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祝いの会での出来事《1》

夕空は薄い水色と淡いオレンジのグラデーションを見せる。その下を走る黒塗りセダンの後部座席に、京華と颯馬は座っていた。


今日は、当主の誕生日祝いの会当日だ。


颯馬は隣に座る京華に意識をやりながら、数日前のことを思い返していた。


使用人の女が京華の部屋へ報告をしに行った日の夜、颯馬は早速彼女から話を聞き出した。

人気(ひとけ)のない部屋に彼女を呼び出し、優しく甘い表情を見せればそれは造作もないことで。

そこで颯馬は、当主が直々に茉莉を今日の会に招待したことを知ったのだ。

使用人の女はよかれと思って報告したが京華の気に障ってしまったことを心配している様子だった。

そんな彼女に颯馬は大丈夫だと言って安心させた。

実際、颯馬は京華とその日の夕食を共にしたが、京華が自分に当たり散らすことも、何とかしろと命令することもなかったのだ。

京華が怒りで爆発して当然の出来事なのに。


京華の奴、まさかーー他の奴に手を回したか?


そうした考えに至り、颯馬は俯きがちに軽く舌打ちした。

颯馬の表情が険しくなったことに気付いたのか、使用人の女が不思議そうに見てきた。

「ああ、もう一つお願いがあります」

颯馬は微笑んだ。

「私があなたからこの話を聞いたのは、どうか内密に」

有無を言わさない凄みと冷たく鋭いナイフのような光を瞳の奥に光らせて。

この時、使用人の女は本能的にぞっとしたようだった。


茉莉は欠席すると思いたいが……


車が会場へと近付く中、颯馬は考えを巡らす。


周囲を気遣い、また自身の立場的にも出席するには相応しくないと彼女なら考える。彼女が白い目で見られることも、京華から反感を買うことも明らかなのだから。

だが、当主からの招待は茉莉には断りにくいだろう。


茉莉が欠席することにきっと風真は背中を押す。そう願って。


ただあいつは……


一抹の不安が颯馬の脳裏をよぎる。

風真の甘さを自分は誰よりも知っている。自分は風真の兄なのだから。


           ※


老若男女があちこちで挨拶や言葉を交わしている。

ここは篁家御用達の老舗高級料亭だ。今日は貸切のため、今ここにいるのは篁家の主だった親族たちや関係者、当主の友人などだ。

彼らの視線がある一点に集まる。そこには学校の制服であるセーラー服と学ラン姿で歩いてくる茉莉と風真がいた。

茉莉の正体に気付いた親族達が騒然とする。


「当主が気まぐれに手を出して出来た子供が、場違いな」

「身の程を知ればいいものを。母親も母親なら、娘も娘か」


そういった悪口が親族達の間から聞こえてくる。風真は彼らを冷たく一瞥した。

それに対し軽く怯みつつも、今度は風真について親族達の話題が移る。


「あの付き人は、久世家の双子の弟なんですって」

「そうそう。京華さんのお付きは、出来のいい兄の方だと伺いましたわ。弟の方は厄介者を押し付けるのに丁度よかったのではなくて?」


風真を侮辱する声に、茉莉はそちらを睨むように見た。ぎゅっと握り締めた拳が震える。

風真は茉莉が本気で怒っていることに気付いた。さっきまで茉莉は、自身のことを悪く言われていても聞き流すようにしていたのに。

付き人、(いち)使用人である自分のことなど、どれだけ悪く言われようが気にしなくていいのに。

相変わらずな茉莉に風真は小さく笑った。


茉莉が風真を見ると、目があった。この場の空気のせいで自然と顔が強張る茉莉に、風真は優しそうな表情を向けてくる。茉莉の表情も緩んだ。

「兄さんと比べられるのはとっくに慣れた。優劣をつけられると、僕は出来損ないの弟になってしまう」

そう言うと、風真が真剣な面持ちになった。

「でももう僕は傷付かないよ。子供の頃とは、違う」

「うん、頼りにしてる。私はいつも風真に助けられてる。だからーー悔しい」

茉莉は奥歯を噛み締めた。

「私のせいで、風真が正しい評価をされないことが。私の付き人じゃなかったらーー」

「僕がなりたかったんだ。幼い頃久世家に引き取られて、将来も決まっていて、何も希望なんてなかった。でも茉莉と会えて、仲良くなって、」


守りたいと思ったから。

兄さんも同じ気持ちだと、思ってたのにーー


「周りからの評価が低いなら、それは僕の力不足だ。茉莉は何も悪くない。もし茉莉が僕のことを認めているなら、覚えておいて。僕が頑張ってこられたのは茉莉のおかげだし、茉莉の付き人になれた今は、そのことを誇りに思ってるって」


純粋な風真の言葉に、茉莉は少し照れくさくなった。

「…そうだね。さっきのは失言だった、ごめん」


さらに一際、親族たちがざわつく。彼らの視線の先にいるのは、着物姿の京華とスーツ姿の颯馬だ。


「さすが京華さんは当主の娘としての風格がありますわね」

「ええ、ほんと」


何人かの親族に話しかけられ、応じていた京華が ふと、茉莉と風真に気付く。


つかつかと茉莉の方へと京華が近付いてきた。

彼女は茉莉の前で立ち止まると、茉莉を上から下まで舐めるように見る。牡丹の柄の華やかな着物姿の京華と、学校のいつもの制服姿の茉莉ーー

勝ち誇ったような笑みを浮かべて京華が言った。


「あまりにも周りから浮いてるから誰かと思えば、何であなたがここにいるの? 茉莉」

茉莉は無言でいた。

周りの親族達が興味深そうに彼女達のやり取りを見ている。

「今日が何の日で、この場が何の場か知らないのなら、教えてあげましょうか?」

「いえ、その必要はありません、京華さん」

風真が即答した。

「当主の祝いの席に、当主自らが呼んで下さったのですから」

「あんたには聞いてないわよ、風真」

睨みつけてくる京華に対し、風真は余裕ありげに()んだ。

周りにいる親族達から驚きの混じったひそひそ声が漏れる。彼らは当主が茉莉を招待したことが信じられないようだった。

周りの親族達を見回してから、風真は京華を見た。

「疑うようなら、直接当主にお聞きになって下さい」

言い終えた時、風真は京華のすぐ後ろにいる颯馬と目が合った。いつもならただ静観している感じの颯馬の目が、この時は風真を(たしな)めるようなもので。

風真は少し気圧された。


「茉莉! そいつの(しつけ)をちゃんとなさい!」


怒りをぶつけるような京華の声に、風真ははっとする。

「私に対する態度がなってないわ。それもこれも飼い主の責任でしょ! 自分の飼い犬も(ぎょ)しえないの?」

茉莉の顔がぴくりと動く。

「大体、あんた達がここにいるのはおかしいのよ。篁家に必要なひんもなくて、ふさわしくない。立場を弁えなさい」

「……品ね…」

茉莉が呆れたように口を開いた。

「まったく、ここにいる人間のどこにそんな大層なものが……」

「なっーー」

「それとも篁家に必要な品って、人の悪口ばかり言うこと? それならそんなものいらないから、ふさわしくなくて結構」

茉莉が珍しく京華に対して皮肉を言い放った。風真のことを犬呼ばわりされたことに、茉莉の堪忍袋の緒が切れたのだった。

茉莉が言い返してくるとは思わなかったのだろう、かっとした様子の京華が茉莉に掴みかかろうとする。

慌てて風真が茉莉を庇うようにして動く。同時に、


「京華さん、落ち着いて」


そう言いながら颯馬が京華を抱き寄せた。

茉莉は固まった。


見たくない

見たくないのにーー


京華は颯馬にも罵詈雑言を浴びせているが、颯馬は冷静にそれを(なだ)めている。

そんな中、茉莉は気付いた。京華に優しい言葉をかけるのに反して、颯馬の茉莉に見せる冷たい目。


「……申し訳ありません…口が過ぎました……」


茉莉の口から出てきた言葉は、震えて小さなものだった。

軽く頭を下げながら歩き、茉莉は颯馬と京華の前から離れる。

「茉莉っ」

背後から風真の声が聞こえてきても、早足になってしまう。


やがて、隣に来た風真が心配そうに顔を覗き込んできた。


「まつーー」

「あーあ、やっちゃった」


ぺろっと小さく舌を出し、茉莉は笑った。

「京華に口答えしちゃった。しかも篁家の方々がいる前で」

茉莉の口調は反省しているというより(から)元気のようだった。

「……僕のことを犬って言われたことに怒ってくれたんだよね…?」

風真が茉莉の目を真剣に見る。

「うん、怒らなくてもよかった。ーー僕は犬だよ」

「へ?」

風真の言葉に、茉莉は間の抜けた声を出した。


「主人である茉莉の忠実な。茉莉の役に立ちたいから、賢くありたいし強くありたい。茉莉の敵には牙を()く。だから、さっき京華に噛みついてやればよかった」


茉莉は風真を見つめていた。それから目を細めて笑うと、手を伸ばして風真の頭や顔をわしゃわしゃと撫でる。

「よしよし。確かに風真は、かわいいワンコなとこあるか」

「ちょっ、茉莉ーー」

「あ、ごめんごめん」

満更でもない風真の悲鳴に茉莉は手を止めた。そして風真の乱れた髪を直すように手を動かして言う。

「私も身だしなみを整えたいし、お化粧室に行ってくるね。悪いけど、先に大広間の近くで待っててくれる?」

「えっ、でも…茉莉を一人にさせるわけには……」

渋る様子を見せる風真に、茉莉は安心させるために言った。

「当主の祝いの席よ。京華との件は置いといて……ここで何か問題を起こしてくるような馬鹿はいないでしょ。大丈夫、すぐそっちに行くから」

「う、ん……」

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― 新着の感想 ―
とこね紡様。 楽しく読ませていただいております。 場面の様子がしっかりと伝わってきて、かつ切実な感情も読み取れることができお見事です。 星を5つ入れさせていただきました。 是非わたくしのところにも遊び…
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