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祝いの会での出来事《4》

向こうから来る風真(ふうま)が平静を装っているのが、颯馬(そうま)には分かった。

だがそんなのはお構いなしだ。


「お前ーー何故ここに来た!?」


風真の前で立ち止まり、颯馬が怒鳴ると、風真が動揺した様子を見せる。

「それは、(たつみ)さんにーー」

「ここに来れば、お前や茉莉(まつり)が場違いだということは分かってたはずだ。……大方、お前が喜んだんだろ。茉莉が呼ばれたことを」

図星だったのだろう、風真がかっとムキになる。

「茉莉が初めてこういう場に呼ばれたんだよ。巽さんが茉莉のことに無関心じゃないって、よかったって、そう思ったっていいだろ!」

「その考えが甘いんだ。お前がそんなだからあいつはーー」

颯馬は茉莉が矢島(やしま)に襲われたことを言おうとして、思いとどまった。


言わない方がいい。ややこしくなる。

あの時と似たような状況に、茉莉は恐らくーー


「大事な京華(きょうか)の傍にいなくていいの? 兄さん」


口を(つぐ)んだ颯馬に対して、風真が嫌味を言ってきた。

「お前こそ、なぜ茉莉の傍にいない?」

「なぜって……」

風真は今自分の相手をしている場合じゃない。風真を早く茉莉のもとへと向かわせたくて、颯馬は風真の横を通り過ぎようとした。


「待ってよ!」


颯馬の気も知らずに風真が呼び止める。

「兄さんの態度が茉莉を傷付けた。分かってるくせに。茉莉のことが、大切じゃないの?」

颯馬はため息をついた。

「お前、もっとうまく立ち回れ。大体、茉莉は本当に来たがっていたのか?」 

言って、颯馬は風真を冷たい目で見る。

「少なくともお前は反対するべきだった。それとも自信があったのか? 自分なら茉莉を守れるって」

静かだが厳しい颯馬の物言いに、風真は動揺したようだ。

「……昔と違って今は…兄さんよりも僕の方が、茉莉を守れる」

風真がやっとのことでそう答えた。

颯馬はふっと鼻で笑った。自分に対して(ひる)んでいる口でよく言う。

「お前が一人で呑気(のんき)に過ごしてる間、何があったと思う?」

現実を突きつけたくなった。いつまでも甘ちゃんな風真に。ーー信頼して茉莉を託した、弟に。

「……え?」

「あいつは京華の手の者に襲われた」

「まつり、が……?」

「京華のお気に入りの矢島という男に。そいつには気をつけろ」

颯馬が言っている途中から、風真が詰め寄ってきた。

「茉莉は無事!? 茉莉は今どこにーー」

「しっかりしろ、風真」

颯馬はぴしゃりとたしなめた。風真ははっと我に返ったようだ。

「茉莉は無事だ。もうすぐこっちに来るだろ。ただ……」

颯馬は言い(よど)む。本当は言うつもりではなかった。だが言ってしまった今はーー


「茉莉はきっとお前に矢島とのことは何も言わない。分かるだろ? だからお前も茉莉にこのことは聞くな」


茉莉が何も言わない本当の理由は、風真には分からない。

風真は何も知らない。

だから風真には、茉莉が風真に心配をかけたくないからだと思わせておけばいい。


「茉莉のことを、ちゃんと守れ。お前がすべきことはそれだけだ」


風真はショックを受けている様子だった。自身の無力さを思い知ったのだろう。

だがやがて、何か決意したような目を見せた。そして、


「兄さんにだけは、言われたくない……!」


そう言い捨てると、風真はあちらへと駆けていった。

彼の背中を颯馬は見守る。今よりもっと強く頼もしくなることを願って。


           ※


茉莉は考え込んでしまっていた。

颯馬とのやり取りを、そして帰った方がいいと颯馬に言われたことを。

それは仕方ないと思っている。ただ、風真には何て話そう。

風真は茉莉が当主に祝いの会に招待されたことを純粋に喜んでいた。

茉莉は正直複雑だったが、風真の喜びようを見ていると、出席しようと思うようになったのだ。

風真を悲しませたくない。だが自分の気持ちはもう帰る方向に傾いている。

ここに来たことは後悔していない。茉莉は自分にそう言い聞かせていた。

じゃないと、負けた気がするから。


ここにいるべきじゃない、って颯馬の言葉は痛いけど……


「ーーり、茉莉!」


呼ばれて茉莉は俯けていた顔を上げた。向こうから

風馬が焦った顔で走ってくる。


「ふうーー」


茉莉が彼の名前を言い終わらないうちに、風真が茉莉を抱き締めた。

びっくりして声を呑んだ茉莉に彼が言う。


「……ごめん、茉莉。……帰ろっか」


風真がそんなことを言うとは思わなかった茉莉は、すぐには返事が出来なかった。おまけに抱き締められたままの状況で。

黙ってしまった風真の腕は、茉莉が身動きが取れないほど力強い。


「え、と、ふうま……?」


どうにか茉莉が声を出すと、風真の身体がゆっくりと離れた。


「大丈夫? 顔色がよくないけど、気分でも悪い?」


捨てられた子犬のような風真の目。幼い頃の風真を見ている気がして、茉莉の母性本能が働く。

「……大丈夫だよ。茉莉こそ」

「私? そうだね、あまり気分はよくないかな。こんなかしこまった場は苦手だから……。ちょうど私も帰ろっかなって考えてたとこ」

実際、茉莉は頭が重くひどく疲れてもいた。


「空気が悪くて、せっかくのご馳走もおいしく味わえないだろうしね」

「うん…ごめん……」

「風真が謝ることはないでしょ」


笑って茉莉は言う。風真の謝る本当の意味を、茉莉は知らないでいた。

それから二人は、大座敷のある場所からは反対方向へと歩き始めた。


           ※


外に出ると、茉莉は軽く空を見上げた。


「……雨、止んだんだね」


風真が小首を傾げる。


「今日は雨なんて降ってないよ」

「え? だってさっき……そう、だっけ?」


茉莉は困惑した。さっきーー颯馬と話していた辺り、雨音がしていたような気がしたのだが。

(かす)かに……ひどく……?

何だか曖昧(あいまい)で、茉莉は気のせいだったと思うことにした。


数分後、到着した車から運転手が降りてきて、後部座席のドアを開けた。中から出てきたのは四人の人物。

最初は恰幅(かっぷく)のよい中年男性で、渋く彫りの深い顔立ちや佇まいには威厳がある。

次は細身の中年女性で、一つにまとめた(つや)やかな黒髪につり目の和風美人だ。

そしてその女性に付き従う形の若い女性。

最後に、中年のすらりと背が高く引き締まった身体付きをした男性が、最初に出てきた男の後ろに控えた。


「巽様、本日はおめでとう御座います」


その場にいた親族達が次々と恰幅のよい男性ーー(たかむら)家当主に挨拶していく。

その様子を親族達から少し離れたところにいる茉莉と風真は黙って見ていた。


実の親子だというのに、茉莉と当主である巽の距離は遠い。

物心ついた時にはそうだったから、茉莉はこれを当たり前だと思うことはあっても淋しいと思うことはなかった。

死ぬまで茉莉に愛情を(そそ)いでくれた、閉じ込めるように愛してくれた母親のおかげでもあるかもしれないが。


知らず目を伏せた茉莉が気配を感じて見ると、目の前に当主達が来ていた。

茉莉は深々と礼をする。


「お誕生日おめでとうございます。どうかご当主様にはいつまでも健やかにお過ごしくださいますよう、祈っております」

「……ああ」


落ち着いた渋みのある声で、静かに当主が答えた。

茉莉は顔を上げる。自分が来たことを喜んでいるのか分からない当主の表情。ただでさえ(いか)めしい顔付きをしているというのに、自分の前では一層硬いと思う。

いつもこんな顔で、自分をちゃんと見ようともしない目を向けられる。

少しは娘らしく扱って欲しいなどと茉莉は思わないが、多少居心地は悪かった。


当主の横に並んでいる細身の女性は、茉莉に対してあからさまに嫌そうな顔を見せている。それはそうだ。彼女は当主の正妻なのだから。

そして当主と正妻の後ろにはそれぞれ付き人が控えているが、当主の付き人である中年男性ーー風真の養父でもある久世(くぜ)は、風真に対して厳しい眼差しを向けていた。


「今日はゆっくりしていきなさい」


淡々と言い放つような言葉を茉莉にかけると、当主は向こうへ行こうとする。


「あのっ」


思い切って茉莉は当主を呼び止めた。当主が立ち止まり、顔を振り向ける。

「……申し訳ありませんが、少し気分がすぐれないので、今日はこれで失礼させていただきます」

何だか喉の奥につっかえるようだった。

その茉莉の言葉に、正妻が呆れたようにため息をつく。

「当主の祝いの日に水を差すようなことを。自己管理もできないのかしら」

皮肉にも自分が出ようが出まいが水を差すらしい。茉莉は心の中で苦笑した。

「そうか、ならば養生(ようじょう)するように」

特に残念そうでもなく当主が言った。彼は正妻には構わず言葉を続ける。


「あれも身体の弱い女だった。お前は本当に母親に似たな」


周囲の空気がぴりつく。茉莉の表情が強張った。


どうしてここで母さんが出てくるの。無神経というか……


明らかに穏やかではない空気の中、それを気にも留めない様子で当主が歩き出す。正妻達も当主の後に続いた。


「茉莉は今日ここに来るの、乗り気じゃなかったよね……? ごめん、僕のせいで……これじゃあ茉莉はただ、嫌な思いをしに来ただけだ」


当主達を見送る茉莉に、風真が言った。茉莉は彼に目をやる。その声音と同じく辛そうな風真の表情。


「私ね、今日生まれて初めて巽さんに、『お誕生日おめでとう』って言えたの。風真のおかげ。ここに来なかったら言えなかった」


茉莉が優しく笑った。

風真は気付いていた。

茉莉が当主との親子関係を諦めていることを。それが自分には悔しくて、何とか改善してほしいと思っているが、そんな自分の気持ちが空回っていることも。

この言葉も優しい笑顔も、自分を傷つけないための茉莉の気遣いだ。これ以上自分が自分を責めないよう、茉莉は配慮してくれている。

風真は、胸が詰まった。

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