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名家のお嬢様《3》

「ーーでは、私はこれで」


京華の部屋の前に着き、颯馬は軽く礼をした。京華が部屋の障子戸を開け、颯馬の方を振り返りーー


「そういえば、見た? さっきの茉莉の顔」


嫌味たらしく笑う。


「あんたに何期待してるんだか。馬鹿な子。ーー颯馬は私のものなのに。ねぇ?」

「ええ」


颯馬はうっすらと微笑んで答えた。

否定はしない。自分は京華の『物』だ。雑に扱われようが何も感じない。乱暴に扱われても壊れない。


京華には、何をされても大丈夫だ。


颯馬の答えに満足した様子の京華が、部屋の中に入り障子戸を閉めた。

それらを見届けた後、颯馬は廊下を歩き始める。やがて彼は外に目をやった。

ちょっとした公園のような日本庭園は、専属の庭師が管理していて美しい。鯉が泳ぐ雄大な池や足場である飛び石もある風流な造り。

そこは四季折々の表情を見せてくれる。


そこは、昔ーー彼女に初めて会った場所だ。


颯馬は自然と柔らかな笑みをこぼしていた。風真とよく似た笑みをーー

そしてすぐに、表情を引き締めた。


不意に、颯馬の耳に慌ただしい足音が聞こえてきた。

廊下の先に目線を戻す。五十代くらいの使用人の女性が慌てた様子でこっちに来る。

この家では余程のことがない限り走ることは禁じられている。ましてや使用人ともなると御法度だ。京華や彼女の母親に見つかると、ひどく叱り付けられるだろう。

それなのにも関わらず、使用人の女は颯馬を気に留める素振りもなく小走りで過ぎていった。

あっちは京華の部屋がある方向だ。颯馬は振り返った。

やがて使用人の女が京華の部屋の前に着くと、何やら声をかけた。それから彼女は部屋の中へと入っていく。

颯馬は怪訝な顔をした。


その後、颯馬は廊下をしばらく歩き、自室に着いた。ここは母屋の中でも奥まった場所ーー主に住み込みの使用人達の部屋があるところだ。

颯馬は部屋の中に入るなり、スマホである人物にメッセージを打った。送信後、大きく息をつく。


相変わらずの自分の弱さに嫌気が差す。


殺風景の部屋の中、颯馬は畳の上を歩いて進み、文机の前に座ると引き出しを開けた。

そこにある、寄木細工のからくり箱。昔、死んだ父親に貰った物だ。開け方は父親と、今はもう自分しか知らない。

だからその中にしまっておいた。

昔の自分と風真、茉莉の三人で写っている写真をーー

くしゃくしゃにして何度も捨てようとしたが、出来なかった。

それなのに茉莉にはこの写真を捨てろと言った。自分は捨てたと嘘までついて。


自分は茉莉のことが嫌いだと、思わせなければならないのに。

茉莉に嫌われなければならないのにーー


颯馬は引き出しを閉めた。

それからスマホで、今度は日舞の先生に連絡をしようとして、手を止めた。

さっきの使用人の女の様子が気にかかる。京華に何か報告でもあったのだろうか。あの慌てようだと重要なーー恐らく茉莉に関わるようなことだ。


颯馬は少し考え、使用人の女に直接聞くことにした。

もちろん、京華には知られないように手を打って。


           ※


高く派手な音を立てて花瓶が割れる。

畳の上には破片が散らばり、水が広がっていく。さっきまでその花瓶に生けられていた赤いラナンキュラスの花が、事件現場の死者のように倒れている。


京華は、はあはあと荒い息をついた。

数分前、使用人の女から聞いた報告が京華を苛立たせていた。


茉莉の部屋を、篁家の当主が訪ねたらしい。

現当主は京華の父親ーーつまりは茉莉の父親でもある。彼が茉莉の部屋に赴くのは珍しいことだった。

それだけでも京華が動揺するのには十分だったが、さらにーー


当主の誕生日祝いの会に出席するよう、当主自ら茉莉を招待したとのことだった。


そんなことは茉莉の母親が生きていた頃を含めても初めてだ。

当然のことながら、京華やその母親の誕生日祝いの会に茉莉が招待されたことはない。


茉莉の誕生日祝いの会が開かれたこともなかったのだ。


信じられなくて、京華は使用人の女を責めた。女はただ偶然耳にしたことを報告しに来ただけだ。何の落ち度もない。

怯えて謝り続ける使用人の女を京華は追い出した。

それでも怒りで身体が震えるのは止まらず、花瓶を投げ付けたのだった。


「なんで……」


呟く京華の目に花瓶の惨状は映らない。

花瓶の割れた音を聞きつけてか、さっきの女とは違う使用人の女が二人駆け付けてきた。


「どうなさいましたか?! 京華様」


彼女達は部屋に入る前から何度か呼びかけていたが反応がなかったため、許可なく飛び込んできたのだった。

そして畳の上の割れた花瓶を目にする。


急いで片付けをしている使用人の女達が、京華には見えていなかった。


使用人上がりの妾の娘のくせに……!


茉莉への腹立たしさがいつもより一層ひどく(あふ)れてくる。

自分の母親はもちろん、使用人達も当主である父親もみんな自分側についている。今までずっとそうだった、これからもずっとそうだ。

京華は茉莉が、茉莉の母親と同じように父親をたぶらかしたのだと思った。

茉莉は自身が当主の祝いの席に出られるとでも思っているのだろうか。

京華は強く下唇を噛んだ。


そんなこと、許さないから

私が絶対にーー


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