DON'T BOTHER ME……Vol.1
三日三晩、飯もろくに取らずにゴロゴロしていた俺は、四日目の昼過ぎにやっと、無理矢理だが起き上がることが出来た。
今日は長谷川さんの授業がある。 さすがにプライベートなことで授業を飛ばすわけにはいかない。 はたから見れば遊んでいるように見えるかもしれないが、俺にとってはれっきとした仕事だからな。 まだ重い体と心を引きずりながら、のろのろとセブンスヘブンへと向かった。
「先生、大丈夫ですか?」
案の定、長谷川さんが言った。 しばらく食べられなかったこともあって頬はこけていたし、涙袋も倍に膨れ上がっていた。 おまけにセブンスヘブンの薄暗い照明の下では、うらめしや~効果が倍増だ。
「すみません、大丈夫です。 ここ数日、ちょっと風邪をひいてまして」
と適当にごまかして、なんとか一時間の授業を終えた。
「お大事に」
と一言残してくれた長谷川さんが帰ったあと、大きなため息と共にのそのそと片付けをしていると、部屋の空気が動き、再び店の扉が開く気配がした。
カランカランカラン……
姿を現したのはマスターだった。
相変わらず時間通りに出勤し、飄々とした歩みで中に入り、何気なく俺の顔を見た途端にその顔は驚愕に変わり、二度見までした。
「……どうしたの、それ……」
「あー……」
俺が訳を言うまでもなく、一瞬で全て分かったように、マスターは苦笑してため息をついた。
「ダメージ大きかったんだねえ……」
『そんな不憫な顔で見るな。 余計に惨めになるだろ……』
俺は、いつもより重く感じる自分の荷物を肩に担いで、早々に帰ろうとした。 するとマスターが俺を呼び止めた。
「……何?」
返事をするのもつらかったが振り返ってやると、マスターはカウンターに寄り掛かるように立ってこっちを見ていた。 どこか真剣な眼差しに、俺はマスターに体を向けた。
「影くん。 それならさ、音楽で勝ってみたら?」
「音楽で?」
少し口角を上げ、マスターは頷いた。
「オッカの彼氏さん、ここいらのインディーズバンドの中ではちょっと有名らしいんだ。 聞いたことないかな?【クロノス】って」
「クロノス! 小さなライブハウスならソロで札止めにするっていう、あのクロノスか?」
マスターは人差し指を立てて
「ご名答!」
と微笑んだ。
「さすが、伊達に音楽に携わってるわけじゃないみたいだね。 それじゃ、話が早い。 そのベーシスト拓也君と、音楽で戦ってみたらどうかな、と思って。 どうせその細腕じゃあ、殴っても自分が痛いだけだろうしね」
「一言余計だ!」
思わずムカッと来た。 だが同時に、俺の中で何かが弾けた。
「その勝負、受けましょう! 音楽でなら、負けないからな!」
マスターは、満足そうに笑った。
それから俺は、音響についての勉強を改めて始めた。 もともとスタッフとしてやる前から知識はあったし、セブンスヘブンの音響機材は、そこいらの安い箱とは違う。
だがアイツをぎゃふんを言わせるには、きっと並大抵の努力では足りないと思った。 俺は、城沢を取られたお返しとして、音楽をなめたら怖いことを分からせてやろうと思ったんだ。
『アイツ……絶対ゆるさねえ……!』
クロノスのライブの日。 俺はいつもより早くセブンスヘブンに入った。
すると、俺と同着でアイツも着きやがった。 メンバーも一緒だ。 時間より早めに会場入りなんて、なかなか礼儀が分かってるじゃないか。
クロノスのメンバーは四人。 ボーカルのナツユキ、ギターのマサト、ドラムのユウジ、そしてベースのタクヤ……にっくき城沢の彼氏だ。
クロノスのメンバーは、新人らしく少し緊張した面持ちで、俺たちスタッフに挨拶をした。 何事も礼儀からだ。 ライブハウスを荒らし回っている奴らにしては、まずまずの礼儀の良さ。 誰に教えられたのか知らないが、基本がしっかりしている。 が……タクヤは、他のスタッフには率先して話し掛けていたにも関わらず、俺にだけは視線さえも合わさずにいた。
『お前がそう来るなら、俺だって迎え撃ってやるぜ!』
俺は、沸々と沸きあがる炎を胸の中に秘めながら、黙々と音響卓の調整をした。 アイツとの対決準備は万端だ。 いつでも来たらいい。
数十分後、リハーサルが始まった。 今日はクロノスを含めて三バンドの対バン方式だ。
インディーズバンドが一番やりたいことは、ライブだ。 だが、路上でやるにも、そう簡単に出来るもんじゃない。 許可を得て、それなりの手続きをしなくてはならない。 一方ライブハウスだと音響機材もそろっているし、照明も当ててもらえて、それなりに形にはなる。 自分たちも気持ち良くなれる。 そこでチラシやビラを撒けば、もっと客やファンも増える可能性がある。 一石二鳥というわけだ。 だから彼らは、ライブハウスに集うのだ。
だがその資金が無い。
そこで、いくつかのバンドが集まって資金繰りをするのだ。 それなら、個人の負担は少なくなるし、あわよくば、他のバンドを目当てに来た客を奪うことだって出来る。 今日の彼らもそんな理由だろう。 まだ十代後半か二十代前半。 親のすねをかじって生活している奴もいるだろう。 それでも夢のために必死で高みのステージを目指すのだ。
ちなみに、ここセブンスヘブンの場所代は高い。 実際、俺でもひく。 それでもマスターなりに安くしているのだとは言っていたが。 音楽教室で借りるにも、俺たち講師もそれなりに支払っている。
だからこそ、インディーズの中では、いつからか【ライブハウスの聖地】とまで言われるようになっているらしい。 そのスタッフの一人、この俺に立ち向かおうとするなんて、命知らずもいい所だ。
リハーサルは滞りなく終えるはずだった。 アマチュアの奴らに、豪華な演出は必要ない。 だいたい、自分の音がどんな音をしているかも知らないはずだ。 それを覆い隠すのはある意味勿体ないし、若い芽は摘んでやろうと思うほど天邪鬼でもない。 ただ俺は、そのバンドに合った音楽になるように、少しだけ手を加えてやるだけだ。 ま、俺のセンスだな。 そんな軽いノリで前の二バンドのリハーサルを終え、次はクロノスの番になった。
衣装は来たときと同じだ。 ラフな格好でそれぞれに楽器を構える。 少し固い顔をしてはいるが、ボーカルのナツユキがなんとか場を盛り上げようと元気な声を張り上げている。
アンプにそれぞれの楽器を繋げ、ピッチを合わせた。
「お願いします!」
ボーカルのナツユキの声を合図に、ドラムの第一打が響いた。
数秒後。
「な!」
俺は思わず腰を浮かせた。
「な、なんだ、この音は……?」
思わず呟いた俺に、隣の立木兄が呟いた。
「なかなかやりますねえ?」
久しぶりに腕が鳴るぜと、彼の瞳が光った。
「これが、クロノスか……?」
俺はこの瞬間、懐かしい感覚に陥った。
そう、あれは……八年前のことだ……
俺はその日、組んでいたバンドに決別をして一人になっていた。
そんなことはもう珍しくも無かったので、特別気持ちが落ち込んでいたわけでもなく、久しぶりに暇になった長い夜の時間でもつぶそうかと、フラリと入ったライブハウスで、俺は出会った。
衝撃の音に!
「な……なんだこの音は?」
俺は、今まさにステージ上で観客を狂乱させているバンドに魅入った。 容姿こそどこにでもいるような、「僕らはビジュアル系です」といった感じだ。 男の俺にはあまり好かない格好をしている。 要するに【イロモノ】ってやつだ。
俺はバンドに所属していたものの、あんなど派手なメイクや服なんて着ない。 一度進められたが、絶対嫌だと言って抜けたこともある。 それに、ガシガシかき鳴らすだけの勢いだけで突き通すスタイルが、俺には理解できなかったのだ。
愛すべきビートルズはそうではなかった。 ロックバンドと銘打ってはいたが、心に突き刺さるメロディやその独特の言い回し、覚えやすいフレーズの割りにくどくない曲調は、ビジュアル系のそれとは全く違うのだ。
だが、目の前で繰り出されている、一見チャラチャラした風貌のバンドが奏でだすものは、俺のそれまでの思い込みをことごとくぶち壊した。
問題はその音だった。
奏でるメロディが、とろけるように心に染み入ってくる。 流れるようなギターの音を支えるドラムとベースの揺りかご。 そしてその曲に刺々しく挑発するボーカル。
「一体これは……?」
もう何年も音楽に携わってきたが、こんなに胸が高鳴るような音楽には初めて出会った。 四人のメンバーの奏でる音が、見事に新しい音楽を創りだしていた。
「……すごい……」
俺はすぐにライブハウスのスタッフに尋ね、今ステージに立っているバンドが【ウラノスガイア】という名前だと知った。
メンバーは二人。
だからバンドというより、ユニットと表したほうが良いか。 ボーカルのカイト、ベースのナオキ。 しかしながら、サポートのドラムとギターも、本メンバーであるかのように見事に素晴らしいハーモニーを創りだしている。
俺は痛く感動し、彼らにコンタクトを取ることに成功した。
彼らは音楽に貪欲で、自分の理想に近づくためには努力を惜しまなかった。 特にボーカルのカイトはその信念が強く、常に将来を見据えていた。
それを見守るようにナオキがいた。 ナオキは寡黙だったが、音楽の知識は相当持っていたし、話すたびにその可能性が光り輝いていることを俺に知らしめた。




