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薔薇園〜ローズガーデン〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
五章 死刑と監禁、でも真相は……

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五章 死刑と監禁、でも真相は…… 4


 *



 エイリッヒたちが入れられたのは、高い塔の最上階だった。


 このすぐ上の屋上から、罪人が縛り首にされて、つるされるのだ。首吊りの塔という、ありがたくない異名を、さっき見張りの兵士が親切にも教えてくれた。


 この不吉な呼称の塔で、ようやくエイリッヒは“彼”と対峙していた。


 人形師ベリーヒト。

 ふくいくたる香りの薔薇の精霊。

 まだ少年といったほうがいいくらい細い、中性的な男だ。


 薔薇の精だというから、豪華でトゲトゲしい美形を想像していたのだが、実物と想像は、ちょっと違う。


 たしかに優美で、このうえなく美しいが、いつでもポキンとつみとられる覚悟ができているような、妙にたよりない風情がある。


「……あんたが、おれの弟か?」


 長かった、この流浪の時。

 記憶を失いながら、自分が何者かも知らず、一人さまよい続ける孤独。


 でも、それも終わりらしい。

 血をわけた弟が目の前にいる——


 さすがに感動して、エイリッヒが手をさしのばしたとたん、相手は、あっけない一言で、エイリッヒの感動をこなごなに打ちくだいた。


「違いますよ」

「え? ちが……」


 盛りあがりかけた気持ちが、いっきに、なえる。


「でも、おまえがベリーヒトなんだろう?」

「そうです。僕がベリーヒトです」


 なんだろう。このほがらかな拒絶は……。


「じゃあ、おまえが弟なんだよな? シャルランがそう言ってた」

「ああ……すいません。あれなら、僕の勘違いです」


「勘違い? ふざけるなよ。たかが勘違いで、おれたちは捕まったってのか? 弟でなけりゃ、誰が好んで助けにくるっていうんだ?」


 ちょっとイライラしてきて、エイリッヒは口調を荒げた。

 ビクリと、ベリーヒトはすくむ。


「そんなふうに言われると……ツライです」

「ツライのはこっちだよ。せっかく、おれの失った記憶の一端でも、とりもどせるかと思ったのに」


 ベリーヒトはむしょうに悲しげな目をした。

 すごく、かわいそうなものを見る目で、エイリッヒを見る。それがまたシャクにさわる。


「……なんだろう? おまえを見てると、イライラする」

「ヒドイです。ヒドイです。イライラだなんて、ヒドイ……」


 べそべそ泣きだして手がつけられない。

 シャルランもめんどくさい主人を持ったものだ。


「説明しろ。なんで勘違いしたんだ。まさか最初っからウソか?」


「違いますよぉ。シャルランから話を聞いたときは、ほんとに兄かもしれないと思ったんです。あなたが僕と同じ魔法を使えるっていうので。でも、僕の兄は百合の精なんですよね。あなたが百合じゃないってことは、ひとめでわかる」


「ああ……」


 当然だ。おれは赤い薔薇なんだから……。


「そういうことなら、しかたない。だからもう泣きやめよ。おまえが泣いてるとこ見てると、なんかこう、イジメてやりたくなる……」


 ベリーヒトはいっそう激しく泣きだした。


「なあ、そんなことよりさぁ」と、リンデが言いだす。

 そういえば、さっきから、だまりこんで、どうしたのだろうか。


「おれ、気になることがあるんだよな」

「うん。なんだ?」


 リンデは一瞬、ためらった。

 それから、低い声でささやく。


「アイツじゃないんだよ」

「え?」


「ジムを殺したやつ、どっかで、かいだことのある匂いだって話したろ? だけど、あのフローランってやつじゃなかった。匂いが違う」


「なんだって?」


 もしそうなら、大変だ。

 フローラン以外に怪しい人物なんていなかったはずだ。


「フローランなら、兵士を動かせる立場にある。宮中での権力も持ってる。あいつが犯人なら、どんな手を使ってでも、必死にかくそうとする。あいつに違いないと思ったんだが……」


「おれの鼻はまちがってない」

「じゃあ、誰なんだ? 第一、それなら、なんで無関係のはずのフローランが真相をかくそうと……」


 エイリッヒは気づいた。


(そうか。犯人は、フローランがかばわなければならない人物。フローランが自分のことのように秘密を守ろうとして、しかも、おれたちが知ってる城内の人間。フローランの家族じゃない。おれたちは彼の家族を知らない)


 考えろ。誰だ?

 フローランが罪を自分でかぶってでも、おれたちに知られまいとした人物。それに値するのは?


 兵隊長? まさか。

 では、マルグリーテ? それも違うだろう。

 マルグリーテがそうなら、みずから、おれたちと接触して逃がそうとするはずがない。


 では、フローランが補佐する左大臣だろうか?

 いや、それも違う。左大臣には会ったことがない。


 ならば以前、リンデが言っていたように、名も知らない大勢の兵士のなかの誰かか?

 一介の兵士ごときに、フローランが、ここまで身をとして、かばってやろうとするだろうか?


(おかしい。あてはまる人間がいない。あとは王宮の人間と言えば、姫さまくらいだが……)


 いくらなんでも、そんなことがあるわけがない。

 あんな少女がが深夜に城をぬけだして、町で人殺しをかさねていたというのか?


 違う。そうじゃないんだ。

 何か大切なことを忘れているんだ。

 ぬけおちた記憶のなかに、犯人にたどりつく大切なヒントが、かくされているはずだ。


 それがわかっているのに、どんなに必死にたぐりよせても、失われた記憶はよみがえらない。


(もどかしい。なんで、おれは、こうなんだ。おれが、まともなら、とっくに犯人を言いあててるのに)


 エイリッヒが自分にイラだっていると、ふいにベリーヒトがエイリッヒのひたいに手をあてた。昨夜からの記憶が、あふれだすように、いっきに思いだされた。


「今の魔法……」

「ミダスなら、誰でもできることです」

「…………」


 なんだろうか。今、心の奥底にある、遠い記憶が見えた気がするのだが……。



 ——おれは、彼を、知っている——



 エイリッヒはリンデの声で我に返った。

「エイリッヒ。ぼんやりしてないで教えてくれよ。なんか、わかったのか?」


「ああ、いや……わかったよ。おれたちを犠牲にしてでも、フローランが守ろうとしたもの。なぜ、犯人は秘密にされなければならなかったのか。それは——」


 エイリッヒの告げた名を聞いて、リンデは、がくぜんとした。


「えっ……ウソだろ?」

「でも、それ以外、考えられない。おまえが犯人の匂いをかいだのは、あのときだ」

「たしかに……」


 心配なのは、シャルランたちだ。

 犯人が誰なのか知らない。

 会いに行ったりなどしなければいいのだが……。


「早く、ここから逃げだそう」

「わかった。おれ、ロープかなんか探してくる!」


 カラスに変身して、リンデが窓から飛びだしていった。

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