第7話 姉の縁談
休みの日、書庫に書類を取りに行っていたら、父の執務室から退出するダリウスに会った。
「あら、、お散歩しない?」
私たちは、庭園を久しぶりに歩く。
「あの、生け垣の向こうね」
小さい頃は、高い高い塀のように見えていた生け垣が、大きくなった今は、私はさすがに出ないが、ダリの頭は飛び出してしまいそう。かくれんぼになるかな?ふふっ、
二人で生け垣を乗り越えて、オークの木の下に向かった。
小さい頃はいつも手をつないでいたけど、もう、そう言う感じでもないわねえ、、、
見上げるオークの木は大きくて、時折、ザワザワと、風で葉を揺らす。
日がさえぎられて、涼しい。
夏が過ぎて、葉の色が濃い。
「ダリ?どうしたの?あなた?」
ダリが、、、佇んだままで泣いている。
「まだ泣き虫なのね?私の子熊ちゃん?」
ダリの頭を抱え込んで、背中をいい子いい子する。
「・・・・大好きです、、、アイリーン、、、、」
風が、ダリウスのこげ茶の髪を揺らす。
私たちは昔のように、ダリが泣き止むまでそこでそうしていた。
*****
夏の終わりごろ、姉の縁談話を、弟に聞いた。
「お姉さまが?ペイン国?え?決まりなの?」
弟は読みかけの本から顔も上げずに言う。
「国王陛下が乗り気な以上、決定事項でしょうね。」
「そ、、、、、」
「何か、、、、問題が?」
「で、、でも、、、お姉様は?」
「はい。賜りました、って。あっさりしたものだったよ?これから、社交とダンスと、あとは、ドレスの手配?語学はあの人、大丈夫だし。」
・・・ほんのちょっと前まで、、、お姉様には早々にどこでもいいから嫁に行ってもらいたいもんだ、って考えてた。ごめん、、、、ホントにごめん、、、、
あの人は、、、国のため、とか、弟のため、とか、、、、無意識だろうけど、、、まあ、行けと言われたら、どこにでも嫁いでいくだろうと思ってたわよ!!!!
そこで、そつなく生きていくんだろうって、、、なんだよ?それ??
「向こうの王太子殿下は、髪色がこげ茶なんだってさ。それを聞いたら、なんだか、喜んでたよ?そう、、、って、笑ってた。」
「・・・・」
「・・・で、、、なんでイング姉が泣くのさ?」
「う、、、うるさいわね!!!!」
馬車をかっ飛ばしてもらって、おばあさまの離宮まで出向く。
もう、、、涙が止まらないわよ!!!
「おばあさま??」
「あら、、、イング、、、聞いたのね?」
「聞いたわよ!!なによ!どうにもならないの???」
「・・・そうねえ、、、、国王が口にしちゃった以上は、、、エド、反対されるだろうと思って、内密に動いたわね、、、、まったく、、、」
「・・・・・」
「でも、誤解しないでね、、、エドもアイリーンが大事なのよ?ダリの国はまだ落ち着いていないし、、、、」
「・・・・・」
「ダリは、、、10月に、国元に帰るんですって。もともと無理言って出てきたから、、、、少しの間でもアイリーンと過ごせて良かった、って言ってたわ。」
なんだよ?それ???
別荘の馬番のおじいさんが言っていた。
遠乗りに出掛けた二人を見送りながら、、、、
「ああ、アイリーン様のあのような晴れやかな笑顔は、本当に久しぶりでございますねえ、、、、、、何年ぶりでございますかねえ、、、、」
私も、、、、そう思ったわよ、、、、
姉の笑顔なんか、忘れてたわよ!
なんだか、くすぐったくなるくらい嬉しかったわよ!!!
*****
それから、姉は毎朝恒例の朝練に来なくなった。
侍女の世話になる練習を始めたらしい。なにもかも一人でやっていたから、、、
「今日のお前の剣には、隙があり過ぎるなあ、、、」
母が困ったような顔で、難なく私の剣を払う。
勢いあまって倒れ込んだ。空が青いなあ、、、、
寝転がったまま起き上がらない私の脇に座った母に聞いてみた。
「私たちは、、、、政治の道具でしかないんですか?」
「・・・・・」
「・・・理屈は理解しています。今のペイン国とつながりを持つのが有益だということは、、、、、」
「エドがねえ、、、」
びっくりしたことに、母も寝転がった。
「学院時代にな、、、栄国に出掛ける前に、私に何の約束もしていかなかった。私はただの、婚約者のいない行き遅れ寸前の娘だった。家からは見合いの催促が来るし、なんなら、学院も辞めさせられそうだった。しかたなく、おばあさまが、侍女にしてくれて、行儀見習いをしてたんだ。」
「・・・・・」
「不安だったなあ、、、どうなるのかさっぱりわからないし、、、でも、、、エドが待っていろ、って言ってたから、、、、それだけだった。」
「・・・・・」
「あの時は、色々あって頭に来てたから、思い至らなかったんだけどな?
その頃の栄国はいまひとつ落ち着かない状況だったから、もし、、、、自分が死んだら、、、、私が困らないように、約束をしていかなかったんだろうなあ、、、、って。行き遅れどころか、婚約者を亡くした女、とかな、、、この国じゃ話にならないだろうし。」
「・・・・・」
「ダリウスの兄上が亡くなったのは、いつもの小競り合いの調停に出かけた先だったらしい。不安定な国では、先が見えない。」
「・・・・・」
「あれは、、、お前たちの父は、、、娘を泣かせたくなかったんだろうな、、、、あまり、嫌うな?それに、、、、」
「・・・・?」
「機会と時間は与えたんだ。ダリウスにも、アイリーンにも。」
「・・・でも、、、、」
「そう、国力の差、だろ?でもな、、、もし、アイリーンが自分からダリウスを望むなら、、、、その時は考える、と、言っていたんだ。アイリーンは、、、選ばなかった。」
「それは、、、、選べなかったんでしょ??あの人は、、、父上やハルに命じられたら、馬にでも象にでも黙って嫁いでいくわよ!!!!あーーーーん、、」
握りしめたこぶしから砂が落ちる。
私が泣いたところで、、、何も変わらない、、、、
「そうかもなあ、、、、アイリーンが、、、、私があげたペリドットのネックレスを返してきた。いつか、愛する人が出来たら渡しなさい、って、、、、小さい頃に渡したんだけどな、、、、」
失くしちゃったの、ごめんなさい、って笑ってたんだ。ちょうど、、、狩猟会に行った後くらいかな、、、
・・・・返してよこしたんだろう、、ダリがな、、、
もう、アイリーンは、、、、、要らないらしいぞ、、、、
「そこまでの覚悟があるなら、、、まあ、仕方ないかな、、、」
母は、、、寝転がって、空を見ていた。
空は良く晴れて、高くて、、、、何も届きそうになかった。