第2話: 出会い
数週間が過ぎ、佐藤拓真は相変わらず村で過ごしていた。最初はあまりにも混乱していた異世界での生活も、少しずつ慣れてきた。しかし、生活が楽になったわけではない。なぜなら、彼は村人たちからの「お願い」にすぐ応じてしまう性格のままだったからだ。
「拓真くん、この水汲み、お願いできるかな?」
「はい、わかりました。」
村人たちの頼みは小さなものから大きなものまで様々だったが、どんなに身を削られるような依頼でも、拓真は断れなかった。彼の「イエスマン」の性格は、この異世界でも変わらなかった。
そんなある日、村の広場で一人の村人が拓真に近づいてきた。頼まれるのはいつものことだったが、今日は少し違った。
「実はね、王都に行かなきゃならないんだけど、ちょっと頼みたいことがあってさ。」
拓真は無意識に「はい」と答えたが、その瞬間、村人が少し怪しげに笑った気がした。しかし、そんなことを考える暇もなく、村人は続けた。
「最近、王都への道で盗賊が出没しているらしいんだよ。だから、少し身軽な君に行ってもらえれば助かるんだ。大丈夫だろう?」
拓真はまた無意識に頷いてしまった。盗賊が出没する道、危険な場所へ行くことは嫌だと思いつつも、相手が頼んできた以上、断ることができなかった。
不安を抱きながら王都への道を進む拓真。その道には人の気配がなく、静まり返っている。不安が募る中、背後からの足音にハッと振り返ると、武器を持った男たちがじりじりと近づいてきていた。
「おいおい、こんなところを一人で歩くなんて、物好きなやつだな。」
盗賊の一人が嘲笑うように言った。拓真は震え、後ずさりしながら必死に声を絞り出す。
「ぼ、僕は…ただ通りがかりで…」
「ほう、じゃあ持ってるもの全部置いていけや。簡単だろ?」
盗賊たちはニヤニヤと拓真を囲むように詰め寄り、逃げ場を奪った。その時、遠くから馬の蹄の音が響き、背筋が凍りつくような声が投げかけられた。
「お前たち、そこまでにしなさい。」
馬上から冷ややかに盗賊たちを睨むのは、青いローブをまとった一人の女性――エリス・グラントだった。エリスは馬から降りると、剣を引き抜き、軽く構える。風に舞う彼女のローブと髪が、その場の空気を一変させた。
「なんだ、女一人で俺たちを止めるつもりか?」
盗賊の一人がニヤリとしながら挑発的に叫ぶ。だが、エリスは微動だにせず、冷たい声で言い放った。
「ここで降伏しないなら…命の保証はしないわよ。」
彼女の剣が閃き、まるで風のように軽やかに盗賊たちの間を駆け抜ける。彼女の一撃が空を切る度に、周りの木の葉がざわめき、彼女の動きに合わせて美しく舞う。拓真はその光景に圧倒され、思わず息を呑んだ。
エリスの剣さばきは速く、鋭く、無駄のない動きだった。まるで舞を踊るかのように流れるような身のこなしで、次々と盗賊を圧倒していく。彼女が一歩踏み込む度に、盗賊たちは恐怖に引きつった顔で後退し、やがて一人、また一人と倒れていく。
「く、くそ…なんて化け物だ!」
盗賊たちは次第に焦り、パニックを起こしながらも必死に反撃しようとする。しかし、エリスは容赦なくその隙をつき、次々と武器を弾き飛ばしていく。その戦いぶりに、拓真は言葉を失って立ち尽くしていた。
やがて最後の一人が倒れ、辺りは静寂に包まれた。エリスは剣を収め、冷静に拓真の方を向いた。
「君、大丈夫?」
彼女は先ほどまでの冷徹さが嘘のように優しく声をかける。拓真は息を整えながら、ようやく声を出した。
「た、助かりました…本当に、ありがとうございます!」
エリスは小さく微笑み、淡々とした口調で言った。
「いいえ。私の仕事だから。王都に向かうつもりなら、道中も気をつけた方がいいわ。」
拓真はエリスに助けられた安堵感と、彼女の強さへの畏敬の念を抱きながら、改めて「イエスマン」としての自分に少し疑問を抱き始める。こうして二人は、運命の交差点で出会い、共に王都を目指すことになるのだった。