五章 地下牢と冒険、それに……恋? 3
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なんでしょうか。
仮眠をとってから、エイリッヒさんとリンデさんの視線が変です。
「なんなんですか? さっきから、いやにジロジロ見ますね」
「それは、おまえが——」
言いかけるリンデさんを、エイリッヒさんが押さえます。
「しッ。今は逃げることに集中しよう」
というわけで、差し入れのカギを使って、あたしたちは牢屋をぬけだしました。地下は、まるで迷路です。
「古い戦乱の時代に敵をさそいこんで出られなくさせたか、あるいは罪人の追放の地だったのかもしれないな」と、エイリッヒさんが解説してくれます。
「ふにゅう。出口がわかりません」
「正規の出口は兵士が見張っている。見つからずに逃げだすことは不可能だ」
「どこかに別の出口はありませんか?」
「大気の流れで調べてみよう」
エイリッヒさんは虚空を見つめて動かなくなりました。
ちょっと怖いです。エイリッヒさんは美男子なので、動かないと人じゃないみたいです。あっ、人じゃなかったですね。
「……この地下迷路には、地上へ通じる出口が複数ある。この近辺は石灰岩質の地層だ。自然にできた鍾乳洞に、人間が手をくわえたんだな。
一部が王宮の地下につながっているということは、いざというときに逃げだすための隠し通路にしていたんだろう」
「じゃあ、その道を通って逃げられますね」
「いや。今は地下牢以外の場所に通じる道は、すべて鉄の扉や岩石でふさいであるみたいだ。ふさがれていないところは、兵士が見張っている」
「そんなぁ。どうするんですか?」
話していると、リンデさんが急に言いだしました。
「こっちだ。この匂い」
手招きするので、あたしとエイリッヒさんは、ついていきました。
枝わかれする暗い地下道。
リンデさんを追って歩いていきます。
すると、前方に、わずかな光が見えてきました。天井のあたりです。近づくと、その手前で数段の階段になっていました。
「階段が天井に消えてます」
「こういうのは、仕掛けがあるんだよ」
そう言って、リンデさんが天井に手をかけました。光の筋が、みるみる太くなっていきます。そこだけ、あげぶたになっていたのです。
「秘密のぬけ穴だ」
「よかったぁ。シャルラン、暗闇は苦手なんですよぉ。オバケが出てきそうな気がするんです……やっと明るいところに出られるんですね」
「明るくはないよ。外も夜だ。礼拝堂のなかみたいだな。祭壇が見える。
リンデさんは、すきまからのぞいて報告してくれます。
が、サッと頭をひっこめました。
「人がいる」
真夜中の礼拝堂に?
えっと……それは、オバケ的な何か……。
「ご安心ください。わたくしです」
人間の声がしました。
天井のすきまから、ささやく声は、あの差し入れをくれた侍女さんです。
ほっと胸をなでおろし、あたしたちは秘密のぬけ穴から、まっくらな礼拝堂へ侵入しました。
とりあえず、地下は脱出ですね。
「いっこうにおいでにならないので、心配しました。地図を見てくださったんですよね?」
地図? そんなの、ありましたっけ?
あたしたちが首をかしげていると、侍女さんは、おでこに手をあてました。
「あ、やっぱり、気づいてもらえませんでしたか。じつはパンの裏に針で彫って、地図を描いておいたのです。すみません。まぎらわしいことをして」
パン……シャルランがモシャモシャいただいたやつですか。うっ。エイリッヒさんとリンデさんの視線が痛いです。
「そういえば、なんか模様があった気がします。オシャレなパンだなって……てへっ」
リンデさんが牙をむきます。
「てへっ、じゃねえよ。おれが、この人の匂いに気づいたから、よかったようなものの。でなきゃ、おれたち永遠に地下の迷路をさまよってたとこだぞ」
「わあっ、スゴイですね。匂いでわかったんですか」
「うん、まあ。この姿でも、人並みよりは嗅覚も聴覚も——って、こらこら。ごまかされるか。反省しろよな。このドジっ子」
「す……すみませんです」
まあまあと、侍女さんがなだめてくれました。
「急ぎませんと、あなたがたが牢屋からいなくなったことに、見まわりの兵士が気づくかもしれません。早々に城をぬけだしませんと。わたくしがご案内いたしましょう」
待てよと、リンデさんが呼びとめます。
「あんた、なんで、おれたちに、ここまでしてくれるんだ」
あ、そうか。リンデさんたちは侍女さんのこと知らないんでした。
「それはですね」と、あたしが説明する前に、柱のうしろから、小さな影がとびだしてきました。
「わたしが、たのんだのよ」
抱きついてきたのは、もちろん、姫さまです。
「姫さままで来てたんですか」
「だって、ベリーヒトの召使いが殺人罪で捕まったって聞いて、心配で寝られなかったんだもん」
「ええっ。あたしも同罪なんですか? それはヒドイです。フローランさん」
「そうよ。フローランは横暴すぎるわ。ベリーヒトの召使いが人殺しなんかするわけないのに。だから、逃がしてあげようと思ったの」
「ありがとうございます、姫さま。でも、あたしのことは、シャルランって呼んでくださいね。それで、こっちはお友達のリンデさんと、エイリッヒさん。エイリッヒさんはですね——」
断崖の魔術師なんですよねと言おうとしたら、エイリッヒさんが、そっと首をふりました。だまってろってことですか?
「わかったわ。シャルラン、リンデ、エイリッヒ。さ、今のうちに逃げて。城壁のところまでは、わたしたちが案内してあげる」
みんなで一列になって、参列席のあいだを歩いていきます。ピクニックみたいで楽しいです。
そのとき、とつぜん、キイッと音がして、外から扉がひらかれました。
ヤバイです! 誰か、やってきました!
あたしたちは大あわてです。
バラバラになって、参列席のあいだに、しゃがみこみます。
ひらかれた扉から月光がさしこみ、黒い人型のシルエットが浮かんでいました。背の高い男の人みたいです。
その人は、かくれてるあたしたちには気づかないようでした。みなさん、すばやかったですからねぇ。
そういうあたしも、変なカッコでイスの下にすべりこんじゃって、苦しいです。
なんか床が妙にゴツゴツ……?
というか、むしろ弾力があって、でこぼこ?
それに、生あったかいし……。
「生あったかいのは、おまえが、おれを下敷きにしてるからだ」
耳元で声がするので、よく見ると——
きゃあッ。エ、エ……エイリッヒさん!
「バカ、バカっ。何してるんですかっ」
「おまえが、おれを押し倒したんだろ?」
「そんなことしません」
「したんだよ」
「しません」
「静かにしろよ。気づかれるだろ」
あう……っ。そうでした。
だからって、この人、どこさわってるんですか。
なんか、エイリッヒさんの両手が腰にまわってきますよ。
「離せ。ふとどき者——です」
「おまえ、いい匂いがするな。薔薇の香りだ。なつかしい」
ええっ? またですか? また“白薔薇!”ですか?
しかも、今?
こまったなぁ。ここでは、パーンチもできないし……。
入口の人影は、あたしたちのコソコソ声に気づいたのか、念入りに周囲を見まわしています。
「誰か、いるのか?」
どっかで聞いたような声ですねぇ。
すると、座席のかげから黒猫がとびだして、ニャアと鳴きました。
えっ? どこから猫さんが。
でも、ありがとう!
人影は、ほっとしたように息をつきました。なかへ入ってきます。座席のあいだを歩いていく姿が、ステンドグラスからさしこむ月光にてらされました。
声に聞きおぼえがあるはずです。
なんと、王さまではないですか。
王さまは一直線に歩いていくと、祭壇の前にひざをつきました。両手をあわせてお祈りを始めます。
つぶやきが聞こえました。
「デルトリーネ……」
女の人の名前ですね。
亡くなったお妃さまでしょうか。




