一章 人形師と小間使い、そして魔術師 2
このあたりは昔、大きな皇帝国の一部だったのですが、世は流れて、今では、いくつかの王国に分裂しました。
あたしとご主人さまが暮らすこの町は、そういう王国の一つバーバルランドの首都、アベルンでございます。
何年か前に引っ越してきました。
古い歴史的な建物の多い、たいへん美しい都です。
古い町なので、いろいろ特産品もあります。
とくに有名なのは、薔薇の花。
観賞用や香水用の薔薇が、咲きほこり、町中が色とりどりのドレスをまとったみたいです。
もちろん、そこを気に入って、あたしたちは、この町へ来たんですけどね。
ここなら、ご主人さまの香りも、香水や庭の花のせいですって言いわけできるし。ご主人は薔薇の精だから、体臭も薔薇の香りなんですよ。
それに、薔薇の花にかこまれているのは、ご主人さまにとって仲間にかこまれているようなものなので、孤独をなぐさめられるのです。
ちなみに、ご主人さまが一番好きなのは赤い薔薇。
だからかなぁ。
シャルランのメイド服も、ご主人さまの手作りで、たいてい赤なんですよね。なんてハデなメイドだって、みんなに言われて、ちょっと恥ずかしいんですけど。
でも、可愛いんです。この服。
そんなことを考えてるうちに、馬車はお城につきました。白亜の宮殿も庭じゅう薔薇だらけで、いい香り。
大理石のゆかをふんで、白い柱と金銀細工と薔薇の花で飾られたろうかを歩いていくと、やがて大広間です。
豪華けんらんな大広間には、大勢の臣下や商人などがいて、王さまにお目通りの順番を待っていました。王さまは毎日、たくさんの人の訴えを聞き、裁きをくだしているんですね。大変です。
その王さま。銅像は見たことあるけど、実物を見るのは、シャルラン、初めてです。
ん? こういうときは、拝顔たまわるとか、ご拝謁いただくとか、難しい言葉を使わないとダメなんですか?
シャルラン、そういうの苦手なんですよ。
ま、ともかくです。
王さまに会うのは初めてなんですけど、おっとビックリでございます。王さまっていうから、てっきり老人かと思ったら、意外と若い三十代のイケメンでございました。
黒髪に、はしばみ色の瞳。肌の浅黒い黒薔薇さんです。
もちろん、この黒薔薇さんは比喩ってやつですよ?
「陛下。これが例の人形師の召使いでございます。なにぶん、ベリーヒトは病弱なもので、外出に差しさわりがあるため、本日は名代として、この者をよこしました。しかし、仕事は喜んで受けるとの返答にございます。いかような品でも心して作りあげましょう」
えっ? ご主人さまって病弱なんですか?
あたしがおどろいていると、王さまは白い歯を見せて笑いました。
「アネル(フローランさんの名前。フルネームは、アネル・ヴィヴィネル・デリト・ル・フローラン)。ウソはよい。天才人形師ベリーヒトが、たいそう変人であるとは、余も聞きおよんでいる。来たくないのならば、むりに、まかりこすことはない。要は仕事の出来だからな。お嬢さん。名前は?」
「はい。シャルラン・エリージェンです。いちおう、今は、そういうことになっております」
フローランさんがあきれた顔で、つぶやきました。
「いちおう、今は……」
だって、引っ越すたびに、ご主人さまが名前を変えるんですよぉ。シャルランだって、ずっと同じ名前のほうがラクでいいです。
王さまは、くすくす笑いました。
「主人が主人なら、召使いも召使いだ。おもしろい娘だな。だまっていれば、白薔薇のように可憐だが。
シャルラン、余の姫に会い、望みの人形を聞きだしてはくれぬか。そなたのような者なら、姫も心をひらくやもしれぬ」
「はい。がんばります!」
王さまは、ちょっぴり憂い顔(なぜ?)。
あたしはフローランさんと、お姫さまのところへ行くことになりました。
でも、その前に、王さまがフローランさんを呼びとめました。
「アネル。して、断崖の魔術師は、どうなった?」
「申しわけありません。何度も使いを送るのですが、けんもほろろのあつかいにございます」
「やつの魔法の腕は、そうとうなものだと聞くが」
「陛下。あやつには何かと黒いウワサもございます。招待に応じぬならば、このまま放置なさってはいかがでしょう」
「余は姫の喜ぶ顔が見たいのだ。必ず、近日中につれてまいれ」
「かしこまりました」
王さまはご主人さまだけでなく、断崖の魔術師も呼んでたんですね。
あたしもウワサだけは聞いたことあります。
人間の生き血をすするとか、子どもの心臓を魔神に捧げてるとか、そんなふうに言われてる怖い魔法使いですよ。
呪われし愚者とかいう変なあだ名がついてます。
「王さまはなんだって、断崖の魔術師なんて、お呼びになるんですか?」
ろうかに出たところで、あたしは聞いてみました。
フローランさんは、ため息をつきました。
「あいつが人の思い出を宝石にできるというウワサがあるからだ。その宝石をにぎりしめれば、思い出のなかの人と会うことができるのだそうだ」
あたしは、ギクリとしました。
ギクリ&ビックリです。
(思い出の結晶化……それって、まさか?)
いえいえ。まさか。そんなことがあるわけございません。相手は人間を殺す悪い魔法使いなんですから。
でも、ちょっと気になるウワサではありました。




