四章 原因はビュリオラ、いろんな意味で 6
エイリッヒさんのようすが変です。
いえ、変なのは、いつものことなんですけどね。
なんだか元気がないっていうか、思いつめた感じなんですよね。
ご主人さまの手作りの絵本を読んでたせいみたい。
いったい、どうしちゃったんでしょうか。
でも、あたしに対する態度は前より紳士的になりました。優しすぎて、怖いです。
それはともかく、あたしたちは無事に港へやってきました。
「港は広いですけど、どうやって船乗りさんを見つけたらいいんでしょう」
すると、リンデさんが、
「やみくもに探しまわっても目立つだけだろ。なあ、エイリッヒ? やっぱり、まず、人魚のいけすで聞くのが一番だよな」と言いました。
いつものエイリッヒさんなら、「ああ、そうだな」とか、「おまえに任せる」とか、なんか言いそうなものなのに、物思いに沈むように、だまりこんでいます。
「おい、エイリッヒ。しっかりしてくれ。正念場だぞ。いくら、おれたちだって、肉体を失うと死ぬんだからな。火焙りなんて、ごめんだ」
「え? ああ……」と、この調子。
朝は早いけど、市場も近いので、けっこう通行人がいました。髪を黒く染めても、エイリッヒさんは人々の目をひく美形なので、ウカウカしていられません。
というのも、さっき、お城のほうから、馬に乗った兵隊さんが来て、通りのあちこちに、おふれ書きを貼っていったからです。
エイリッヒさんの似顔絵でした。
あたしたちの似顔絵はなかったけど、仲間に黒ずくめの男と少女って書いてあります。
やっぱり、罪人になっちゃいましたね。
「急ごう。姫さん、まだ歩けるか? おぶってやろうか?」
リンデさんはエイリッヒさんのぶんも、がんばってます。いつも何かと苦労が絶えませんね。
「わたしなら平気よ。毎日、庭をかけまわってるもの」
姫さまはローズちゃんをかかえて、上機嫌。
あたしたちが通りすがりの人に怪しまれないですんでるのは、姫さまがいるからでしょう。姫さまが、はしゃぎまわるので、観光に来た旅人だと思われてるみたい。
人魚のいけすに来ると、お店は休業中。
でも、おかみさんが窓から、あたしたちを見て、とびつくように扉をあけました。
「ミケーレ。あんた、よく無事で……役人が、あんたを探しまわってるよ。あんたがマチルダを殺したって言うんだけど、そんなはずないだろ?」
心配してくれるのは嬉しいんですけど、変装はバレバレなんですね……。
「はっきり、おぼえてないが、どうも違うらしい。それで、聞きたいことがあるんだ」
親しげなおかみさんの態度に、エイリッヒさんは、ちょっと迷惑そう。きっと、おかみさんのことも、おぼえてないんですね。おまえ、誰だと言いださないのは、エイリッヒさんなりの気遣いなのかも。
しょうがないので、あたしとリンデさんが事情を説明しました。
おかみさんはリンデさんを見て、うなずきます。
「ああ、それで、あんた、夜中にも来たんだね。たたき起こされて寝不足だけど、そういうことなら、まあいいよ。
あんたたちの探してるのは、おしゃべりジムだ。ミケーレ、あんた、ジムのこと、おぼえてないのかい? マチルダが、あんたにベッタリなんで、よくからんできただろ?」
「ふうん。そうなのか」と、エイリッヒさんは他人ごとみたい。
でも、気にはなったみたい。
「ということは、そいつはマチルダに気があったのか」
「まあ、しつこく、くどいてはいたよ。マチルダはバカにしてたけどね。だから、あんたのことをそうとう恨んでたねぇ。ジムの証言だって言うから、怪しいもんだとは思ってたんだ。きっと、あんたに仕返ししたかっただけだね。ほんとに見たかどうかも疑問だよ」
ええと……つまり、マチルダさんにふられた腹いせってことですか? ヒドイですねぇ。そんなことで無実の人を殺人犯にするなんて。
あたしは憤りました。
「なんて人でしょう。ゆるせませんです」
エイリッヒさんは納得しています。
「これで、偽証に素地があることはわかった。あとは本人に聞くだけだ。おしゃべりジムは、どこにいる?」
「あいつの乗ってる船は、とうぶん港を出ないからね。宿にでもいるだろうよ。行きつけは、黒炭亭さ」
「炭でできてるんですか?」
あたしが聞くと、おかみさんは笑いました。
ちなみに、髪をアップにして、青いドレスを着たあたしのことに、おかみさんは気づいていないみたいです。
「あんたみたいな金持ちの行く宿じゃないからね。木賃宿さ。炭代さえ払えばいい、ざこねの宿さ」
よくわからないけど、安宿って意味みたいです。
おかみさんに場所を聞いて、黒炭亭に行くことになりました。
外に出たところで、リンデさんが提案しました。
「四人で動きまわると目立つ。それに、ああいう宿は、低賃金の労働者が行くところだ。ドレス着た女がうろついてたら、それだけで変だ。シャルランと姫さんは、どっかで待ってろよ」
「ええっ」
「おふれを見ろよ。役人が追ってるのは、エイリッヒだ。離れてるほうが、二人のためでもあるんだ。ほら、あそこに見える上等な宿なら、女二人でも安全だ。おれたちもジムを問いつめたら、ちゃんと合流するから」
「しょうがないですねぇ」
あたしはともかく、これ以上、姫さまに危ないマネはさせられませんからね。
「わかりました。じゃあ、あとで必ず来てくださいね」
なんででしょうねぇ。
ぼんやりしているエイリッヒさんを見送るのが、とても心配でした。これきり、もう二度と会えないんじゃないかって、思ったりして……。
そんな気持ちに気づいたのでしょうか。
歩きかけてから、途中で、エイリッヒさんがひきかえしてきました。
「シャルラン。帰ってきたら、おまえに大事な話がある。忘れないように手帳にも書いておいた」
そんな真剣な顔されたら、よけい心配じゃないですか。
エイリッヒさんは、じっと、あたしを見つめたあと、ためらうように手を伸ばしてきました。あたしの髪を優しくなでます。
それから……ほんの一瞬のことです。
すばやくおりてきたエイリッヒさんのくちびるが、あたしの口をふさぎました。
あたしってば、どうしちゃったんでしょうね。
なぜか、イヤじゃなかったです。




