三章 地下牢と冒険、それに……恋? 2
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エイリッヒが目ざめたとき、天井あたりにある小さな窓から月光がさしこんでいた。兵隊が手薄になる深夜まで、仮眠をとったのだ。そろそろ、いい時刻だ。
すでにリンデは目をさましていた。
狼にしろ猫にしろ、コウモリにしろ、夜行性の生き物だ。リンデは昼より夜のほうが活動に適している。ことに、こんなふうに月の明るい夜が、彼は好きだ。
リンデがニカッと犬歯を見せて笑う。
「いい夜だな。気持ちがいい」
「おまえ好みの夜だな。こんな日には力が倍増するんだろう?」
「満月の夜ほどじゃないけどな。おれは、あんたみたいに、いろんな魔法は使えない。変身して、動物としての能力を発揮するだけだ。いろいろできる、あんたがうらやましいよ」
「おれだって、今はもう、ろくな魔法は使えない。太古にかわしたエレメンツとの契約があるから、多少、元素の力を利用できるだけだ。
かつてのおれは、もっと多くの力を有していた。そのころの力の余韻が、体の奥底に感じられる。今も世界のどこかに、あの力が存在しているのだと思う。クモの糸のようなもので、かすかに、おれとつながっている」
「あんたも難儀だなぁ。エイリッヒ」
「その名前も、ほんとのものではないからな。真の名は、とっくに忘れた。おれは一度、死んだはずなんだ。そのときに多くの大切な記憶が失われた」
「忘れたなら忘れたで、いいじゃないか。失った力をとりもどそうと、あがくときのあんたは、ときどき怖いときがある。
おれは、これまで邪まな心に呑まれて悪鬼と化した精霊を、何人も見てきた。家族や友人や恋人を、人間に殺され、復讐のために、悪しき化け物になりはてたやつらを。
やがて、その魂は邪悪に染まり、悪魔になる。もう精霊じゃない。死んでも精霊として、よみがえることはできない。
おれは、あんたに、そんなふうになってもらいたくないんだよ」
「おまえにとって、おれは親代わりだからな」
もっとも、エイリッヒ自身には、どのようにして自分がリンデを育てたのか、ほとんど記憶にないのだが。
「でも、リンデ。自分がかりそめの命しか与えられていないと自覚しながら、夢を見るように生きるのは、もどかしい。
胸の下で、今も、かつて引き裂かれた傷が血をふいているのが、わかるのに。その傷を見ることも、ふれることもできない。なぜ自分が苦しいのかさえ、知るよしもない。
この形の見えない不安。いっそ傷口をこの目で見て、おれは瀕死なんだと知りたいんだよ。でなければ、一歩も前へ進めない」
「エイリッヒ……」
泣きそうな目をしたリンデの顔は、ふしぎと、これまでに何度も見たという感覚が、たしかにある。
こんなときには、リンデとのあいだの強い絆を感じることができた。
自分はたぶん、リンデがいなかったころは、もっと、すさんでいたのだろう。じだらくで自暴自棄になっていたのだろう。
誰のことも記憶に残っていないのが、その証拠だ。
世界中のあらゆることに無関心で無頓着で、絶望のなかを無為に流されてきたのだ。
でも、今は違う。
「大丈夫。おまえの声が、きっと、おれを正しい道にふみとどめてくれる。これからさき、どんなことがあっても」
「なら、いいけど」
急に照れたように、リンデは話をそらした。
「そろそろ、小娘、起こしてやるか。置いてったら、泣くだろうからさ」
そう言って、背後をふりかえったリンデは、うわッと声をあげて、おどろいた。
「どうした? リンデ」
「エイリッヒ。こいつ——」
リンデの指さすさきを見て、エイリッヒも驚がくした。




