第4話:2人を照らす光、導く光
夜の森の中、拓真とエリスは焚き火を囲み、少し距離を置いて座っていた。炎が揺らめき、静寂の中で焚き火のはぜる音が耳に心地よく響く。拓真はふと、エリスの横顔を見つめながら、ずっと気になっていたことを口にした。
「エリスは、どうしてあの危険な道を一人で歩いていたんだ?」
エリスは少し驚いたように拓真を見返したが、すぐに口元に冷たい微笑みを浮かべ、軽く肩をすくめて答える。
「私には、王国から盗賊討伐の任務があるからよ。それに、私一人で十分だから誰も同行しなかっただけ」
その冷静な返答に、拓真は一瞬圧倒される。それでも彼は思い切って続けた。
「でも、僕はなんで誰も一緒に来てくれなかったんだろう?村の人たち、最初は親切に見えたのに…」
エリスはふっと鼻で笑い、焚き火の炎を見つめたまま、静かに語り始めた。
「あなた、本当に何も気づいてなかったのね。村の人たちはあなたが誰の頼みでも断れない性格だと知っていたの。だからわざと厄介な役割を押し付けたのよ。盗賊が出るって情報も、あえてあなたには言わなかった」
エリスの言葉に、拓真は驚きと悔しさが胸に込み上げてくる。彼は、村で頼まれたことすべてを喜んで引き受けていたが、それが村人の策略だとは思ってもいなかった。
「あなたが他人に優しくするのは素晴らしいこと。でも、それだけじゃ本当の意味で強くなれないわ。『ノー』と言えない限り、あなたはいつまでも利用され続ける」
その言葉に、拓真はゆっくりと深くうなずいた。エリスの厳しくも的確な言葉が、彼の心に深く突き刺さり、少しずつ変わろうという気持ちが芽生え始めるのを感じた。
「拓真、あなた……その村人たちのためにって思って、ここまで頑張ってきたんでしょ?」エリスの静かな声が夜の空気に溶け込む。
「うん。なんか、みんなが喜んでくれるし、助けてくれてるって感じもあったからさ……」拓真は火を見つめ、ぽつりと答えた。
「でも、それだけじゃないよ。」エリスは少し息を吸い込み、慎重に言葉を選んだ。「実は、村の人たちはあなたを……利用してたんだよ。恐らくだけどね。」
拓真の胸に小さな痛みが走る。彼女の言葉には、どこか冷静で、それでいて真剣な響きがあった。エリスが冗談を言っているわけではないことが、直感的にわかる。
「どういう……こと?」拓真の声は少し震えていた。
「村人たちは、あなたが『イエスマン』だって知ってたのさ。だから、ちょっとした無理を頼んで、何も疑わずにやってくれる存在だって分かっていた。それで、あなたがやってくれるからって、いろんなことを押しつけてたんだ。」
言葉が拓真の頭の中で反響する。確かに、あの時も、村の老人が「お前なら頼れる」って言ってくれた。だけど、それがただの都合の良い言葉だったなんて……。
「そんな……俺、ずっと本気で……」拓真は呟いたが、その声は消え入りそうだった。
「でも、あなたがただの利用されるだけの人間だって言いたいわけじゃないんだ。」エリスは柔らかく、しかし毅然と続ける。「私だって、王国からの依頼でこの地に来てる。つまり、命をかける価値があるって認められているから。でも、拓真……あなたはどう?」
拓真は言葉を失っていた。火の明かりに照らされたエリスの表情は、どこかいつもより切なげに見えた。
「私、あなたには自分の意思で動いてほしいの。」エリスは拓真を見つめ、まっすぐな瞳に迷いがなかった。「誰かにとっての都合のいい人間じゃなくて、本当にあなたがやりたいことを見つけて、それに向かって進んでほしいんだ。」
拓真はしばらくの間、何も言えなかったが、少しずつエリスの言葉が心に染み込んでいく。今まで自分が「優しさ」と信じていた「イエスマンでいること」の違いに、ようやく気づき始めていたのかもしれない。
夜が深まり、拓真の心に新たな決意が芽生え始めていた。「本当にやりたいことを見つける」ための一歩を、彼は静かに踏み出そうとしていた。