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名家のお嬢様《2》

夕方、学校から家に帰った茉莉は風真と並んで廊下を歩いていた。

築百年以上の日本家屋、その庭園に面した外廊下ーー広縁は、二人が並んでもまだスペースに余裕がある。

ここーー篁家の敷地は広大だ。その中にある建物や庭などは補修や改修をしながらも歴史的価値があるもので、この家もまた立派で威厳のある佇まいをしている。


そして、家の中はいつもどこか緊張感が漂っていた。


茉莉は隣にいる風真に軽く視線をやった。

いつの間にか開いてしまった身長差。さらさらとした髪に、タレ目がちな目をした柔らかな印象の顔立ち。

そんな風真はとても優しくて頼りになる。昔は自分や、『彼』の後ろに隠れてばかりだったのにーー


「茉莉?」


視線に気付いたらしく、風真が小さく笑って茉莉を見た。

茉莉は微笑み返す。それから顔を前に向け直しーー向こうから二人の人物が歩いて来るのが目に入った。

茉莉と風真と同い年くらいの少年少女。少女が先を行き、少年が彼女に付き従うようにしている。

茉莉はそっと目を伏せた。横で風真の身構える気配がする。


「ーー学校はどう? 茉莉」


茉莉は視線を上げーー立ち止まった。少し先に声の主である少女と、少年が立っている。


少女はふわふわとした長い髪をハーフアップにし、頬や唇は桜色の一見愛らしい外見。身長が百六十ちょっとある茉莉より低身長ながらも、顎を上げ茉莉を見下(みくだ)すように見ている。

彼女のすぐ後ろに控えている少年は、風真とよく似た背格好だ。が、雰囲気は全く違っていた。黒髪のショートレイヤー、切れ長の目、すっとした鼻筋。整った顔立ちをしているが、無表情で冷たい印象を受ける。

彼らは茉莉と風真とは違う制服を着ていた。


「心配してるのよ」

言葉とは裏腹に嫌味な言い方で少女が言う。

「あなたが、篁の名前をこれ以上汚さないか」

その言葉に風真はかっとした。

「っ、それはどういうーー」

「お気遣いありがとうございます、京華(きょうか)さん。おかげさまでつつがなく過ごしておりますので、私のことは心配なさらないでください」

風真を(なだ)めるように冷静に言った茉莉に、少女ーー京華が苛立った様子を見せる。


「ほんと、かわいくない。そんなだから颯馬(そうま)に見限られるのよ」


茉莉ははっとして、京華の側にいる少年を、颯馬を見た。

彼は真っ直ぐ前を向いているが、その瞳は微塵も揺れず、まるで茉莉の姿など見えていないようだった。


「っ………」


分かってる。分かっているけどーー


茉莉の目に悲しげな色が浮かんだ。

京華が薄く笑って歩き出す。すれ違いざま、口を開く。


「大体あんたには離れで十分。あんたの卑しい母親との思い出だってあるでしょ」


そして京華の後に続く颯馬も茉莉とすれ違った。ただ彼は、相変わらず無表情でーー

茉莉は顔を俯けた。

風真は憤った。京華と颯馬の方を振り向き、堪らず非難しようとしーー


「風真。私は大丈夫」


しっかりとした茉莉の声に引き止められた。

「でもーー」

「いつも言ってるでしょ。京華の言ってることを気にするだけ、時間の無駄だって」

自分の方に向き直った風真に、茉莉は笑ってみせる。

「……分かってるよ、茉莉。ただ、僕は……」

軽く下唇を噛んだ後、風真は続けた。


「兄さんもどうかと思う」


風真の表情に嫌悪のようなものを感じ取り、茉莉は悲しくなった。


風真と颯馬は二卵性の双子だ。とても絆の強いーー

幼い頃から一緒にいる自分には分かる。風真は兄である颯馬のことが大好きだったし、颯馬は弟である風真を思っていた。

その互いの気持ちは今も変わらないと、茉莉は信じている。今は溝が出来ているように見えるけれど。

そして、こうなってしまったのは自分のせいだということも、茉莉は分かっていた。


「そんなこと言わないで。颯馬は、風真のことを大事に思ってるんだから」


茉莉は微笑む。心に切なさを抱えたまま。


私はとっくに愛想を尽かされてるだろうけど……


京華の言ったことは間違っていない。風真にあんなことを言っておいて、茉莉は京華の言葉を気にしていた。


自分の存在自体が篁の名前を汚している。物心ついた時からそのことを茉莉は理解していた。

茉莉と京華は異母姉妹で、京華は正妻の娘、茉莉は妾の娘なのだから。

半年ほど早く生まれた同じ年の茉莉を、京華はひどく憎んでいる。

京華だけじゃない、この家にいる人は茉莉のことをよく思わない人がほとんどだ。義母、使用人、そして恐らく実の父親さえもーー

そのせいもあって、茉莉は母屋にいることに引け目を感じていた。


昔、茉莉は母親と離れで暮らしていた。離れはこぢんまりとして住宅としての設備も最低限に抑えられていたが、一人や二人で暮らすには十分すぎるほどで。

だが母親が病気で死に、茉莉は父親に母屋で暮らすよう言われたのだった。

当時まだ六歳だった茉莉に断ることなど出来なかった。

ひっそりと離れで暮らすことが出来ればありがたいと、茉莉は思っている。住まわせてもらっておいてわがままだろうけれど。


篁家にいる人間にはなるべく関わらないようにしている。

特に京華には何かとつっかかれ、うまくあしらうことが出来ずにかわいくない態度になってしまっている。


そして彼女の言うようにーー颯馬にはあの日から見限られている。


「違うよ、茉莉。僕に対してじゃない。兄さんの茉莉に対する態度が、僕は許せないんだ」


怒りを(にじ)ませる風真に、茉莉は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。


          ※


「ーーところで、京華さん」


茉莉達と別れた後、今までずっと黙っていた颯馬が口を開いた。


「何?」

明日(あす)の予定についてですが」

「言って」


颯馬の淡々とした口調と、京華の素っ気ない物言い。この二人の間には、茉莉と風真の間に流れている穏やかな空気とは明らかに違う、冷めた空気が漂っていた。

「明日は学校から帰宅後、十七時から日舞のけいーー」

「休む」

京華が颯馬の言葉を遮って言い切った。

颯馬は自分の前を歩く京華を薄目で見る。

「明日のお稽古は休むわ」

「分かりました。では先生に連絡を入れておきます」

これは京華の付き人としての仕事だ。そして颯馬は心にもないことを聞く。

「京華さん、どこか具合でも悪いのですか? もしそうなら、篤人(あつひと)さんに診てもらうよう頼みますが」

篤人は篁家の分家の人間で医者だ。篁家が持つ総合病院の若き副院長であり、本家の人間の主治医でもある。

また、茉莉を邪険に扱わない数少ない人間だった。


「余計なことはしないで。明日は友達とお茶をするの。私はあの子とは違って忙しいんだから、それくらいいいでしょ。あと、」


京華が颯馬の方を振り返った。


「私に同伴しなさい、颯馬」


京華が友達と遊ぶ時は近くで待たされることが多い颯馬にとって、それは珍しい命令だった。

「あんたのこと気になってる子がいるの。おすすめはしないって言ったんだけど。よかったわね、見た目だけはマシで」

颯馬は自分の容姿に興味などない。だが、それだけでも京華を満足させることが出来るのならば。京華の付き人としていられるならば、自分の容姿に感謝さえする。


「ありがたく参加させていただきます」


さっきから表情の乏しかった颯馬が、微苦笑を(たた)えた。


使えるものは使う。


全ては、()()のためにーー


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