表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇園〜ローズガーデン〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
一章 人形師と小間使い、そして魔術師

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/38

一章 人形師と小間使い、そして魔術師8

 *



 ふう。なんとか明るいうちにお屋敷に帰ってこれたです。


「ただいまですぅ。ご主人さま」


 おおっと、ビックリです。

 玄関の扉をあけたら、いきなり、ご主人さまが床にしゃがみこんでるじゃありませんか。めそめそ泣いて、すっかり、しおれてます。


「きゃあっ。ご主人さまァ。水。水。水ですね!」

 お花をかざった花瓶をとって、ご主人さまの頭から水をぶっかけました。すると、ご主人さまは、ちょっぴり、しゃっきりしました。よかったです。枯れなくて。


「シャルラン……生きてたんだね」

「生きてますよォ。見てください。元気いっぱい」

「王さまに殺されたんだと思った……」


 むっ、むうっ! な、なんてキュートなんでしょう!


「ごめんなさいです。ご心配をおかけしました。王さまは、いい人だったんですよ。ちょっと別の用事で遅くなっちゃって」

「僕に心配かけないために、ウソついてるんだね。ほんとは命からがら逃げてきたんだ。ごめんよ。僕が行かないって言ったから。自分が怖くて、シャルランに押しつけたから」


 涙で美しいお顔がグチョグチョです。


「違います。ほんとに恐ろしいことはなかったです。だから、もう泣かない、泣かない」


 シャルランはご主人さまを居間につれていって、出窓にすわらせました。

「今日は光合成はしましたか?」

 ぷるぷると首をふる花の精。

「ダメじゃないですかァ。お水持ってきますから、日暮れまで、ちゃんと光合成するんですよ」


 ほんと、手のかかる可愛いご主人さまですねぇ。ふふっ。


 シャルランは庭の井戸から新鮮な湧き水をたっぷりくんで、ご主人さまに飲ませてあげました。

 そして、塔の怪しい魔術師のことを話してあげました。

「ーーというわけなんです。あの断崖の魔術師さんは、ミダスの一員じゃないかと思うのですよ。ご主人さま、心あたりはありませんか?」


 ご主人さまは光合成のせいで、気持ちよさそうに昼寝する猫ちゃんみたいです。ぽやんとしながら、小首をかしげました。


「花の香りがした?」

「香り……は、わからなかったです。だって、すっごく、お酒くさかったんですよぉ。でも、花みたいな、ものすごい美形でした」


「ふうん」と言って、ご主人さまは、いよいよ首をかたむけます。そのまま、出窓の窓枠に、ほおずりしちゃいました。

「もしかしたら、それは僕の兄かも」

「え? お兄さん?」

「うん。死んだ母さんが言ってた。僕には兄がいるんだって。僕が生まれる前に生き別れになってしまったけど、生きていれば、母と同じ百合の精だ」

「百合ですか……」


 百合ーーって感じじゃなかったですねぇ。

 どっちかっていうと、もっと毒々しくて、ハデな花。


「でも、お兄さんなら、ぜひ会わないといけませんねぇ」

「僕は、いいよ」

「ええッ。なんでですかぁ。生まれて初めて出会ったご主人さまの一族ですよ? しかも、お兄さん」

「いいんだ。僕は青い薔薇だから」


 よくわかりませんねぇ……。


「僕は……シャルランさえ、いてくれればいいよ」

 ご主人さまは、そのまま眠ってしまいました。



 *



 風の力を借りて匂いをたどり、エイリッヒはシャルランのあとをつけた。


 一軒の屋敷の前に立つ。

 その窓から香る強い薔薇の香りに、エイリッヒは幻惑された。

 アベルンは薔薇の都。

 町中にただよう花の香りをかいだだけで、めまいをおぼえることも、しばしばあった。

 しかし、今日のそれは、ふだんの比ではない。

 屋敷に近づくほどに、高まるデジャヴュ。


 そう。おれは知っている。

 この香り。まちがいない。あの女だ。


 はてしなく遠い過去から、記憶のさざ波が押しよせてくる。

 今では忘れられた太古。

 すべてのものに精霊の力が宿っていた。

 火にも水にも風にも大地にも。

 木々も、花も、鳥も、獣も、すべてのものが生命の唄を歌っていた。


『そこにいるのか? クリュンベルト』


 私の愛した白い薔薇。

 窓辺に誰かがもたれていた。

 白い顔がこっちを見た。


『あなたはダメよ。ここへ来てはダメ』

『なぜだ? もう私を愛していないのか?』

『いいえ。でも、ダメなの。わたしは、あなたに謝らなければならないから』


『何を謝るというんだ。ようやく、おまえに会えたのに。長かった。この年月。何万年? いや、それ以上。

 いくつもの獣がこの星の覇者はしゃとなり、やがて滅びた。

 人の世になり、われら精霊の仲間は、ほとんど絶えたが、私はただ、おまえに会いたいがため長らえてきた。

 クリュンベルト。いつか必ず、おまえの魂は輪廻りんねのはてに、よみがえると信じていた。でなくば、私の捧げ物は、なんの意味もなかったことになる』

『あのときのこと、あなたは後悔していないの?』


 後悔? なぜ、おれが後悔などーー

 引き潮のように、急速に幻惑が遠のいていく。

 愛しい人の気配も。

 待て。まだ行くな。

 せめて、もう一度だけ、おまえの顔を見せてくれ。

 おまえのほおに、ふれさせてくれ。


 白薔薇は、霧のようにかすむ意識のかなたで、かすかに笑ったようだった。

『さよなら。わたしの愛した人』


 とつぜん、エイリッヒは夢からさめたように、我に返った。

 美しい薔薇園にかこまれた、しょうしゃな屋敷を見あげ、街路に立つ自分を発見する。


 なんだろうか。ものすごい頭痛だ。

 それに、なぜだかわからないが、涙が……止まらない。


(またかよ。くそッ。こんなところで、おれは何をしてるんだ)


 いつもの幻影を見たような気がする。それも定かでない。三十分しかもたない記憶というのは、ほんとにやっかいだ。


(飲みなおすか)


 エイリッヒは、きびすを返して歩きだした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ