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夏の花火とおばあちゃん

作者: 一河善知鳥

 匂いが好きだ。たくさん吸うと咽るけど。

 それからやっぱり綺麗で好きだ。夜闇に星みたいに光るそれ。

 なんのことかというと、花火の話。

 わたしは小学生の四年生の頃まで毎年、夏といえばおばあちゃん家だった。学校が終わって七月は宿題をやって過ごし、八月の一日、あるいは三十一日の夜に新幹線に乗って長野にいるおばあちゃんの家に行く。

 そんなときに必ずおばあちゃんが買っておいてくれたのが大きな大きな花火のセット。ぶわっと本当の花みたいに咲くやつや、ぱちぱちひかえめなやつ。たくさんの花火がたくさん入ったそれをわたしはいつだってたった一日で遊びきってしまう。

 おばあちゃんは数本、わたしの花火を眺めた後にろうそくを乗せたお皿を取って、「今日はもうおしまいにしなきゃだよ」と言うけれど、わたしはそれをちっとも聞かないで、ありったけの花火をやった。やがて一人でそれをするのに飽きるともう腰がだいぶ曲がってきたおばあちゃんに無理をさせて一緒に相手をしてもらって、だけどおばあちゃんに無理はさせられないと幼心にわかっていたので、何本か付き合ってもらうと、おばあちゃんの代わりに家事をするお母さんに頼んで近所に住む高校生のなごみちゃんに来てもらった。なごみちゃんはおばあちゃんの家から自転車で五、六分のところにある農家に住んでいて、いつだって笑顔の憧れの人だった。

「おじゃましまーす」

 その声がするとわたしはやったと思って玄関までばたばたとお出迎えに行った。なごみちゃんはいつも右手にスーパーの袋を持って、そこにはまん丸のスイカが入っている。

「これ、うちのなんですけど、どーぞ」

 お母さんにスイカを渡すとなごみちゃんはわたしの手を取っておばあちゃんのいる縁側へ連れて行ってくれる。

「さ、始めよーか!」

 高校生のなごみちゃんは二つある大きいつっかけ―大人用―のを穿いてわたしは小さいのを穿く。

「危ないから、気をつけるんだよ」

 おばあちゃんにも言われたけどわたしはうん、と首を振って、花火の続きをした。

「綺麗だね!」

 いつの間にかお母さんも家事を終えて、なごみちゃん家のスイカを持って庭にやってきて、それを食べたら最後にはおばあちゃんも入れてみんなで線香花火をする。

 寂し気なその香りに、光にわたしはうっとりして来てよかったなと思うのだった。

「また来年も花火、できるといいねぇ」

 四年生の夏休みの三十日。駅でおばあちゃんがそう言って、前の年と同じようにそこで泣いた。見送りに来てくれたなごみちゃんはそのとき必ずわたしを抱きしめてくれるのだけど、涙は止まらなかった。

 ちょっと変だなと思ったのはなごみちゃんの腕が強すぎるほどにわたしを抱いたこと、そして、おばあちゃんが、「できるといいねぇ」と言ったことだ。いつもなら「しようねぇ」なのに、「できるといいねぇ」になっている。わたしはやけにその部分を強く覚えていて、後から考えると本能で死期を悟ったのかもしれない。

 その年の冬、おばあちゃんは眠った。お母さんが大事な用があって、一日長野に行くと言って家を空けた翌日のことだった。涙でかれた声は聞き取りにくくて、実際に死んだことをはっきりと聞いたのは家まで迎えに来てくれたなごみちゃんからだった。

「おばあちゃんね、眠っちゃったみたい。もうずっと起きないんだって」

 そのとき初めてなごみちゃんが恐ろしく大人に見えて、怖かった。わたしはどこへ連れて行かれるの? なごみちゃんは一緒だよね?

 だけどなごみちゃんの涙を見た瞬間にやっぱりわたしと同じなんだと少しだけ安心できた。

「ねぇ、花火さぁ…」

 長野へ向かう新幹線の中で、わたしは高速で移る景色をぼうっと見ながらつぶやく。

「また来年もやろーね、今度はわたしがそっちに行っちゃおうかな」

 なごみちゃんは笑った。本当はそんな状況じゃないのに、笑ってくれた。

 そして、夏になると約束どおりになごみちゃんはわたしの家に来てくれた。大きな大きな花火のセット持って。

 ああ、綺麗。いい香り。ちょっと咽喉が痛いけど、それでも花火が好きである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 良かったです。朝帰りの仕事から帰ってきて、夏の匂いを嗅ぎました。
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