三章 地下牢と冒険、それに……恋? 1
「わあ、なんですか、ここ。暗いです。ジメジメです。キノコ栽培場ですか? いえ、むしろカビ? カビを育ててるんですか?」
ガチャンと背後で、地下牢の鉄格子がしめられる音を聞きながら、あたしは物珍しさに、ちょっと興奮していました。
リンデさんがトゲのある声で応えてきます。
「なんで地下牢入れられて、そんな快活でいられるんだ。おまえの脳ミソも、たいがいカビてるぞ」
「あーあ、リンデさん。カリカリしてますねぇ」
「おれは、ふつうだよ。おまえが、おかしいの」
「そうですかぁ? ここが地下牢ですかぁ。(被害妄想のご主人さまから)さんざん話には聞きましたけど、入れられたのは初めてですぅ」
あははっと笑うと、イラッと来たように、リンデさんは、こぶしをにぎりしめました。
「あ……あぶねぇ。女じゃなかったら、なぐってた」
「そんなに思いつめないでくださいよぉ。フローランさんだって言ってたじゃないですかぁ。あたしたちが、ここに入ってるあいだに殺人事件が起きたら、あたしたちは人殺しじゃないって。そしたら、すぐ出してくれるそうですよ。悪いことしてなければ出られますって」
あれ? なんででしょうね。
リンデさんとエイリッヒさんは、よけい思いつめたみたいですよ?
「なんですか? まさか、身におぼえがあるとでも?」
「あるような」と、リンデさん。
「あるんですか?」
「ないよ」と、エイリッヒさん。
「ないんですか?」
「いやいや、やっぱり、あるような」と、またまたリンデさん。
「どっちなんですか!」
エイリッヒさんは断言しました。
「おれはないよ」
ならば、よし、と思っていたら、エイリッヒさんは続けて言います。
「でも、リンデが言うには、おれは昨夜、酒場の路地裏で、女の死体を前にナイフをにぎりしめていたらしい。おれが……殺したのかもしれない」
「ええ……」
なんでしょう。
今までにないほど強い、この残念感は。
エイリッヒさんは、さみしそうに笑いました。
「そんな目で見るなよ。おれだって、自分が人殺しだなんて思いたくない。でも、しかたないだろ? 事実がそう告げている」
あれ? なんか……なんでしょうか。
心臓のとこが、きゅんってしたような?
「なんで……エイリッヒさんが人殺しなんて、するんですか?」
「さあな。おれには記憶がないが、町で徘徊しているあいだに、あっちこっちで女の世話になってるらしいからな。痴情のもつれってやつかもしれない」
自嘲的な笑み。
なんなんですか。
さっきから、胸が痛いですよ。
「それに、おれは薔薇の香りをかぐと、変になるし」
「なんでですか?」
「さあ。おれが、こんなふうになったことと関係してるらしい」
それだと、ご主人さまに会わせるのは、ちょっと考えものですねぇ。ご主人さま、バッチリ、薔薇の香りですもんね。
そういえば、ご主人さま、心配してますかねぇ?
あたしが帰ってこなくて。
「こまりましたねぇ。もし、ほんとに、エイリッヒさんの仕業なら、あたしたち、ここから出られないじゃないですか」
「おまえたちは関係ない。万一、おれがやったことだとしても、おまえたちは出してもらえるよ。だいたい、なんで、おとなしく、ついてきたんだ」
リンデさんは肩をすくめました。
「なんでって、おまえを見すてて逃げられないだろ」
「あたしは……なんでだろ。なりゆきですかね」
エイリッヒさんは笑いました。少し明るさがもどっています。エイリッヒさんが楽しそうだと、あたしも嬉しいです。
「なりゆきで地下牢に入れられてるなよ。バカなやつだな」
「そうなんです。おっちょこちょいだって、ご主人さまにも言われますです」
えへっと舌を出すあたしを、なんか言いたそうな目で、リンデさんが見ていました。
やっぱり、おまえもそうなるんだよね、とかなんとか、わけのわからないことをブツブツ言ってましたけど、気をとりなおしたようにたずねます。
「で、エイリッヒ。どうするんだ? このまま捕まってるのか?」
「おまえは逃げだせるだろう? リンデ」
「そうだけど、ここで一人で逃げだすくらいなら、最初からついてこない。牢屋のカギを見つけてこいって言うなら、探してくる」
「おれは……いいんだ。おれがほんとに人殺しなら、このまま人間の手で処刑されるのも悪くない」
とか言ってたのに、やっぱりかわいそうな人ですねぇ。
五分後には、自分がなぜ牢屋にいるのかも、ここが牢屋だってことも、きれいサッパリ忘れていました。
でも、ちょっとだけ進歩があったんです。
あたしを見たときの反応が、今までと違ってたんですよぉー! 嬉しいです。
「ん? 白ば……いや、なんだろう。前に会ったことあるか?」
「ありますよぉ。シャルランですぅ」
へえ、と言って、リンデさんも感心しました。
「スゴイな。おれが、こいつに、こんなふうに言われるまでに一年かかったんだ。エイリッヒ、気にかかってることだけは、かろうじて記憶のすみに残るらしくってさ。気長に待てば、ちゃんとおぼえてくれるんだ」
「じゃあ、あたしのこと、気になってるんですね」
あたしは喜んでたんだけど、エイリッヒさんは鼻で笑います。
「おれが、こんな乳くさい小娘に気がある? バカ言うなよ。おれが好きなのは、もっと優雅で色っぽい大人の女だ」
むうっ。ガマン。ガマン。エイリッヒさんは病気なんだから。でも、シャクですねぇ。
むくれていると、鉄格子のむこうで、石だたみをふんで足音が近づいてきました。制服を着た兵隊さんと、姫さま付きの、あの侍女さんです。
「囚人。差し入れだ。このかたの厚意で、囚人にはもったいないほど豪華な食事だからな。心して食えよ」
大きなお皿に鳥の丸焼き。ふかしたジャガイモとグリーンピース。パンにバター。水がめには冷たい清水です。
「わあ。ありがとうございますぅ」
と言っても、あたしに食べられるのは、パンだけです。
いえ、親切にしてもらったんだから、感謝しなくちゃですね。
ありがたく受けとると、去りぎわに侍女さんはVサインをしました。うーん。謎な人です。
「肉! 鶏肉ッ!」
お皿が牢屋に入ってきたとたん、フウフウうなって、リンデさんが肉をくわえて、すみっこへ行きました。壁にむかって、バリバリかじっています。ワンちゃんかネコちゃんみたいですねぇ。
「なんか、今までのリンデさんと違う」
エイリッヒさんが苦笑しました。
「ほっといてやってくれ。リンデはいろんな動物が複雑に混血した獣の精霊なんだ。肉や魚を見ると、我を忘れてしまう。もし、どうしても、おまえが肉を食いたければ、リンデから、うばいとるしかないが……」
「いえ。いらないです」
「うん。やめたほうがいい。以前、野生のヒグマがリンデとサケをうばいあって、半死半生のめにあった。日記に書いてあったくらいだから、よっぽどスゴイ争奪戦だったんだろう」
話しながら、エイリッヒさんは水がめをのぞいて「なんだ。ただの水か」とか、「バターじゃなくハチミツならよかったな」とか、文句をこぼしていました。
けっきょく、しょうがなさそうに、グリーンピースにフォークをつきさしています。
あれれ? 変ですね。ご主人さまのお兄さまなら、光合成じゃないんですか?
エイリッヒさんが不思議そうな目で、あたしを見ます。
「どうした? おまえは食べないのか?」
「じゃあ、いただきます」
あたしはパンにバターをたっぷりぬって、かじりました。バケットはかたくて、あんまり好きじゃないんですけどねぇ。
あたしが好きなのは、ビスケット。飲み物はミルク。
ふわふわの生クリームをつけて食べるんですよ。
「バケットはギリギリ乙女ですよね。サンドイッチは不可。でも、ジャムサンドはオッケー。乙女的食べ物じゃないと、元気が出ません」
「変なやつだな。おまえは人間なんだろ?」
「もちろんですよ。小さいときに、ほんとのお父さんとお母さんが死んじゃったみたいなんですよぉ。ご主人さまがひろって育ててくださったんです。ラッキーでした。シャルラン」
「信じられない。なんなんだ。この翳りのカの字もない陽気な、みなしごは」
「え? そうですか? ご主人さまは、ほんとに、いいかたなんですよ。ちょっと、たよりないとこはありますけどね。でも、人が傷ついてるとこを見ると、自分のことみたいに泣きだしたりして……あれ? やっぱり、たよりないですか?」
くすりと、エイリッヒさんは笑いました。
「なるほど。それでか」
「それでなんですぅ」
話してるあいだ、すみのほうで、ずっと、ガリガリふうふう聞こえて、動物園のランチタイムみたい。
ポイっと骨をなげて、リンデさんが立ちあがりました。
「……食った。食った。満足。満足ーーシャルラン、おまえ、食うの遅いなぁ」
「リンデさんが早すぎるんですよぉ——ん? か……かたい」
なんか、ガリィッてきましたよ。
ビックリして、バケットを口から離すと、白いところがくりぬいてあって、なかから金属がのぞいていました。
「あれれ、なんでしょう。これ」
「カギだな」
同じようにのぞいてきて、リンデさんが言いました。
ひっぱりだすと、たしかにカギです。
「もしかして、牢屋のカギなんじゃないか?」
おお、Vサインの意味は、これでしたか。
「わーい。これで外に出られますね!」
リンデさんが、あわてます。
「大声出すなよな。見張りの兵隊が来るだろ」
「すみません……」
「エイリッヒ。これ使って逃げるか?」
「なぜ逃げないわけがあるんだ?」
ですよね。
いざ、逃げだしましょう。




