五章 死刑と監禁、でも真相は…… 4
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エイリッヒたちが入れられたのは、高い塔の最上階だった。
このすぐ上の屋上から、罪人が縛り首にされて、つるされるのだ。首吊りの塔という、ありがたくない異名を、さっき見張りの兵士が親切にも教えてくれた。
この不吉な呼称の塔で、ようやくエイリッヒは“彼”と対峙していた。
人形師ベリーヒト。
ふくいくたる香りの薔薇の精霊。
まだ少年といったほうがいいくらい細い、中性的な男だ。
薔薇の精だというから、豪華でトゲトゲしい美形を想像していたのだが、実物と想像は、ちょっと違う。
たしかに優美で、このうえなく美しいが、いつでもポキンとつみとられる覚悟ができているような、妙にたよりない風情がある。
「……あんたが、おれの弟か?」
長かった、この流浪の時。
記憶を失いながら、自分が何者かも知らず、一人さまよい続ける孤独。
でも、それも終わりらしい。
血をわけた弟が目の前にいる——
さすがに感動して、エイリッヒが手をさしのばしたとたん、相手は、あっけない一言で、エイリッヒの感動をこなごなに打ちくだいた。
「違いますよ」
「え? ちが……」
盛りあがりかけた気持ちが、いっきに、なえる。
「でも、おまえがベリーヒトなんだろう?」
「そうです。僕がベリーヒトです」
なんだろう。このほがらかな拒絶は……。
「じゃあ、おまえが弟なんだよな? シャルランがそう言ってた」
「ああ……すいません。あれなら、僕の勘違いです」
「勘違い? ふざけるなよ。たかが勘違いで、おれたちは捕まったってのか? 弟でなけりゃ、誰が好んで助けにくるっていうんだ?」
ちょっとイライラしてきて、エイリッヒは口調を荒げた。
ビクリと、ベリーヒトはすくむ。
「そんなふうに言われると……ツライです」
「ツライのはこっちだよ。せっかく、おれの失った記憶の一端でも、とりもどせるかと思ったのに」
ベリーヒトはむしょうに悲しげな目をした。
すごく、かわいそうなものを見る目で、エイリッヒを見る。それがまたシャクにさわる。
「……なんだろう? おまえを見てると、イライラする」
「ヒドイです。ヒドイです。イライラだなんて、ヒドイ……」
べそべそ泣きだして手がつけられない。
シャルランもめんどくさい主人を持ったものだ。
「説明しろ。なんで勘違いしたんだ。まさか最初っからウソか?」
「違いますよぉ。シャルランから話を聞いたときは、ほんとに兄かもしれないと思ったんです。あなたが僕と同じ魔法を使えるっていうので。でも、僕の兄は百合の精なんですよね。あなたが百合じゃないってことは、ひとめでわかる」
「ああ……」
当然だ。おれは赤い薔薇なんだから……。
「そういうことなら、しかたない。だからもう泣きやめよ。おまえが泣いてるとこ見てると、なんかこう、イジメてやりたくなる……」
ベリーヒトはいっそう激しく泣きだした。
「なあ、そんなことよりさぁ」と、リンデが言いだす。
そういえば、さっきから、だまりこんで、どうしたのだろうか。
「おれ、気になることがあるんだよな」
「うん。なんだ?」
リンデは一瞬、ためらった。
それから、低い声でささやく。
「アイツじゃないんだよ」
「え?」
「ジムを殺したやつ、どっかで、かいだことのある匂いだって話したろ? だけど、あのフローランってやつじゃなかった。匂いが違う」
「なんだって?」
もしそうなら、大変だ。
フローラン以外に怪しい人物なんていなかったはずだ。
「フローランなら、兵士を動かせる立場にある。宮中での権力も持ってる。あいつが犯人なら、どんな手を使ってでも、必死にかくそうとする。あいつに違いないと思ったんだが……」
「おれの鼻はまちがってない」
「じゃあ、誰なんだ? 第一、それなら、なんで無関係のはずのフローランが真相をかくそうと……」
エイリッヒは気づいた。
(そうか。犯人は、フローランがかばわなければならない人物。フローランが自分のことのように秘密を守ろうとして、しかも、おれたちが知ってる城内の人間。フローランの家族じゃない。おれたちは彼の家族を知らない)
考えろ。誰だ?
フローランが罪を自分でかぶってでも、おれたちに知られまいとした人物。それに値するのは?
兵隊長? まさか。
では、マルグリーテ? それも違うだろう。
マルグリーテがそうなら、みずから、おれたちと接触して逃がそうとするはずがない。
では、フローランが補佐する左大臣だろうか?
いや、それも違う。左大臣には会ったことがない。
ならば以前、リンデが言っていたように、名も知らない大勢の兵士のなかの誰かか?
一介の兵士ごときに、フローランが、ここまで身をとして、かばってやろうとするだろうか?
(おかしい。あてはまる人間がいない。あとは王宮の人間と言えば、姫さまくらいだが……)
いくらなんでも、そんなことがあるわけがない。
あんな少女がが深夜に城をぬけだして、町で人殺しをかさねていたというのか?
違う。そうじゃないんだ。
何か大切なことを忘れているんだ。
ぬけおちた記憶のなかに、犯人にたどりつく大切なヒントが、かくされているはずだ。
それがわかっているのに、どんなに必死にたぐりよせても、失われた記憶はよみがえらない。
(もどかしい。なんで、おれは、こうなんだ。おれが、まともなら、とっくに犯人を言いあててるのに)
エイリッヒが自分にイラだっていると、ふいにベリーヒトがエイリッヒのひたいに手をあてた。昨夜からの記憶が、あふれだすように、いっきに思いだされた。
「今の魔法……」
「ミダスなら、誰でもできることです」
「…………」
なんだろうか。今、心の奥底にある、遠い記憶が見えた気がするのだが……。
——おれは、彼を、知っている——
エイリッヒはリンデの声で我に返った。
「エイリッヒ。ぼんやりしてないで教えてくれよ。なんか、わかったのか?」
「ああ、いや……わかったよ。おれたちを犠牲にしてでも、フローランが守ろうとしたもの。なぜ、犯人は秘密にされなければならなかったのか。それは——」
エイリッヒの告げた名を聞いて、リンデは、がくぜんとした。
「えっ……ウソだろ?」
「でも、それ以外、考えられない。おまえが犯人の匂いをかいだのは、あのときだ」
「たしかに……」
心配なのは、シャルランたちだ。
犯人が誰なのか知らない。
会いに行ったりなどしなければいいのだが……。
「早く、ここから逃げだそう」
「わかった。おれ、ロープかなんか探してくる!」
カラスに変身して、リンデが窓から飛びだしていった。




