二章 伝説と予言の青い薔薇、そして殺人鬼 5
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ご主人さまをせかして、大急ぎでお屋敷へ帰りました。
ご主人さまは仕事部屋へ直行です。
あたしは、そのすきに、そうっとお屋敷をぬけだし、断崖へ猛ダッシュ。
「こんにちはァ。お兄さまぁ。リンデさーん。どなたかいませんか? おーい、あけてくれないと、玄関ぶちやぶっちゃいますよぉ」
なんか、すごい速さで走ってくる足音がして、扉が思いっきり、ひらかれました。
「やぶるな! おまえが言うと冗談にならんわ。この怪力女!」
出てきたのは、リンデさんです。
「す……すみません。でも、どうしてもお話がしたくてですねぇ。あの、お兄さまはいらっしゃらないんですか?」
「誰が誰のお兄さまだよ」
「エイリッヒさんですよぉ。別名、ミケーレさん」
「……やっぱり、おまえも捕まったか」
「は? 捕まるのは、ミケーレさんですよ? お城で聞いてきたんですけどね」
わけを話すと、リンデさんは頭をかかえました。
「早ぇよ! もうバレたのかよ?」
「あのぉ? まさか、ほんとにエイリッヒさんがマチルダさんを殺したんですか?」
リンデさんは青い顔で、うなりだしました。
そこで、ふっと思いだしたんですが、そういえば断崖の魔術師は、たくさん人を殺してきた悪いヤツでした。
「ああッ! そうでした! ご主人さまのお兄さまだからって、悪いやつは悪いやつです。成敗しなくちゃなのでした!」
「待て待て待てって。おまえは、なんでそう短絡的なんだ。違う。違う。今、さらっと気になるワードが出てきたんで、説明してやるけどな。生皮はいで、はく製とか、シチューとか、骨メイドとか、あれ全部、おれたちが流したデマだ」
「デマ?」
デマとは流言。
つまり、作り話ってことですよね。
「そう。デマ。ウソ。ほら話。だからだな。エイリッヒはスゴイ人嫌いなんだよ。みんなから怖がられて、さけられるように、わざと恐ろしいウワサ話を自分で流したの。ほんとは、ただの厭世家の魔法使い。人間を殺したことは一度もない」
シャルラン、感激です!
「そうですよね! お兄さまが、そんな悪い人なわけないですよね! よかったです。信じてましたよぉ」
「さっきまで成敗とか言ってなかったか?」
「え? 誰が?」
リンデさんは、ため息をつきました。
「……今までは、そうだったんだけどな」
ちろっとリンデさんが奥のほうに視線をなげると、そこに、エイリッヒさんがすわっていました。シャルランを見て、にっこり笑って近づいてきます。
「白薔薇」
またですか。
「いくら、ご主人さまのお兄さまでも、ちかん行為はゆるしませーん!」
パーンチ——の前に、リンデさんが、エイリッヒさんの肩をつかんで、ひきもどしました。
「ああ、もう。おまえら、いいかげんにしてくれ。おれ、こんなことばっかしてたら、絶対、早く老ける」
「ええッ、だって、しつこいのはエイリッヒさんのほうですよぉ。昨日から何回めですか?」
「しょうがねぇよ。こいつ、おまえのこと、おぼえてねぇもん。エイリッヒにとって、おまえは三十分ごとに初対面なんだよ」
「何を言ってるんだか、わかりません」
「エイリッヒは病気なの。三十分ごとに記憶が消えてしまうんだよ。誰のこともおぼえてないし、自分がどこで何してたのかも、わからなくなるんだよ」
シャルランは腕をくんで考えました。
「それって、おバカってことなんじゃ?」
「違う! 頭の働きは、すこぶるいい。おい、エイリッヒ。123456×654321は?」
「80779853376……かな」
「じゃあ、654321÷123456は?」
「5.300034020217……もういいか?」
ああッ、ついてけません!
「難しすぎて答えがあってるかどうかすら、わかりません! さすがはご主人さまのお兄さまです!」
「だから、記憶がなくなるのは、頭が問題じゃないんだ。ハッキリした原因は、おれも知らないんだが……っていうかさ。さっきから言ってる『ご主人さまのお兄さま』って、なんだよ?」
「それは、ええと……」
いきなり精霊と言うのは、マズイですかねぇ?
エイリッヒさんが、ほんとに記憶の結晶化ができるかどうか確認したわけじゃないし、もしも、ただの人間の魔法使いなら、ご主人さまのこと悪用しようとするかも?
「……ご主人さまには、生き別れになったお兄さまがいるんですよ。それが、エイリッヒさんじゃないかと思うのです」
「なんで?」
「なんでって……」
さて、どうしましょう。




