一章 人形師と小間使い、そして魔術師6
「白薔薇の匂いがする」
「しねえよ。寝てろ」
「ああ。胸狂おしい。なぜ、おれを裏切った。白薔薇……」
「わかった。わかった。泣くならベッドでな」
ああ……何度見ても残念な、この感じ。
だまってれば、すっごい美青年なのに。
なんだか他人事とは思えません。
シャルランも、よく言われるんですよ。
だまってれば、すっごい美少女なのに……って。
「……まさかと思うのですけど、その人が断崖の魔術師なんですか?」
思わず、シャルランが物陰から出ていきますと、リンデさんが悲鳴をあげました。
「おまえ、まだいたのか!」
「もちろんです。そんなカンタンに、へこたれませんよ」
「押すばかりじゃダメだ。ときには引け」
「でも、名前が違うじゃないですか。その人は、ミケーレさんでは?」
「人の話、聞け。ミケーレはこいつの遊び用の名前だよ。断崖の魔術師と同じ名前じゃ、みんなに怪しまれるだろ。本名は、エイリッヒ・ファンデルデ」
そのとき、めそめそ泣いていたミケーレさん……もとい、エイリッヒさんが、またもや、あたしに抱きついてきました。
「白薔薇!」
こりない人ですねぇ。
「パーンチ!」
でも、今度は、あたしがふっとばす前に、あわててリンデさんが引きはなしました。
「わあッ。待て待て待て。乱暴な女だなぁ。エイリッヒ、おまえも人を見て抱きつけよ。殺されるぞ」
し、失礼な。いくらなんでも殺しませんよぉ。
そりゃ、ちょっと、女の子らしからぬ怪力ですけどぉ……。
「ほら! おまえは酔いざまし飲んどけ!」
リンデさんは薬ビンをとって、むりやりエイリッヒさんの口につっこみました。
エイリッヒさんは白目をむいて倒れてしまいました。
で、次に目をさましたときには、マジメな顔になっています。あたしのことを見てーー
「……白薔薇?」
ダメだ。効いてないです。お薬。
「魔法使いって、ふつう薬作りの名人じゃないんですか? ぜんぜん効いてないじゃないですか」
文句を言うと、リンデさんは笑いたいような苦いような、おかしな顔をしました。
「それがなぁ。薬は効いてるんだよな。なあ、エイリッヒ? 目、さめたろ?」
「ああ。あのまま、ほっといてくれたらよかったのに。それで、その女、誰だ? おれが、つれてきたのか?」
「いや。勝手に押しかけてきたんだ。極悪人の魔術師を成敗してくれるんだってさ」
エイリッヒさんは嘆息したあと、冷たい目で、あたしを見ました。
「生皮はいで煮こまれたくなければ、さっさと帰るんだな。リンデ、とっとと追いだせ。こんな小娘に、まんまと侵入されるようじゃ、番犬失格だぞ」
「わっ、ひっでぇ。長年、支えてやった友人を番犬あつかい。なんて悪い男だ。ほら、嬢ちゃんも、いっしょに!」
「なんて悪い男だ!」
ハッ! つい、のせられちゃいました。
「ウワサどおりの悪人ですね。最近もハデに町であばれまわってるらしいじゃないですか。かよわい女の人をねらって殺すなんて、ゆるせませんですよ」
エイリッヒさんは、ちょっと考えるような顔をしました。
「……あれは、おれじゃない」
「ええッ。ウソですよ。そんなの」
「ウソじゃない。おれも町でウワサは聞いたが、どうなんだ? おれは死体をその場に残すような善人だったか?」
「ええと、生皮はいで、シチュー。骨は召使いでした!」
ニヤッと悪い魔法使いは笑います。
「だろう? おれなら、あんな、もったいないマネはしない」
「なるほどぉ。あなたほどじゃない中途半端な悪人が、ほかにもいるんですねぇ」
「そうだ。納得したら、さっさと帰れ」
「はーい。おジャマしましたぁ」
ついつい、あたしは出ていってしまいました。
てこてこと町へ歩いていく途中、ハッと気がつきました。
(しまった! かんじんのこと、聞いてない……)
はたして、断崖の魔術師はミダスなのでしょうか?
しょうがないです。また来るです。
今日は遅くなってしまいました。
きっと、ご主人さまが心配しているでしょう。
シャルランは急いで帰路につきました。




