表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋はビートルズの旋律に乗せて  作者: 天猫紅楼
14/29

MISERY

 しばらく経って、マスターから連絡があり、セブンスヘブンのライブが入ったと伝えられた。

 セブンスでライブをやるのも久しぶりだ。 俺たちスタッフも営業をしたり店にチラシを置かせてもらっているが、不景気もあってなかなかライブの依頼が来ないとぼやいていた矢先だったので、少しほっとした。

 ま、原因のひとつに、借り賃が高いというのもあるのだが……これはマスターのさじ加減なので、どうしようもない。 あれだけ高級で性能もバツグンな音響機器を使っていることもあって、他の同じようなキャパのライブハウスと比べると、数倍の請求をする。 その価値を知っている俺たちなら何も言わないが、きっと素人のバンドマンたちからは、ひんしゅくを買っているに違いない。

 今回はもうひとつ、意外なことも伝えられた。

「今回のバンド依頼、オッカが持ってきたんですよ」

「へえ~城沢が? アイツ結構やるじゃん!」

 俺は嬉しくなった。 マスターは他にも何か言いたそうな感じをみせたが、うやむやにすると

「またオッカと会えますね!」

 とからかいがちに笑うので、俺は

「授業で会ってるよ!」

とぶっきらぼうに言い返してやった。 それ以上の進展は未だにない。 城沢は明るく話し掛けてくれるのだが、俺のほうが怖気づいて会話が続かない。 もう一年以上も経つのに、どうしてもあと一歩が踏み出せない。

 これで城沢が「音楽教室を辞める」なんて言い出したら、きっと卒倒する。 そして城沢の姿を見られるのは、セブンスヘブンのライブの時だけになるなんて。 そんなことを考えたら、何故か心が重くなった。 早く自分の気持ちを伝えなくては……。 そして逸る気持ちと焦る気持ちが入り交じり、結局何も出来ないまま過ぎていくのだ。

 

 

 その城沢の授業では、エレキギターを持ってくるようになった。

 アコギと違って、エレキはアンプにつなげないと音が聞こえない。 アンプに繋いだ途端、電気変換された音が、会場一杯に響き渡る。 その快感は、ロック好きなギタリストなら誰でも陶酔する。

 欲を言えば【エフェクター】という、音を色々な音に変換出来る装置も付けたり、ギターのボディに付いている【ピックアップ】という音を拾って変換する部品を吟味したりするのだが、今は素の音で練習を続けることにした。

 新しい機材を手に入れたら持ってきてもらって、俺が説明してやることにした。 そうしないと、あれもこれもじゃあ頭が煮詰まってしまうからだ。 エレキに関しては、自分の好きなものを好きに揃えればいい。 その手伝いを俺がする。

 

 茶色の素朴なアコギを構える城沢も味があったが、赤いボディーのエレキを構える姿も、これはこれで様になっている。 きっと色が合っているんだな。 小柄な城沢だが、そこらへんはどれだけでもフォローできる。 これから、エレキの演奏方法もどんどん吸収していくんだろうな。

 城沢は、初めて挑戦するチョーキングやタッピングなど、アコギの時には習うことの無かった演奏方法に苦戦しながらも、終始楽しそうに弦を弾いていた。

 

 

 

 数日経って、大した事件も無くのんびり過ごした一日も終わり、俺は穏やかな気持ちで眠りに入っていた。

 どれくらい深い眠りに入っていたのか、凄く遠い世界でケータイが鳴り響いているのをぼんやりと聞いていた。 そしてそれが現実だと知り、重い体を伸ばしてその画面を見た途端、俺の心臓がドクンと波打った。

 

「……もしもし」

 

 かすれた声で応対すると、向こう側からは城沢の声が聞こえてきた。 時計を見ると、午前一時を回っていた。

「ご、ごめんなさい、先生! こんな時間に!」

 城沢は何故か焦った声をしていた。 何かあったのだろうか? 深い息を吐きながら、俺はまだだるさの残る体を奮い起こして布団の上にあぐらをかくと、髪の毛を無造作にかき上げた。 だいぶ伸びた髪に指が引っかかった。 それをうっとうしく思いながら指を引き抜きながら、城沢に言った。

「……大丈夫。 ……何かあったのか?」

 すると、城沢は少し間を置いて、珍しく重苦しい声で言った。

「先生、あたしは、誰になりたいんだろう? 一体誰に憧れて、ギターを弾いているのか、分からなくなっちゃって……」

『やっぱり何かあったのか?』

 俺は眠くだるい頭で考えた。

 城沢は今まで色々なことにチャレンジしてきた。 発表会もしたし、一人だけで、友達や知らない人たちの前で披露もした。 作曲も出来るようになったし、今度はエレキギターの世界を知り始めようとしている。 もう今更、人のコピーをする必要なんてないと思った。

「そのままで、いいんじゃない?」

「え?」

「城沢は、城沢でいいんじゃない?ってこと。 自分で作曲まで出来るようになったんだから、すでに一人のアーティストになってるんだ。 今更誰かの真似をする必要はないと思うよ」

「そうかぁ……」

 城沢は頷くように返事をすると、ごめんなさい、ありがとう、と言い残して電話を切った。

 俺はほんのり耳に残る城沢の悩んだ声に浸っていた。 城沢、もっと自信を持って良いんだと、そう言ってやりたかった。 なんでも話を聞いて、悩みを分かち合いたい。 俺は、このもどかしい距離に胸を痛めていた。

 俺は、城沢のことを、何も知らない。

 

 

 

 次のギター教室では、城沢はアコギを持ってきた。 一つの事に固執しないところは、とても良い心がけだ。 さすが俺が見込んだことはある。

 城沢は新曲の三曲を聞かせてくれた。 そして、俺の言葉をじっと待つ視線を感じながら

「アコギ一本で聞かせるのは難しい。 だけど、それが伝わったとき、大きな力が生まれる。 次に繋がる希望や、勇気、それに、もっとやりたいことが出来るかも知れない。 俺たちが音楽をやめられないのは、そんな嬉しいことがたくさんあるからなんだ」

と語った。 音香は小さく頷いて何かを考える仕草をした。

「あたしにも出来るかな?」

「?」

「ステージに立ったら、皆に認めてもらえるかな?」

 俺は嬉しくなって、自然な微笑みを浮かべた。 そしてからかうように言った。

「それは、城沢次第だな」

「えっ! ……」

 城沢は途端に口を尖らせた。

 こんな他愛も無い時間が楽しい。

 そう、心から思った。

 

 その授業の終わりがけに、自分の荷物を片付けている城沢に、俺は極めて明るく話し掛けた。

「来週入ったライブ、城沢が持ってきたんだって? 城沢もやれば出来るじゃん!」

「? え、まぁ……」

「自分の稼ぎにもなるんだし、これからも色々声かけてみてよ?」

 すると城沢は少し戸惑った顔をして

「はぁ……」

 と生返事を返した。

『どうしたんだろう?』

 少し引っかかったが、すぐに微笑んだ城沢の笑顔で、帳消しになった。

「ありがとうございました!」

と店を出ていく城沢を見送り、自分の荷物や椅子とテーブルを片付けたあと、俺も店を出ることにした。 時間的に、マスターが来るのはまだ少し先のことだ。 特にマスターに用があるわけでもないし、帰ることにしようと、店の重い扉を押し開けて外に出た。

「?」

 ふと気配を感じて左の方を見ると、そこには城沢がいた。 その横に、城沢より少し高いくらいの背丈をした、細身の若い男が立っていた。

 男は俺の顔を見るなり、勢いよく駆け寄ってきた。

「あのっ、俺、来週ここでライブさせていただく『クロノス』の古瀬拓也です! よろしくお願いします!」

 パーカーのフードが立ち上がるほど激しくお辞儀をし、笑顔を見せた。 二重のぱっちりした瞳、形の整った眉、大きな口、人懐っこそうな顔をしている。 今どきの若者だ。 俺は視界の隅に城沢を確認した。 どこか心配そうにこっちを見ている。

 

 ピンときた。

 

「がんばって」

 俺はそれだけ言って、車に向かった。 すぐにエンジンをかけてすぐに走りだすと、わざと二人の前を通り過ぎていった。 去りぎわ、再びその男の顔を見た。 向こうも黙って俺を見ていた。

『そうか、アイツ……城沢の彼氏か!』

 俺は思い切りアクセルを踏んだ。 一刻も早くその場を去りたかった。

 遅かった……。

 グズグズしているからほら、他の男に取られた!

 俺は家にも帰りたくなくて、明け方までずっと車を走らせた。 行き先なんてどうでもよかった。 とにかく止まりたくなかった。 立ち止まったら、自分を無くしそうで怖かった。 自分の腑甲斐なさを、痛いほど悔やんだ。

 

 翌日。

「酒をくれ!」

 そう言いながらカウンターに座る俺を、マスターは驚いた眼差しで見つめていた。 すぐに理由に察しが着いたように、小さくため息をついた。

「早く!」

と急かす俺に、マスターは素直に

「はい、かしこまりました」

と返事をし、なにやら作り始めた。

「この間のような小細工はやめろよ?」

 釘を刺してやると、マスターはいつもの笑顔を返した。 何を考えているのか分からない笑顔だ。

 しばらくしてシェーカーの音が店内に響き、ショートグラスに注がれたのは、澄んだ青色の液体だった。

「正真正銘の酒でございます」

 これ見よがしに言うマスター。 俺はそれを手に取ると、一気に喉へと流し込んだ。 熱い感触が食道から胃へと流れ落ちた。

「カーッ!」

 と酒臭い息を吐く俺に、マスターが

「カクテルって、そうやって飲むのとは違うんですけどね」

と苦笑いしたが、俺にはそんなことは関係なかった。 とにかく忘れたかった。昨日あったことも、城沢への気持ちも……。 俺は空になったグラスをグイッと押して

「おかわり!」

と吐き捨てるように言った。 すでに身体中が火照って、頭がボーッとしている。 下戸の体って、こんなにヤワなのか。 俺は自分のこんな体にさえ、イラついた。

 心配そうに見るマスターの眼差しが、白くぼやけた視界の中で揺れていた。

 

 

 天井が回る……。

 まばたきをしただけで、吐き気が襲う。 指一本も動けないままで、俺は部屋のなかに寝転んでいた。 昨夜もまた、マスターがタクシーを呼んで帰してくれたようだ。 彼には何かにつけ、心配と迷惑をかけているな。 だけどマスターはいつも微笑み、軽く乗りつつも穏やかに気持ちを落ち着かせてくれる。 マスターのように大人になりたい……。 そりゃ、城沢もマスターを好きになるはずだぜ。

 

『……城沢音香……』

 

 涙が溢れてきた。 なんにもしてないくせに、悔しがるのは反則だ。

 分かってる……分かってるけど……

 俺は弱いな……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ