第2話 オークの木の下。
ぐすん、ぐすん、、、と、小さな子の泣く声がする。この辺かしら?
庭の生け垣を乗り越えると、一本の大きなオークの木の下で、男の子が蹲って泣いていた。
「みんな、探していたよ?どうしたの?」
なるべく優しい声で話しかけた。
男の子は、その小さな手に、大事そうに何かを持っていた。
「ああ、、、、巣立ちに失敗したんだな?」
何の鳥の雛だろう?まだ、羽根も生えそろっていない、赤子のような雛を大事そうに持って、男の子は泣いている。
「・・・さっきまで、、、、生きていたんです、、、本当に、ついさっきまで、、、、」
なんだか、、、ずいぶん昔の夢を見たなあ、、、
アイリーンは、ぐううっと伸びをすると、起きだした。まだ侍女も来ていない。
自分の部屋のカーテンを開けると、綺麗に手入れされた庭園の向こうに、一本、大きなオークの木が立っている。
・・・・あの木の下に、、、埋めたんだっけね、、、
泣き虫ダリウス、、、、私の妹と同じ年だったはず。
こげ茶の髪に、こげ茶の瞳のチビ。
ささっと顔を洗い、着替えて、銀色の髪を一本に縛って、朝練に向かう。
途中で妹とも合流する。末の弟は、、、、、もう、母上と練習を始めていた。
そうだ、、昨日母上から、ダリウスがうちの国の王立学院に留学してくるって話を聞いたんだっけね、、、、朝の夢のつじつまが合って、なんとなく、納得する。
・・・・・まだ、泣き虫のチビなのかな、、、、
考え事をしながら、イングリットの剣を払う。
*****
私がはじめてダリウスにあったのは、4歳くらいかな?小さかったから良くは覚えていないけど。
母上に謁見するために来た、ルシア国の国王にくっついてきたチビ。
その後、、、子供たちで遊べ、と言われて、中庭でかくれんぼをしていて、、、、
・・・泣き虫ダリウスを見つけたのだ。
それから、、、、毎年その子はやってきた。
いつも私と机を並べて、一緒に勉強した。妹は比較的自由だったから、、、
いつもの年は、夏まで滞在した。
母は我が子のように、私は、、、、弟のようにかわいがった。
私の小さな子熊ちゃん、いつものようにそう呼ぶと、ダリは恥ずかしそうに笑った。
あれは、、、そう、私が9歳になる年だったか、、、、
ダリウスを気に入っていた母は、おじさまの領の狩猟会に招待した。馬を上手に乗りこなせるようになった私も、初めて参加した。
狩猟会と聞いていたので、軽い気持ちで出掛けたが、それは実践訓練を兼ねた野営とサバイバル生活だった。しかも、一週間。
簡単なツエルトと一人一枚の毛布。ナイフ。弓矢。火打石。一人に一頭の馬。水。非常食用の干し肉。
母上は、出発前から楽しそうだ。領地を北に向かって移動していく。最終日は国境近くまで行く予定だという。
11月と言っても辺境の地は寒い。夜ならなお。私はダリウスと組んで進むことになった。狩りをしながら進む。ダリウスは、山鳥をとると、血抜きしていた。
「こうしないと、おいしくないんだよ」
「・・・・ん、、ダリは小さいのにすごいね。馬に乗るのも上手だ。」
「・・・ありがとう、、、」
あの、、、巣立ちに失敗した鳥の雛に泣いていた子が、、、どんな訓練をしてきたんだろうね、、、私と離れている期間に、、、
初日は私は何も狩れなかった。馬から矢を射るのも、突然現れる野生生物も、何もかも初めてのものだった。風も冷たい。
私がたくさん詰め込んできた知識は、ここではなんの役にも立たなかった。11月は寒いこととか、空が思ったより広いこととか、食べれる木の実とか、紅葉の美しさとか、、、
原則、自給自足なので、ダリが、自分の獲った山鳥をさばいて、焚火を起こして焼いている。もう、夕闇が迫っていた。息が白く見えるほど冷え込んできた。ダリが沸かしたお湯で紅茶を入れてくれる。その温かさにほっとする。
山鳥が焼けるまでの間、ツエルトを張って、落ち葉を敷き詰めて毛布を一枚かぶせ、ベットを作る。手際の良さに感心する。大人たちは大きな焚火でもう宴会が始まっているようだった。
「はい」
とダリがよこしてくれた山鳥を受け取る。ほんのり塩味。お腹がすいていたので、遠慮なくかぶりつく。お腹がすいた、という感覚も、なんだか久しぶりのような気がして、小さく笑った。
「美味しいね」
「ん、、、」
私たちは落ち葉のベットで一つ毛布にくるまって眠った。
体温が高いダリウスは抱きしめていると温かかった。人の体温て、本当に温かいんだなあ、と、感心していたら眠ってしまった。
次の日も朝早くから野営の撤収と急ぎ足の朝食と、これは紅茶と硬いパンと干し肉、をとって、出発した。
ウサギを3羽獲った。皮の剥ぎ方を聞いて、やってみたが、吐きそうだった。
肉は晩御飯になった。
3日目は狐を獲った。皮を剥いだ。狐の肉はたべないらしく、穴を掘って埋めた。
4日目にはきれいな湖の近くに着いた。ここにはおじさまの別荘があるらしく、先回りしていた家人が料理をふるまってくれた。肉や皮を置いていく。皮をなめしたり、肉を加工したりしてくれるらしい。
湖の反対側まで回り、この日も野営。身体もだんだん慣れてきた。何だかおとなしかったダリもよく話すようになって、王都の話をしてくれるようせがまれる。
夜、星が湖に映って、、、、こんなに美しいものを見たのは初めてだと思う。真っ暗な夜、って本当に怖くて、本当にすごい。自分がちっぽけに思える。
同じ毛布にくるまるダリが居なかったら、泣いていたかもしれない。
「ほら、見て!星が届きそうだよ!」
二人で星空を眺めながら、なんとなく、、、、
・・・・・小さい頃から、跡取りになるだろう、と教育を受けてきた。政治学、教養、社交、剣術に、、、、期待されている緊張感と閉塞感、、、、少し前に、弟が生まれて、、、その重圧から急に解放された、、、、ほっとした、、、、その反面、、、、
弟が3歳を迎える来年には、、、、私は《《ただの》》娘になる。
「ねえ、アリー、早く!お願いをしよう!流れ星にお願いするとかなうんだって!こんなにもたくさんあるなら、お願いし放題だね!!」
ダリが笑って、くっついたまま私を見上げる。
ほんとに、お願いし放題だ、と私も笑った。
何かがゆっくりと溶けていく。ダリのきれいな瞳に星が映っている。
空に湖にこの子の瞳に、、、星が煌めいて、泣きそうだ。
上手くは説明できない、、、それは大きくなった今でも変わらないかもしれない。
跡取りになる教育からの解放、、、、自由?
今までのがんじがらめの生活から、、、、、
・・・・私が男の子だったら、、、こうはならなかったのかしら、、、、
・・・・あんなに欲しがった自由って、なんだったんだろうか?
あっという間に最終日の朝になった。
野営地は国境近くの山麓だった。
白い息を吐きながら、毛布にくるまってダリと昇ってくる朝日を眺めた。雪を被った山頂を銀色に染めて、光が届く。
「アリーの髪は、冬の朝のようだね。キラキラしてきれいだ。大好きだよ、アイリーン。」
ダリは私を見上げた。
「ダリの瞳は、オークのようだね。見ていると、温かい気持ちになるよ。」
「ありがとう。」
うれしそうに、ダリが笑う。
ダリがここに居てくれてよかった。
最終日は一気に山麓を下り、館まで早掛けするらしい。
どこまでも、戦前提なところがすごいと感心。
名残惜しいが、ダリに後れを取らないように駆ける。
馬を休ませながらも、夕刻には館に着いた。
私は母上によくついてきたな、とほめられ、頭をもみくしゃにされ、風呂に連れていかれた。
久々の湯は気持ちがよかった。
ダリウスとは、あれから会っていないなあ、、、、私の小さな子熊ちゃん。