第11話 おばあさま、出番です。
軍服なんて着たのは本当に久しぶりだわ。
侍従の制服は長いこと着たけど、、、、
軍の医局に顔を出す。
「ソ、、、、ソフィア様?」
あら、まだ顔見知りがいたわね、、、、シィーーーっと唇に人差し指を当てる。
「どうなの?」
「ええ、、、まだ、熱が下がらず、意識が戻りません、、、」
「・・・・そう、、、命に別状はない、と聞いたけど?」
「ええ、毒によるものではなく、傷の回復期の発熱かと、、、、」
「そう。」
医局の軍医に連れられて、病室を訪ねる。
「・・・入るわよ、アリー、、、」
静かに入る。きれいな姿勢のまま、孫娘が、椅子に座っていた。
傷に触らないように、ダリがうつぶせに寝かされている。
係官が、椅子をもう一つ運び込んでくれて、そこに座る。
「アイリーン?」
驚いた顔で、隣に座る私の顔を見つめてくる。
「おばあさま、、、、」
イングには聞いていたけど、、、ろくに寝てないんでしょ?顔色悪いわね、、、
膝に綺麗に揃えられた右手をそっと握る。
「・・・今回のことは、、、私の落ち度です。判断が遅れました。」
「・・・・・」
「カルロス様にも、ダリウス様にも、危険な状態にさせてしまいました。そのうえ、、、一般生徒の安全確保にも遅れました。」
「・・・・・」
「生徒会長として、、、いえ、、王族として、、、取り返しのつかないことをしてしまいました。」
「・・・・・あなただけが、全て背負わなくてはいけないわけじゃないわ。今回はイングにも、いい勉強になったでしょう。後のことは、陛下の判断に任せましょう?そもそも、、、学院は戦場ではないわ。大人がきちんと守るべきところなの。」
「・・・・・」
「貴方は、、、もっと、頼ってもいいのよ?」
「・・・・・」
「とりあえず、、、言いたいことがあったら、聞いてあげるわよ?アリー?どうしたいの?」
「・・・・ここにいたいんです、、、、ダリの近くに、、、でも、、、業務もありますし、、」
アイリーンは泣きそうな横顔を見せて、ダリウスを見つめる。
「では、貴方がダリウスといるために、問題は何?それを解決するにはどうするの?」
「・・・・それは、、、」
「それは?」
「・・・・・・・・・できません、、、、」
「あら、なーんだ、、、その程度のことなの?あがきもしなければ、問題を解決させようともしないんなら、ここは軍医に任せて、家に帰りなさい。
《《ルシア国王太子》》のことは、大人たちが責任を持って対処しますから。
貴方は、《《ルシア国王太子》》について、最大限の対処をしました。責任感だけで、こんなところにいる必要はありませんよ。婚約予定の者がいる立場で、このようなところに、二人きりでいるのが、どんな醜聞か、、、貴方ならわかるでしょ?」
「・・・・・」
はっきり、言ってあげた。
貴方が、、、どんな表情をみせようとも、、、
・・・母親似の美しい顔が、、、、歪む、、、、
「帰りなさい!アイリーン!」
アリーは、、、私の手を払い、ダリのシーツにしがみつく。目が、、、驚愕で見開かれ、大粒の涙がこぼれている。
・・・・貴方、、、、やっと、泣いたわね、、、、
「嫌です!ここにいたいんです!ダリの所にいたいんです!!」
生まれて初めての、わがままね、、、、、
ダリの左手が、、そっとアリーの手を握った。
「どうしたの?アリー?泣いているの?」
「ダリ?何でもないの、、、、何でもないのよ?私、ここにいるから、、、大丈夫よ?」
ダリの自由の利く左手が、アイリーンの頭を撫でる。泣き止まない彼女をあやすように、、、
ダリウスの意識が戻ったことを医師に告げて、しばらくそっとしておくように頼む。
荒療治だったけど、まあ、成功かしら?
******
次の日、目をはらして、アイリーンが離宮に来た。
ことのほか、さっぱりとした顔だ。
「おばあ様、、、、相談がございます。」
はいはい、カワイイ孫娘のわがままの一つくらい、受けて立ちましょう。
*****
「これを持っていてね。無くさないでね?」
小さいダリウスに、母親から貰ったネックレスをかけてあげたのは、あの、狩猟会の最終日の朝。
いつか、、、あなたの大事な人にあげなさいね、と、母にもらった、私の瞳と同じ色のペリドット。
大事だったの、小さいダリウス。
貴方といると、息が楽だわ。
空がきれいだわ。
風も優しいわ。
婚約解消、の意味もよく考えなかった。お父様に言われた通り、、、
・・・子供のころの、たわいもない思い出だわ、、、、そう、思っていたのに、、、
大きくなったダリウスは、やはり私のダリウスだったわ。
・・・・貴方といると、、、、息が楽なの、、、、
ご飯も美味しい
馬に乗ると楽しい
風が優しい
でも、それだけのこと。私の未来には繋がらない。
あの日、父上からペイン国との縁談話を聞いて、、、我が国としてかなり有益な、、、決まりかな、って思った。そう、嫁いでいくんだろう、と。
オークの木の下で、ダリウスが、ネックレスを返してきた。
ペリドットのカットは随分と撫でられたんだろう、角が取れて、丸みを帯びていた。
「おめでとうございます。アイリーン様。」
静かに泣いていたダリは、そう言った。
仕方がないことだ。
だって、お父様が、そう言ったんだもの。そう決められたんだもの。