昔に戻って殺し合い
「貴様らは今日! 偉大なる帝国の繁栄の礎となるのだ! 光栄に思え!」
指揮官のダライアスが声高に叫ぶ。
……クソっ。
助けるんじゃなかった。
うっかり女児を助けたばっかりに、あたしまで除去隊の仲間入りだ。
「これを無事に帰って来られれば、家族全員がソクサローグ地区に移れるって話、マジかな?」
「そしたら、俺たちもいよいよ名誉ソクサローグ人になれるんだな」
付近でなされるひそひそ話があたしの耳にまで届いていた。
……どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。こんなのを無事に戻って来られるわけがない。
目の前に広がるは地雷原。
人を探査して発動する魔術地雷は、撤去することが難しい。そこで帝国が考えた手法は、まさに悪魔的だった。帝国にとって都合の悪い人間を使って、地雷原の上を歩かせるというものだ。
ソクサローグ人に向かって石を投げつけた女の子。あいつさえ助けなければ、あたしは今でも誇り高きドエ人だったのに。まさかあれが、踏み絵のための猿芝居だったなんて、全く気がつかなかった。
今じゃあたしも帝国に与するクソ野郎どもと大差ない。
負け犬精神が、腹の底にまで染みついちまっている。
男たちは自信を失い、女は他国の男に媚を売る始末だ。
人間の尊厳を丸ごと奪われていてなお、それでもこいつらは戦おうとしない。
「進めぇええええーーーー!!!!」
ダライアスの号令で歩兵たちが歩きだす。
向かう先は、もちろん地雷原。
後ろから押されるようにして、どんどんと前に飛び出していく。
ドガン、ドカン!
四方から響く爆発音。
地面に埋められていた魔術地雷が作動したのだ。
「うあぁああああ!!!!」
自棄になって叫んだのは、はたしてあたしだったのだろうか。
ふと気がつくと、あたしの体が宙を舞っていた。
どうやら、誰かが踏み抜いた地雷の爆発に巻きこまれたらしい。
叩きつけられるようにして、地上に落下する。
「ぐっ!」
肺の空気が残らず、体の外に出てしまったかのようだ。
息が苦しい。
呼吸ができない。
なんだか体中がやたらと熱い気がする。
眠い。
目を閉じてもいいだろうか。
「――ベラ。……ベラ、起きろ。ベラ!」
何度もくり返される呼びかけに、やっとの思いで目を開ける
「お前……どうしてここに」
そこにいたのはオーウェンだ。
幼少期しか一緒に過ごしていないが、その顔はまるで変っていない。
あたしと違って、一本気なこいつは政治犯になんぞならないはずだが、いったい何があったというのか。
「軍にベラが連れて行かれたと聞い……いや、自分にできることをしようと思ってな。志願兵になった。そうして今しがた、俺も地雷を踏み抜いたところだ」
そう話す割には、ぴんぴんとしている。
殺戮用の魔術を受けても無傷とは、ふざけた体の造りをしている。
「……。インチキな体だな」
「いや、こう見えてもいくらか怪我をしたぞ」
体の調子はすこぶる悪いが、オーウェンのおかげで頭の明晰さが戻って来た。
「状況はどうなっている?」
「悲惨だな。目に見えて劣勢だ」
除去隊は地雷を排除するための捨て駒だ。
最初からソクサローグは、ドエ人を使い捨てるつもりでいる。オーウェンの手を借りて、どうにかあたしは立ち上がった。
見渡す限り、死体の山。
運よく生き残った者も、その大部分が手足を失い、大地の上で身もだえていた。
たまたま目についたところには、先ほど「無事に帰って――」と話していた男の死体がある。
部隊の統率なんぞ、原形もなかった。
そこではたと、あたしの頭にアイデアが浮かぶ。
「……」
今ならば、反旗を翻したとしても、止める者もいないのではないのか。
もはや時間はない。
「オーウェン、手を貸せ!」
「何をするつもりだ?」
「決まっているだろう! このごたつきに乗じて、馬鹿げた指揮を執る売国奴に天誅を下す。ダライアスはドエの人間だぞ!」
あたしの発言に、明らかにオーウェンは動揺していた。
だが、やがてはあたしに賛同を示す。
「……わかった。お前に従う」
「感謝するぞ」
……そういや、どうしてこいつは倒れているのが、あたしだと気がついたんだろう。
あたしはともかく、オーウェンの頭はお世辞にもいいとは言えない。あたしのことなんか、覚えちゃいないだろうに。
まあいい、どうでも。
あたしは痛む体に鞭を打って、前哨基地に戻った。
モルタルで作られた四角い箱が複数見える。
警備の数こそ手薄だが、施錠されていて中には入れない。
「どうする? ここまで来たはいいが、どこからも侵入できないぞ」
「焦るな」
あたしは魔法を使って鍵を無力化した。
「魔法が使えるのか! それはソクサローグの人間にか許されていないんじゃ?」
「馬鹿か、お前。あたしがそんな決まりを、大人しく守っているわけがないだろう? それに、禁を破るのがあたしの専門だ」
こんな惨めなことが許されていいわけがないのだ。
敵国にしっぽを振るなんて、恥辱の極みにほかならない。
祖国の汚名はあたしがすすいでやる。
「オーウェン。あたしとお前が100年前に生まれていたら、ドエが敗戦国になるなんてことは決してなかった」
「どうしたんだ、急に」
「な~に、ここまでつきあってくれたことへの礼だよ。行こう。ダライアスはすぐそこだ」
上官の部屋に入ると同時に、あたしはダライアスの首を刎ねた。
いつも殺そうと思っていた相手だ。
自分でも驚くほどスマートに、息の根を止めることができた。
「よし、逃げるぞ。魔法で鍵を開けられるのは、ソクサローグの人間だけだ。あたしたちは疑われない」
部屋から出ようとするが、そこにダライアスの部下が駆けつけて来る。
……しまった!
侵入したところを見られていたのか。
気がついたときには手遅れだった。
「陥炸ノ弾!」
散弾の魔法が展開され、そのうちの1発があたしの首を貫いた。
「ベラァアアアアーーーー!!!!」
オーウェンが両手を広げてあたしを庇ってくれる。
身を挺した盾のつもりなのだろうが、いささか遅すぎた。
「逃げろ、ベラ! 俺はお前が――」
オーウェンが最後に何を伝えようとしていたのか、結局、あたしは最後まで聞けなかった。
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「進めぇええええーーーー!!!!」
怒声に似た咆哮で我に返る。
目の前に広がっていたのは、戦場にほかならない。
先ほどまでと似たものだが、決定的に違う部分がある。
旗の色だ。
手前の軍勢が手にしているのは茶色。今は失われたドエの国の色だったのだ。
「これは……なんだ。俺は夢でも見ているのか?」
あまりにも自分とそっくりな感想をつぶやくを声を聞いて、思わずあたしは隣に視線を向けていた。
「我らがドエの地を、一歩たりとも蛮族に踏ませるな! ゆけ、行けぇええええーーーー!!!!」
全く身に覚えのない顔だが、確かにこの声はあいつのものに違いない。先ほどまで一緒にいたのだ、聞き間違うはずがなかった。
「まさか……オーウェンなのか?」
「……? ベラ?」
身につけた軍服には血がべっとりとこびりついていたのだが、あたしの体はいたって無事だ。あたしのものではないらしい。
首元の涼しさに、思わず手をやれば、そこにあるはずの髪の毛がなかった。
訝しんで前髪を掴んでみれば、色が異なる。白色……。
あたしの髪は黒のはずだ。
おまけに、心なしか胸も以前より膨らんでいる。余計に邪魔くさい。
「……どうなっているんだ? ベラ……なんだよな?」
「ああ。そこは間違いないみたいだ」
呆けた顔のオーウェンがあたしを見つめる。いや、腕章を見る限りでは、オーウェンではなくビザレッタか。
あたしの名前は……ナミア。ナミア=ドウルボーク。
ドウルボーク?
この名前には覚えがある。
おかげで、ここがどこなのかを決定できた。
「第一次帑仄戦争……。今はその真っただ中だ」
「第一次って、あの歴史的大敗のか!?」
あたしの発言に、元オーウェンが仰天していた。
「なんだ? お前でもそのくらいは知っていたのか」
「ああ、さすがにな」
「そうだ。これからあたしたちは負けに負けて、遠くない未来には『これに負けたからこそ偉大なる帝国の属国になれたのだ』と進んで叫ぶようになる……。馬鹿すぎだ。敗戦国の末路にしたって出来が悪い。どういう理屈かは知らんが、あたしたちは過去に戻った。それも別人――いや、ドウルボーク家はこの戦いで死んでいるはずだな。なるほど。本来、あたしたちは死人なのか」
「もっとわかりやすく説明してくれ!」
「一言で言えば、別人として過去に戻った。ベラもオーウェンも、たぶん未来じゃ死んでいるから気にするな。こういう具合だろうよ」
あたしの説明にオーウェンが黙ってしまう。
「……」
「さすがに、ショックか?」
「いや……。ただ、俺はこれからどうすればいいのかが全くわからん」
「さっきと同じだ。あたしに手を貸せ。沈みゆく船ならば、昇級のスピードも段違いだ。すぐにあたしは指揮官になってやる。戦勝国のおごりから、ソクサローグの歴史は何度も教えられているからな」
「……まさか、ソクサローグを撃退するつもりか?」
「それだけじゃないさ。覚えているか、あたしたちを殺したやつの軍服を?」
「ああ、もちろん」
「どっちの国の人間だった?」
「……? そりゃ、ドエだろう?」
いったい何を聞いているんだと言いたげに、オーウェンはあたしを不審がった。
「ああ、そうだな。あたしはともかく、ドエの国の人間がどうして魔法を使えるんだろうな? それも軍に所属している人間だぞ?」
「……!」
ようやく、その異常さを理解したらしい。オーウェンが口元に手をやっていた。
「ずっと引っかかっていたんだ。どうして、勇猛果敢で知られるドエの祖先たちが、あんなにも簡単に帝国に敗れてしまったのかを。そりゃ、帝国は強大だ。でも、たった1度の戦いで決着がつくほどじゃない。裏を返せば、第一次帑仄戦争は、投入されたソクサローグの兵士が少なすぎるんだ。でも、負けた。世界でも稀にみる大敗北だ」
「何が言いたい……」
「ようやく合点がいったぜ、ビザレッタ。これは、最初から仕組まれていたんだ」
「仕組むって、誰が?」
「いるだろう? 1人だけ。いきなりの統治は無理だとかなんだとか理由をつけて、ドエの人間でありながら、帝国からその自治を委ねられている人物が」
「ライタグム家!」
あたしは砲火の飛び交う戦場を見渡した。
自信なんぞという貧弱な言葉ではない。
確信だ。
「ああ。どうやら殺さなきゃいけねえやつが増えちまったな。この戦争は、ライタグムの野郎が招いた外患だったってオチだ。売国奴が……必ず殺してやる。手を貸せ、ビザレッタ。あたしが、敗戦の歴史を塗り替えてやるよ」
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




