悪の組織、辞めます! 〜自由すぎるターゲットに耐えられません!〜
ずらりと並んだモニタの中に、ターゲットの様子が映り込んでいる。主任の男は、もう少しではじまる会議に胃をキリキリさせながら、数人いる部下に指示を出した。
「まだ寝てるのか。今日はターゲットが起きたら、家にいても聞こえるように大声で『ねこさば』と言うように。ターゲットが今日公開する予定の、SF風の異世界転移小説だ。……私はこれから会議だからね、よろしく頼むよ」
「はい。わかりました! 主任!」
「まったく、嫌がらせを恐れて書かなくなることなんてあるのかね、このターゲットは」
主任の男は胃をおさえながら、よろよろと会議室の扉を開けた。ターゲットのことを報告しなくてはいけないと思うと、胃袋だけでなく、こめかみまでズキズキとしてくる。
対象Aは「小説家になろう」で作品を公開しているアマチュア小説家である。作品ストックを何本か有しており、この半年ほど、ほぼ毎日小説の更新をしている。
組織は何度か、Aに嫌がらせを敢行した。予約投稿してある小説のタイトルや登場人物名をすれ違いざまにつぶやき、「なぜ公開前なのに知っているのか!?」と恐れ慄かせようとした。
結果は惨敗である。Aはフフンと鼻で笑うと、iPhoneのメモに状況を書き記し、不正アクセスの疑いを警察に相談し、SNSで内情暴露をした。
暴れすぎだろう──。
引きこもりのくせに、気性が荒いことこの上ない。加えて、非常に気まぐれで、後日公開予定だった作品や新作を急に割り込み公開する。なかでも困るのは、作品ジャンルが幅広く、作風も落差が激しいことである。
主任の男は、会議室にやってきた上司が席につくのを待って、椅子に座った。
「状況は?」
「かんばしくありません……」
会議室の時計の針がカチカチと動く音が気になる。一秒がやけに長い。ろくな打開策もないまま、Aについて報告する主任に、上司はひらひらと手を振って、「まあ、うまいことやっといてよ」と言った。部下や現場に丸投げである。
胃とこめかみに痛みを抱えながら、先に会議室から出た主任は、モニタ前にいる部下に声をかけた。
「対象はどうだ?」
「それが、まだ寝ています……」
「なんで丸一日寝てるんだ!? あいつ、会議前から寝てたじゃないか! ストックがあるからって怠けやがって! あっ……起きた……書きはじめたぞ」
モニタの中でゴソゴソと活動開始したAを観察する。Aはベットに寝転んだままiPhoneのメモに小説を書き、「小説家になろう」へと投稿した。
途端に、組織の一室にけたたましくアラートが鳴り響いた。
「『金継ぎの器』……!? あいつ、また違う作品を公開しやがった! 今日は『ねこさば』じゃないのか!? 嫌がらせ内容の変更!」
「またですかー!?」
「『金継ぎの器』だ! 掌編だ!」
「『闇オークションから魔王爆誕』じゃなくて!?」
ぐるぐると回る赤色灯が、組織の一室を照らし出す。このときばかりは、主任も胃の痛みを忘れている。それどころではない。
「くそ! またやられた! コメディじゃない! ヒューマンドラマ! しかもアンニュイなやつだ! 嫌がらせの実行役に連絡急げ!」
「実行役に電話繋がりません!」
「このままじゃ、嫌がらせが失敗してしまう……!」
主任が頭を抱えたところで、赤色灯の回転とアラートがやっと収まった。部下のオペレーターが受話器を置いてぐったりしている。忘れていた胃痛と頭痛がやってきて、耐えかねた主任は市販薬に手を出した。胃薬と頭痛薬を一緒に飲んでいいか、ドラッグストアの店員に聞いておくんだった……と目を閉じる。それもこれも、自由過ぎるターゲット・Aのせいである。
「なんて自由な奴なんだ……。気ままに動きやがって! 嫌がらせをする方の身にもなれ……!」
主任の握りしめた拳がわなないている。部下のオペレーターたちがこの上なく深いため息をつき、そのうちの一人がおずおずと切り出した。
「主任……もう我慢できません……。度重なる変更指示に振り回されて、私たちは疲労困憊です。……対象が気まま過ぎるんです!」
オペレーターの数人がうなずいた。うなずかなかった者も、唇を引き結んで主任の言葉をじっと待っている。主任の胃がさらにキリキリと痛み出した。
──このままでは、組織が破綻してしまう……。
突然会議室の扉が開き、上司が顔をのぞかせた。
「そっか。じゃあ、やめていいよ」
あっけらかんとした声に、主任は「しかし!」と食い下がった。部下がこれ以上減るのは困る。先月でさえ、五人辞めている。
「あ、やめるのは君たちじゃなくて、嫌がらせの方ね。……ダメだわ、この子。コントロールできない核弾頭か、ハリネズミみたいな子だわ」
驚く主任の横で、部下のオペレーターたちがぶん投げた書類が宙を舞った。「やったー!」と大はしゃぎしている。ガッツポーズやバンザイをしている者までいる。
こうして、自由過ぎるハリネズミことAへの嫌がらせ中止が、正式に決定した。
主任は思わず浮かんだ涙をぬぐうと、上司に「ご英断に感謝します……」と震える声で告げた。




