祝いの会での出来事《3》
多くの篁家の人間がいる中、風真は思い出す。
冬の終わり、見たこともないほどの大きな屋敷、初めて茉莉に会った日のことをーー
六歳の時、両親が事故で死に、風真は兄の颯馬と共に遠い親戚だという久世家に引き取られた。
養父となった男は寡黙で自分達に対して素っ気なく、風真は苦手としていた。今はもう平気だが。
その養父に連れられて颯馬と風真は篁家に来たのだった。
二人は本邸の中に通され、広い和室に案内された。そこで、床の間の前に座っている一人の男に、風真は圧倒されてしまった。
厳しい威圧感があるその男に、養父が恭しい態度を取る。それもまた風真には信じられない光景で。
「それがお前の息子か」
部屋の中央で正座をしている養父に男が聞いてきた。養父の少し後ろでは、颯馬と風真も養父に倣って座っていた。
「はい、今日は当主にご挨拶をと。ーー颯馬、風真」
養父が促すように軽く後ろを見やった。
「久世 颯馬です。よろしくお願いします」
男は当主という偉い立場らしいが、颯馬が淡々と言いお辞儀する。慣れない名字に言い淀むこともなく。
「く、くぜ……ふーまです。よろしく……ます」
一方風真は、緊張のあまりたどたどしい口調になってしまった。隣にいる颯馬の視線を感じ、慌てて頭を下げる。
「確か、双子だったか」
男ーー当主が颯馬と風真を観察するように見て言った。
「はい」
「双子? 似てないのね」
養父の返事にそう聞き返したのは当主の右横に座っている女で、颯馬と風真を値踏みするように見ていた。
「二卵性ですので。颯馬が兄、風真が弟です」
女がさして興味がなさそうに鼻を鳴らす。
「歳はいくつだ?」
当主が今度は二人に問うようにして聞いてきた。すぐに颯馬が答える。
「六歳です」
しっかりしている颯馬と違って、風真はずっとおどおどしているだけだ。心細くて何度も兄の方を横目で見ているが、当の颯馬は真っ直ぐ前を見据えていて、ここにいる大人達に対して少しも怯んでいない。
「娘と同い年か」
「そうですわね、うちの京華と」
女は当主の妻らしい。彼女は自身の膝の上に座っている少女を撫でながら、強調気味に言った。
さっきから少女の存在を気にはなっていたが、その京華という少女が自分達と同じ年だということに風真は少し嬉しくなった。
だが、風真が京華を見ると、彼女は嫌そうに顔をしかめている。風真はしゅんとなった。
「くぜっ! その二人に、わたしと馴れ馴れしく話さないよう言い聞かせておいてっ!」
京華が大声で理不尽な命令をするが、誰もたしなめはしない。それどころか養父が、
「分かりました」
そう応じた。そのことが風真には信じられなかった。
その後、養父を始めとして颯馬、風真が当主達に向かって礼をし、部屋を後にしようとするとーー
「颯馬、風真」
二人を呼び止める当主の声がした。
養父と颯馬が振り向き、早くこの場から離れたいと思っていた風真も困惑した表情で振り向く。
「娘のよき話し相手になってくれ」
風真は不思議に思った。当主の娘である京華は自分達と仲良くするつもりはなさそうなのに。
見ると、京華と女は不機嫌そうな顔をしている。当主の言葉に口を出すことはなかったが。
部屋を出て養父を先頭に颯馬と並んで廊下を歩く風真の耳に、使用人達の話し声が聞こえてくる。
見慣れない存在の自分達が何者か、そういった内容だ。
自分達の両親が事故で亡くなったことも、遠縁の久世家が自分達を引き取ったことも、彼らは知っていてーー
久世に子供がいないため、久世も颯馬や風真も運がよかったという声に、不謹慎だとくすくす笑う声。
颯馬は涼しい顔をしているが、風真は暗い気分になって俯いた。
※
颯馬と風真は久世によって自分達の部屋に案内され、そこに運ばれてあった少ない荷物を片付けた後、庭園に出た。
個人の物とは思えないほどの広い庭。何だか心許なくて、風真は景色を見る余裕がなかった。
「にいちゃん、ぼく……この家いやだ」
つい弱音を吐いてしまう。
「みんなの目が、怖い。冷たくて、ぼくたちをバカにしてるようなーー」
「ガキ相手にくだらない真似する奴は、その程度の人間だってことだ。気にしなくていい」
「ぼくには無理だよ……」
風真は泣きそうになった。
自分は颯馬とは違う。どうして颯馬はこんなにも強いのだろう。兄とはいえ双子だ。自分より数分先に
生まれてきただけなのに。
両親の葬式の場でも、泣いてばかりの風真と違って颯馬は涙を見せなかった。
二人の引き取り先をどうするか大人達が話し合っているのを聞いても、ただ不安でたまらなかっただけの風真と違って颯馬は落ち着いていた。
風真の手をぎゅっと握って、大丈夫だと颯馬は励ましてくれたのだ。
そんな兄のことが風真は大好きだった。強くて頼もしくて優しい兄に憧れていた。
「無理でもやらなきゃいけない時もあるんだ、風真。俺たちはもう、久世家の人間なんだから。養父さんに言われたことを忘れたのか?」
「…………………」
「『久世の人間は、篁家のために生きる』。時代遅れもいいとこだけどな。でも俺たちは、ここで生きていかなくちゃならない」
「……ずっと?」
「それはーー」
はっくしゅ、とどこからか聞こえてきたくしゃみが、颯馬の言葉を遮った。
「誰だ?」
鋭い颯馬の問いかけに、低木の陰から一人の少女が姿を現す。颯馬が風真を守るようにして前に出た。
「ごめんなさい。見慣れない顔だったから、思わず隠れちゃった。君たちは…久世さんの子供だよね? 名前は?」
颯馬と風真は茉莉のことを訝しんだ目で見た。
自分達と同じ年頃の少女。彼女は自分達が答えるのを純粋に待っている様子で、京華とは違い、彼女から悪意は感じ取れなかった。風真は警戒を緩めた。
「あ、ぼくーー」
「盗み聞きしてる奴に言いたくない」
風真と同時に言い放った颯馬の言葉に、少女が面食らったような顔をする。それから困ったように笑い、
「うーん、それを言われると……ねっ、友だちだったら教えてくれる?」
名案を思い付いたといった様子で明るく聞いてきた。颯馬と風真は呆気に取られてしまう。
「わたしは、まつり。いーい? 今から友だちだよ、よろしくね」
少女ーー茉莉があまりにも屈託ない笑顔を見せたので、二人は思わず息を呑んだ。
まるで、春が、咲いたようだった。
その後しばらくして、颯馬と風真は茉莉が当主の娘だと知るーー
あの笑顔は、篁家に来て初めて綺麗だと思ったものだ。あの笑顔は、篁家に来て初めてよかったと思えたものだ。
今だって、茉莉が笑うだけで自分は幸せになれる。
それにしてもーー
風真は廊下の先に目をやった。
すぐに行くと言っていたのに、茉莉がなかなか来ない。
さっきの茉莉の様子も気になる。京華を守る颯馬を見て、茉莉はショックを受けているようだった。それが颯馬の仕事だと分かっていても。
待ちかねた風真はその場を離れ、早足で歩き出す。少しして、
「ーー風真!」
風真は、珍しく颯馬の荒らげた声を聞いた。




