突然の再会! 新生クロノス ライブ♪……Vol.1
「影さん、最近どうっすか?」
真壁が、これみよがしに太い腕をさすりながら聞いてきた。 昨日久しぶりにジムへ行ったら、腕が筋肉痛になったと苦笑していた。 俺の骨と皮ばかりの腕と比べたいのかと自虐的な思いにかられ、冷たい視線を返した。
「何が?」
「相変わらず冷たい態度っすね……音楽教室ですよ。 生徒とか、増えてます?」
『冷たい態度なのは生まれつきだ。あきらめろ』
と思いながら
「いや、横ばいだな」
と目の前に広げていたスケジュール帳を見下ろした。 暇ではないが、忙しくもない。 丁度良いといえばそうなのだが、もう少し欲を出したい所だ。 俺の肩ごしにのぞきながら、真壁が耳元で囁くように言った。
「で、こっちの方は?」
鳥肌を立てながら飛び退くと、小指を立てた真壁の顔がにやけていた。
「何の話だよ?」
「なんだ。 相変わらず音沙汰なし、なんすね?」
「音沙汰……?」
訳が分からずに真壁の顔を見ていると、横から和田が顔を突っ込んできた。
「拓也くん! あれから連絡来た?」
「ん、いや。 何も……って、お前らぁ……」
細い目で軽蔑の眼差しを送ると、真壁と和田は悪びれることなく笑った。
「女の子に縁が無いから、いつもくっついてた拓也くんとそーいう関係なんじゃないかって、もっぱらの噂よ!」
和田が顔を近付けてきた。
「いっそ、白状しちゃいなさいよ! どっちを取ったとしても、私たちは応援するわよ! だってもう、影待くんには後が無いんだから!」
「おいっ! 俺はそんな趣味じゃねーよ!」
そう言いながら振り切るように立ち上がると、二人はつまらなさそうに俺を見上げた。
「勝手に人の噂で楽しむなよ!」
「えー! 面白いカップルだと思ってたのにー」
「もう、お前らとはしゃべらん!」
激しく気分を害した俺は、荷物をつかむと事務所を早足で出た。 後ろから
「ほどほどにしろよー」
と軽い口調の高梨事務所長の声が聞こえてきた。 高梨さんまで……なんて奴らだ! でも、高梨さんたちも心配してるはずだ。 拓也はこの音楽事務所にもあしげなく通って、他の講師からもいろいろと教わっていたみたいだから。 俺と同じように、拓也を可愛い存在だと思っていただろう。
それからしばらくして、俺にもやっと拓也から連絡があった。 見知らぬ番号が画面に出たとき、俺の頭にピンと来るものがあった。
「もしもし、拓也か?」
電話を取るなり言った俺に、向こうは息を止めたようだった。 そして
「やっぱり影さんはすごいや」
と苦い声を出した。 やはり拓也だった。
「今まで何やってたんだ? 連絡が来ないから、事務所の皆も心配してたぞ! ケータイも繋がらないし!」
少し怒り口調で言う俺に、拓也は向こう側で苦い顔をしているようだった。
「すみませんでした。 色々とやることがあって……やっと少し落ち着けました」
「そうか、それなら良かった……けど、俺にはお前に言いたいことが山ほどあるんだ!」
拓也は予想以上に元気な声を俺に届けてくれた。 バイトをしながら、色々な音楽事務所に足を運び、売り込みをしているらしい。 知り合いもおらず右も左も分からないなかで、よく頑張っている。
「ところで、オッカのことなんですけど……」
「結局置いて行ったんだな」
「……最後は彼女が決めたことです。 俺のわがままに無理やり付き合わせることなんて、最初から考えてませんでした」
そう前置きして、城沢をクロノスに加入させたいきさつを話してくれた。 拓也自身の意見というより、ナツユキたちクロノスのメンバーたちがそう志願したのだという。 拓也が抜けた穴は大きい。 拓也の担当だったベースは、ギターのマサトが引継ぎ、ギターに城沢が入った。 男ばかりだったクロノスに女が入った事で、それまでのクロノスとはまた違った楽曲も生まれるだろうし、なにより、城沢をクロノスに誘った一番の理由は、城沢が楽しく演奏している姿が気に入ったからだという。 全身で音を楽しむスタイルは、ある意味俺が教えたものだ。 それを他人が気に入ってもらえるほど身につけてくれたのは、俺としても嬉しい。
「拓也、俺が端で見ているかぎり、クロノスは大丈夫だと思う。 城沢がどれだけ食い付いていけるかは分からんが、あれだけ人気があったバンドだ。 ゼロからあそこまで這い上がれた実績があれば、また上り詰めることは出来るだろう。 で、お前は大丈夫なのか?」
俺の問いに、拓也は笑った。
「俺は大丈夫ですよ! なんか知らないけど、自信あるんで!」
「それが心配なんだよ……」
それでも拓也は、あっけらかんとしていた。 彼もバカじゃないことは、しばらく一緒にいたから分かる。 だが、調子に乗りやすいことと、お人好しなところが気になる男だ。 とにかく、何かあったらすぐに連絡しろと伝えた。 心配していても仕方ない。 俺も前に進まなきゃな。 城沢も拓也も、手探りしながら前に進もうとしている。 ずっと同じように生活を続けられるわけなんてないんだ。
俺は自分を見直しながら、前に進む努力を始めた。 音楽教室の宣伝も精力的にするようにしたし、ギター教室にも今まで以上に力を入れた。
そうやって俺は、無意識に城沢のことを忘れようとしていたのかもしれない。
それから一ヶ月ほどが経ち、マスターからライブが入ったと連絡があった。 セブンスヘブンにライブが入るのは随分久しぶりだ。 この所怒涛のように立て込ませたスケジュールを無理やり空けて、セブンスヘブンへと向かった。
俺の優先順位はやはりここなのだ。
「で、今日はどこのアマチュア?」
軽く尋ねた俺に、マスターは含み笑いをした。
「なんだよ?」
「見れば分かりますよ」
それだけ言って、マスターはステージの調整をするためにその場を離れた。
「何か隠してるな……」
と呟きながらカウンターの奥で音響機材の調整を始めると、隣に座った立木兄がにやけた顔を寄せた。
「久しぶりっすね!」
「なんだよ気持ち悪いなあ! そうだな、久しぶりだな!」
つっけんどんに返すと
「あれ? あまり嬉しそうじゃないなぁ?」
唇を尖らせて覗き込んでくる立木兄から、逃れるように体を反らせると
「べ、別に、お前と数ヶ月会わなくても寂しくねーし!」
と突っぱねるように言った。 すると立木兄は、あれっ?という顔で目を丸くした。
「聞いてないんすか?」
「?」
「今日のライブ、クロノスですよ」
「えっ! 何だって?」
思わず立ち上がった俺の膝が、棚の角に勢いよくぶつかった。
「いってえええ!」
もともと広くない場所だ。 ちょっと動いただけで肘や膝がぶつかる。 知らない間にアザが出来ている時も少なくない。 いや今は、そんなことはどうでもいい!
「クロノスって、まさか……?」
「オッカちゃん、久しぶりだなぁ~何ヵ月ぶりだろう? 元気でやってるとは聞いてたけど、まさかセブンスヘブンのステージに上がるなんてね。 兄ちゃん嬉しいよ!」
泣き真似をする立木兄を無視して、俺はただ放心状態だった。
『そうならそうと、言ってくれよ……』
なんで俺だけこんなに振り回されなきゃならないんだ? フツフツと怒りが込み上げてきた俺は
「マスター!」
と声を荒げた。 その時
「こんにちはぁ~っ!」
懐かしい声が、静かな店内に響いた。
「おっ久しぶり~!」
ご機嫌な声で手を挙げ、城沢とハイタッチする立木兄の横で、俺はただ茫然と城沢を見つめていた。 城沢はそれに気付くと、首を傾げた。 そしてすぐに、はっとした顔になると、
「今日のこと、バタバタしてて先生に伝えられなかったから、マスターから伝えておいてって頼んでおいたんだけど……言ってなかったみたいだね」
参ったなぁ、と苦笑しながら髪を掻き上げた。 髪の毛の色も随分明るくなって、シャギーも入って、化粧も若干派手になっていた。 風貌は変わったが、明るく可愛らしい笑顔は、少し大人びた感じが足されながらもあの頃のままだった。
「そうだよ、あいつ! マスター!」
「オッカ!」
俺の声に被りながら、ステージの方から城沢を呼ぶ声がした。
『今度はなんだよ……?』
苛立ちながらステージの方を見ると、クロノスのボーカル、ナツユキが激しく手を振っていた。 活発な性格そのままに、立ち上げた黒髪がしっかりセットされている。 ナツユキはスタスタと足早に真っ直ぐ近づいて来ると
「オッカお前遅刻っ! 早く! リハ!」
言いたいことを手短に言いながら、強引に城沢の手を引いていく。
「あっ、じゃ、じゃあ、皆さん、よろしくお願いします! もう! ナツユキ痛い! 遅刻してごめんってば!」
城沢は手を挙げて皆に笑顔で挨拶しながら、楽屋へと吸い込まれていった。




