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恋はビートルズの旋律に乗せて  作者: 天猫紅楼
20/29

YOU'RE GOING TO LOSE THAT GIRL……Vol.2

「本当にダメな男ですねぇ」

とグッサグッサとフォークで刺すような言葉を放つのは、勿論マスターだ。

 そうなると分かっていても何故か俺は、彼に相談してしまうのだ。 相談出来る相手が彼しか居ないということも理由ではあるのだが。

 俺の話を聞いたマスターは小さくため息をついて

「女の子はね、弱っている時にぎゅっと抱きしめてあげると簡単に落ちるものなんですよ」

「あんた、よくそんなことを軽く言えるよね?」

 半ば呆れながら言うと、

「それが男ってもんですよ。 女の子を守ってこそ、男と言えるのです」

と、あたかも正論を言っているように聴こえるが……俺にはそんな大層な行動に出られるほどの勇気も度胸も無いのだ。

 こんなガリガリで無愛想な姿の男に抱きしめられようものなら、空気を引き裂くような悲鳴を上げて逃げられるに違いない。 逃げられるだけならまだしも、訴えられるだろうな、きっと。

 俺は深いため息をついて、珈琲に口を付けた。

 こんなに悩み倒しているのに、マスターの淹れた珈琲は心を和ませる。 不思議な力を持っている。

 マスターは俺の沈んだ様子を楽しげな瞳で見つめながら、グラスを拭いていた。

 

 

 それから数週間後、城沢から電話が掛かってきた。

 それまでの間、城沢も相当悩んでいただろうに、ここで何かいいことを言ってあげていたら、彼女を振り向かせることが出来ただろうか? いや……今の俺は、城沢の気持ちが痛いほど分かるし、同じ気持ちだった。 台風のようにあっけなく居なくなってしまった拓也に、俺はあの時何かしてやれたのだろうか? 俺自身が城沢と同じように落ち込んでいたのは事実だった。

 そんな時に城沢から連絡がきたものだから、俺は慌てて携帯電話を取り落とすところだった。 そして思わず立ち上がっていた。

「もっ……! もしもしっ!」

 慌てた声を出した俺の耳に聞こえてきたのは、久しく聞かれなかった城沢の明るい笑い声だった。

「はははっ! 先生、どうしたの?」

「いっ、いや、何でもない。 それより、どうした? 何かあったのか?」

 はぐらかす俺を再び笑った後、城沢は少し間を置いて言った。

「先生に伝えたいことがあるの」

「なんだ?」

「あたし、クロノスに入ることにしました」

「? クロノスに?」

 俺の頭にクエスチョンマークが幾つも生まれた。

 クロノスは、拓也が脱退すると同時に解散となったはずだ。 セブンスヘブンで解散ライブまでやったんだぞ。 そこに城沢が入るというのはどういうことなのか? 戸惑いを隠せない俺に、城沢はゆっくりと話した。

「あのね、拓也から電話があったの。 で、彼からの直々のお願い……ていうか、クロノスの他のメンバーたちがそう言っていたんだって。 クロノスに入って欲しいって。 だからあたし、拓也の為にも、クロノスの為にも、そして自分の為に、クロノスに入ることを決めました」

 城沢はしっかりとした口調で話していた。 そこに迷いはないことが、その声色で伝わってきた。 俺は、思ったより元気そうな城沢にやっと慣れてきて、俺自身も少し落ち着いてきていた。

「そうか。 将来のことも含めて、城沢なりにちゃんと考えたんだな?」

「ん……そこまで見通しはないし、もしかしたら、あたしの性でクロノスが墜ちてしまうかもしれないけど……皆はあたしを必要としてるって伝わったし、あたしもそれに答えたいと思って」

「そうだな。 皆大切な仲間だもんな」

 俺は、城沢が一生懸命前に進もうとしている姿に勇気をもらえる気がした。

「そこで、先生に言わなきゃならないことがあって……」

「なんだ?」

「あたし、ギター教室を辞めることにしました」

「えっ?」

 俺は、驚いて言葉を失った。 城沢は一生懸命に話してきた。

「あたし、自分の実力がまだ未熟なのは分かってるつもりです。 でもこのまま先生に頼りきりだったら、きっと甘えてしまうに決まってる。 だから、自分に鞭を打つつもりでギター教室を辞めることに決めました」

「そうか、前向きで良いと思うよ。 何かあれば俺も協力させてもらうし、応援してるから。 頑張れよ!」

 かろうじてそう言い、電話を切った俺は、その場に膝を付いた。

「マジか……」

 城沢がギター教室を辞めることイコール、俺と城沢との接点が無くなるということだ。 ライブのバイトはあるが、月に一度あるかないかの頻度。 この不景気で、ライブの依頼もぐんと減った。

『もう城沢に会えなくなる……』

 俺は急に背筋に緊張が走っていた。 こんなこと、予想していなかったからだ。 とはいえ、これからもずっと城沢がギター教室に通うなんてことも思っていなかったが、まだ先の話だと思っていた。

 すっかり気が抜けた俺の脳裏に浮かんでいたのは、城沢の屈託のない笑顔だった。 いつも楽しそうにギターを弾く姿。 最初は譜面を追うので精一杯だった城沢が今、バンドを組んでステージに立とうとしている。 自分の力を試そうとしている。

 それは、俺にとっても夢だったんじゃないか? 生徒を募り、音楽を教えるようになって、その中の何人かでも、俺が教えた音楽を大衆の前で披露するのを、俺も夢見ていたんじゃないか?

「そうだな……夢が叶ったんだ……」

 小さく呟いてみた。 それで少しは気が晴れるだろうと、救いを見いだそうとした。

 

 

 しばらく経ってからセブンスヘブンに遊びに行くと、マスターから、城沢がライブのバイトも辞めることにしたのだと聞いた。 アイツ、よっぽどクロノスに集中したいんだな。

『あぁあ……』

「大丈夫ですか?」

 火のついた煙草の先をぼんやり眺めていると、不意にマスターが言った。

「何?」

「すっかり覇気がなくなったように見えますが……というか、老けましたね」

「ああ……」

 当たり前だ。 ギター教室も辞められ、ライブのバイトも辞められ、俺は城沢の姿を見ることすら出来なくなったんだ。 この距離はあまりに残酷すぎる。

「告白したら?」

 マスターが軽い口調で言った。 俺が黙っていると、

「もともと、オッカにとったら影待くんはただの先生止まりです。 心の中の何パーセントかに影待くんの原形くらいはあるかも知れませんが、所詮、その程度です」

「何が言いたい?」

「だからここは是非、当たって砕けてみればいいじゃない!」

「はぁ……」

 俺はため息を吐いた。 そんなこと、出来るならとっくの昔にやってるよ。

「なんか……無理」

「どうして? オッカ、あんなに気さくに話してくれるじゃない。 何が不満なの?」

 マスターは、まるで分からない、という顔で首を傾げた。

「不満とかじゃなくて……自信がないだけだ」

「ふうん?」

 マスターは出来上がった珈琲を俺の前に置いた。 芳しい香りが気分を落ち着かせるようだ。

「俺は、城沢を幸せにしてやれるのかどうか……現に俺は、一度怒らせてるし」

 マスターに失恋した城沢を追って慰めるつもりが、言葉足らずな性で『大っ嫌い!』と言わせてしまったことを思い出していた。 あれからすぐ和解し、普通に接することが出来るようになったが、俺の心にはまだあの時の言葉と城沢の震えた肩が染み付いている。 言うなら、トラウマってやつだ。

「ふうん」

 マスターは意味ありげな笑みで俺を見た。

「本当に大好きなんですねえ、オッカのことが」

「なっ!」

 慌てて珈琲に口を付けると、思いの外熱くて余計に慌ただしくなった。 それを見ながら、マスターは楽しそうに笑っていた。

 

 

 それから数週間後、城沢が新加入した【新生クロノス】が始動したと風の噂で耳にした。 そのうちに、楽器屋や駅前などで、クロノスを宣伝するチラシを見かけるようになった。

「城沢、頑張ってるんだな」

 もしかしたら、セブンスヘブンでもライブをするようになるかもしれない。 その時は、最高の演出をしてやろう。 そう思いながら、パソコンで一生懸命皆でデザインを考えて作ったのだろう白黒のチラシを見つめた。

『新生クロノス、か』

 俺は何だか嬉しくなって、一人微笑んだ。

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