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恋はビートルズの旋律に乗せて  作者: 天猫紅楼
16/29

DON'T BOTHER ME……Vol.2

【ウラノスガイア】

 彼らは当時、インディーズ界のトップだった。

 そのカリスマ的存在だった【ウラノスガイア】のベースの音に、あろうことかタクヤの音が酷似していたのだ。 リハーサルとはいえ、全力投球をしている彼らの姿勢にも驚いていた。 大抵の奴らは、リハーサルを軽くやって本番に体力を温存するというのに。

 悔しいが、礼儀といい音楽といい、将来を約束できる雰囲気が彼らにはあった。

 俺はそっと、壁にもたれてクロノスの音を聞いているマスターを見た。

 マスターも気付いたはずだ。 彼らの音に。 マスターこそが、ウラノスガイアのベース、ナオキだからだ。 自分の音を知らないわけがない。

 するとマスターが、俺の視線に気付いた。 そして、俺にウィンクして親指を立てた。 間違いない。 タクヤは、ナオキのベースに影響されている。

 俺は背中に冷や汗が伝い落ちるのを感じながら、クロノスをもう一度改めて見つめた。 すると演奏中ながら、タクヤがじっと俺を見つめた。

「うっ!」

 俺の脳裏に、あの日タクヤが城沢と一緒にいた情景が蘇った。 タクヤが少しだけ口の端を上げるのが分かった。

「う! あいつ~~!」

 俺の全身に鳥肌が立った。 許しがたいその態度! ただじゃおかねえ! しかしあいつは【音楽】で勝負しようとしていた。 それは、空気で分かる。 同じ音楽に生活を賭けている者同士のオーラが、そうさせるのだ。

「受けて立とうじゃねーか!」

 俺は立木兄の怪訝な視線などお構いなしに、がっつりと椅子に座りなおし、唇を噛みながら指先で眼鏡を上げた。

 間髪入れずに、ナツユキのマイクを借りたタクヤが意見を出した。

「あのー、もっと低音って出せますか?」

「はあっ?」

 思い切り眉を吊り上げた俺に、一番驚いていたのは立木兄だった。 目を丸くしてこっちを見ている。

「あぁ、あと、こっちのマイクの音量も上げてもらっていいですか? ボーカルの声にハモリがうまく乗れないんで」

 またタクヤの声がした。

 俺は

「そんなもん、自分で頑張れよ! 知るか!」

と、俯いて彼らに聞こえないように文句を言いながら、手を挙げてオッケーのサインを出した。

 一応仕事だからな。 あれでもお客さんだからな。

 俺は憤りを感じながら、音響のスタッフとして黙々とこなしていった。 さすがに立木兄も、俺の刺々しい空気に入って来れないでいた。

 

 

 ――

 やっとリハーサルが終わり、クロノスメンバーたちがステージから下りていくと、俺のそばにマスターが寄ってきて話し掛けた。

「彼、僕のファンなんだって」

「やっぱり。 音で分かった。 でも、俺も負けねーからな!」

 俺は、眼鏡の奥からマスターを睨んだ。 マスターはフッと笑って軽く手を挙げると、ステージの調整に場を離れていった。 そこへやっと勇気を出したのか、立木兄が話しかけてきた。

「影さん、どうしたんすか? リハーサルごときにむきになって? 彼らの力は確かに凄いとは思ったけど」

「本番はこれからだ!」

 立木兄は

「ま、そうっすけどね」

と、俺の答えにどこか納得していないような顔だったが、分厚い壁を作った俺の雰囲気に、それ以上は突っ込んでこなかった。

 

 やがて城沢がやってきた。

 受付業務だから、開場時間までに間に合えばいいのだ。 本当は、彼女の顔も見たくなかった。 まだそこまで心の傷は癒えていない。 城沢からはいつものように明るい挨拶が飛んできたが、立木兄のように明るく返せるわけもない。 ちらりと彼女を見て、一言返しただけだった。

 やがていつものように城沢が金庫を持って、マスターと共に受付の小部屋へ行ってしばらくすると、部屋の中が明るくなった。

 開場時間となり、二重扉が開け放たれたことで、外の明かりが中へ差し込んできたのだ。

 ぞろぞろと入ってくる観客たちは、すぐに会場の半分以上を埋めた。 やがてマスターがやってきて

「じゃ、今日もよろしく!」

と俺たちに合図を送った。

 本番の開始だ。 同時に、俺とアイツの対決だ!

 

 最初の二組はたいしたハプニングもなく、滞りなく終わった。

 照明を落とし、トリとなるクロノスの準備に入った。 すでに会場はそこそこ熱を帯びている。 会場の中はすでに熱気が充満していて、息苦しささえ感じた。

 やがて姿を現すクロノスを、今か今かと待ちわびているようだ。

 薄暗やみにメンバーが現れた。 途端に黄色い声援が飛んだ。

「ナツ~~!」

「タクヤ~~!」

 皆それぞれに想うメンバーの名を呼ぶ。 これだけ固定ファンが付いているということは、噂は本当なのだろう。

 俺は今、こうして音楽の仕事をしているが、他のライブハウスへはほとんど行かなくなった。 たまに音響機材の偵察に行く程度で、今のインディーズ界の実体なども、俺は全くの無知だ。 セブンスヘブンでのライブをやりにくるバンドたちも、ほとんどが一回きりか、多くて二、三回。 あまりリピートしないから、いちいち覚えてもいない。 だが、ここまで実力があるバンドの情報が入ってこないとなると、俺もかなり偏屈になったなぁと思う。 もう少し情報収集をしなきゃな、と少し反省した。

 一方、ステージ上のクロノスのメンバーたちは、黄色い声援に包まれながらそれぞれの楽器を繋ぎ、音を合わせた。 そしてボーカルのナツユキが中央のスタンドマイクの前に立つと静かに目を閉じ、右手を上げた。

 それを合図に、ベースのスライドに乗るように曲が始まった。

 アップテンポなナンバーで、会場は一気にヒートアップ! ナツユキの煽りに、観客は両手を上げ、声を出している。 後ろからでも分かる。 観客の笑顔や高揚が。

 すごい!

 久しぶりに全身に鳥肌が立つような迫力を感じていた。

 だがしかし、俺の戦いもまた始まったばかりだ。 俺は今やベストパートナーとなった音響卓のつまみに指をかけ、ステージを見つめ、耳を澄ませた。

 

 

 

「はあああ~……」

 立木兄が気の抜けた長い息を吐いた。

 見ると、椅子にもたれて疲労を全開に表した立木兄が、腕を伸ばしきって大きなあくびをしていた。

 ライブは終わり、観客も退場して、セブンスヘブンには再び静かな空間が戻っていた。 俺も若干の疲れを感じながら、立木兄に労いの言葉を掛けた。

「お疲れ」

「あのクロノスって奴ら、最初っから最後まで凄かったっすね! 久しぶりに鳥肌立ちました!」

 向こう側で、ドリンク係をしていた立木弟も頷いている。

「ホントに! いるんですね、ここらへんにも、ああいうのが!」

「何えらそうに言ってんだ。お前も頑張れ!」

 兄にたしなめられ、弟は舌をペロッと出して苦笑いした。 立木弟も、バンドを組んでドラムをやっている。 それが原因かどうかは分からないが、小柄な割りに、腕の筋肉が格好良く発達している。 痩せすぎと言われる俺には羨ましい腕なのだ。 だが彼も、こうやって色んな音楽に触れ、刺激を受けるのはいいことだ。

 立木兄弟の、仲が悪そうで良い口論を聞きながら笑っていると、誰かが近づいてくる気配を感じた。

 

 タクヤだった。

 

 俺は吸い寄せられるように席を立ち、カウンターの前に出た。

「……」

 俺とタクヤはしばらく無言で見合っていたが、やがてどちらからともなく笑顔が生まれた。

「さすがに【音響の神】と言われているだけ、ありますね」

 タクヤが言った。

「僕のアドリブも真っ向から受けていたし、逆にやられました。 初めてです。 こんなに刺激を受けたのは。 僕の負けです」

『俺、【音響の神】だなんて言われていたのか? 知らなかった』

 そんなあだ名を付けられていたとは知らず、変な汗をかいている俺の前で、申し訳なさそうに苦笑しながら頭をくしゃくしゃとかきあげるタクヤ。 よく見ると、純粋に音楽が好きな、純粋な少年の瞳をしている。 それはどこか、充分楽しんだ後の恍惚に満ちていた。

 俺は何故か、とても軽い気持ちで言葉を送っていた。

「俺は神なんかじゃないよ。 君もすごい音を出すね。 もしかして【ウラノスガイア】を?」

 その途端、タクヤは目を輝かせて頷いた。

「僕、ナオキさんのベースを聞いて、音楽始めたんです!」

「やっぱりそうか。 どうりで……似ていると思った」

「ホントですか? すげー嬉しいです! そんな風に言われたことなかったから!」

 タクヤはこれ以上無い笑顔で嬉しさを表していた。 今まで必死に、憧れの音に近付ける努力をしてきたんだろう。 ウラノスガイアの音源なんて、今はもうどこにも出回っていないはずだ。 その音を追いかけ続けるなんて、生半可な努力では無かっただろう。

「ここでライブやれて、本当に良かったです!」

 タクヤの言葉に、俺も素直な気持ちを出した。

「俺も、久しぶりに鳥肌立ったよ。 ありがとう!」

 俺たちはどちらからともなく手を出し、握手をした。 その熱い手の平から、音楽に対する情熱が伝わってくるようだった。 タクヤは本当に音楽が好きなんだ。

 

 それからすぐにタクヤとは、わだかまりもなく話せた。 彼は屈託の無い笑顔で、人懐っこい瞳を輝かせて話す。 まっすぐに音楽と向かい合っている姿勢が、言葉のそこかしこで表れている。 城沢のことで凝り固まっていた自分が、小さく情けなく感じた。

 そうして話していると、タクヤは少し離れたところにマスターと一緒に立っている城沢に気付いた。

「本当に今日は、ありがとうございました!」

と元気良く挨拶をすると、城沢の方へ駈けていった。

 二人が話す様子を見ながら、俺はもう城沢のことはあきらめられる気がした。 たいしたことの無い奴だったなら、俺がとことんまで潰してやるつもりだったが、アイツには、悔しいが実力がある。 人を引き込む魅力もある。 そんなアイツに城沢が寄り添うのは、ごく自然な事だったのだと納得させられた。

 もともと俺は、音楽の裏側に回ることを選んだ男だ。 表舞台に立つ魅力には、到底適わない。

「いいの、これで?」

 マスターが近づいてきて言った。俺は頷いた。そして、笑いが込み上げてきた。

「完敗だよ」

 すると彼は何も言わず、俺の肩をひとつ叩くと、ステージを片付けに行った。

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