した表情に、思わず目を奪われた。

「先生、ありがとうございました。 やっぱり先生は【音響の神】だったね!」

と笑いかけられ

「い、いや、それほどでも……」

と、どう返したらいいのか分からずにしどろもどろになっていると、マスターが金庫を持って戻ってきた。

「あ、マスター! ありがとうございました!」

 弾けた笑顔を見せた城沢に、マスターは

「オッカ、セブンスヘブンにおかえりなさい」

と微笑みかけた。

「そうだ、おかえり、オッカ!」

 立木兄弟にも声をかけられ、城沢はなんとも照れ臭そうな顔をしていた。 それを見守りながら、俺は自分に満足していた。 親になるということは、こういうことなのだろうか?

「良かったな、城沢」

 無意識に呟いた言葉は、城沢の耳にも届いた。 城沢は少し驚いた顔をして、すぐににこりと微笑んだ。

「先生のおかげだよ」

 その言葉だけで満足だった。

 

「影さん、ずっとニヤニヤしてますね」

 立木兄弟やマスターの怪訝な視線などどうでもよかった。

 城沢の言葉ひとつで、俺は一喜一憂するのだ。 とにかく、城沢がステージで自分を輝かせていることが確認できたことが嬉しかった。 拓也と別れてきっと寂しかっただろうし、悲しかっただろう。 そんな時だって、俺は何も出来ずにいた意気地なしだ。 だけど俺が居なくても城沢は歩いている。 一歩ずつでも前を向いている。

 

 それからもクロノスは度々セブンスヘブンでライブをしてくれた。 そのたびに、城沢はステージ上でどんどんと成長していた。 そして毎回観客が増え、楽曲のレパートリーも増え、スタッフながら楽しみにしている。

 少し嫉妬はするが、城沢にファンが出来ることには大賛成だ。 だから俺は、クロノスがもっと盛り上がるように協力を惜しまないつもりだ。

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