第10話 アップルパイ
風呂に入って軍服に着替えて、、、学院に戻る。
夕暮れになって、あちこちにかがり火がたかれている。
指揮を執っている将軍が、気が付いて近寄ってきた。
「イングリット様、、、」
「どうだ?」
「皆様で片づけたのがすべてだったようです。念のため、寮内も立ち入って調べました。防災訓練と言って頂いて良かったです。皆さん、パニックにならずに済みましたので。出入りは禁じています。学院の壁沿いの街路樹は、今晩のうちに撤去いたします。」
「ああ、、、よろしく頼む。」
「暗殺者たちは、、、ペイン国の者かと、、、王太子の側近も何人か、、、ただ、、、弓矢の毒は我が国のモノでした。少し、、、厄介ですね、、、」
「ああ、、、、ダリウス様は?」
「軍の医局で手当てをしています。初期処理が的確だったので、毒による損傷は少ないかと、、、、ただ、、、あまりいい場所ではなかったようで、命には問題がないんですが、、、弓は、もう弾けないかと、、、、」
「・・・・・」
「アイリーン様が付き添っておられます。」
「・・・そうか。後は頼んだ。」
「はい。」
将軍は、戻って行った。
玄関に控えていた兵に挨拶して、校内に入り、現状を確認する。
*****
「・・・姉上?」
軍の医局の病室の白いカーテンを引くと、姉が椅子に座っていた。
顔が青白い、、、、いつものように、背筋がピンと伸びたまま、、、、
「姉上?」
近づくと、うつぶせに寝かされたダリウスの右肩に包帯がまいてある。
薬で眠ったか?寝ているようだ。
「姉上?」
肩を軽くたたくと、はっとした様だった。
「ああ、、、、、イング、、、、、ああ、、、、陛下に報告に上がらなければね、、、、学院の事後処理も、、、、」
「やっておいたわ。大丈夫よ?」
「・・・・カルロス様を危険にさらしたばかりか、ルシア国王太子殿下まで怪我をさせてしまいました。・・・・しかも、、、ダリ、、、、右肩が、、、、」
「・・・・姉上、、、?」
そう、昔から知っているから、親戚の子みたいな感じだが、この子も隣国の王太子殿下、、、、いや、、ちょっと、面倒かもな、、、、くそっ、カルロスの野郎、、、、
「・・・王城に戻ります。カルロス様は?」
「城内で軟禁してあります。側近も怪しいので。全て調べるように指示しました。」
「そう、、、軍を出したんだな、、、あとは任せるしかないか。」
姉は、私の軍服に気が付いたようで、そう言って、立ち上がろうとして、よろめいた。
「姉上!取り合えず、、、、何かお腹に入れましょう。おやつを持ってきたので。」
「・・・・いや、、、」
有無を言わせず、姉を椅子にもう一度座らせると、控えていた護衛に、お茶を頼む。
「これです。ダリが焼いたアップルパイ。焼き上がりを誰だか出しておいてくれて良かったです。焦げちゃうところでした。はい。」
上着のボタンを何個か外し、中から、ナプキンに包んだアップルパイを取り出す。ホールのそれを豪快に半分に引きちぎる。リンゴがはみ出そうだ。
「もともと、ダリが姉上に食べさせようと思って焼いたものですよ。食べましょう。とりあえず、少し、落ち着きましょう。」
「・・・・・」
「ダリに聞いたんです、、、、お姉様が、おじ様の領にいる時、アップルパイを気に入って2個も食べた、って、、、ふふっ、、、」
はぐりっと食べたそれは、優しい味がした。
「・・・一体何年前の話ですか?ねえ?」
姉は、、、まじまじと差し出されたアップルパイを見ていたが、、、はぐっと食べた。泣きそうな顔だった。護衛が、紅茶を出してくれて、下った。
「お姉さまに、私が焼いたことにして、渡してね、って。秘密だよって。」
姉は、、、何も言わずに黙々と食べている。
「・・・あら、、、秘密って言われたのに、話しちゃいましたねえ、、、」
「・・・・・」
「美味しいですね。」
「・・・・ああ、、、、うまいな、、、、、」
*****
次の日から、、、、姉は通常運転だった。
軍服を着て、髪を一本で縛り、上がってきた報告書に目を通す。
カルロス様に詫びに行く。
母上に、ルシア国に書簡を送ってもらう。
王太子殿下にこちらの不注意で、怪我をさせてしまった、と。
ダリは、、、、あれから熱が出て、まだ意識は戻っていない。
姉は、、、、夜になると、軍の医局に詰めている。体が良く持つな、、、、
しばらくして、ようやく全容がつかめた。
まあ、、、、そうだと思ったけど、、、カルロスが私に謝罪した段階で、、、、
ペイン国の王には、、、側室がたくさんいて、王子も王女もたくさんいるらしい。
まあ、、、、大変だよね、、、、そうゆうの。
カルロスと同じ年の王子が、三人もいるらしい、、、、だからって、、、継承権の順位があるでしょ?って思うがね??それに、、、、自分の国内で揉めろよ?な??
人の国まで来て、ナニやってんだ??しかも、連れてきた側近まで、向こう側かよ?
「・・・・すまない、、、、迷惑をかけた、、、、」
しかも、アンタを庇った子はね、ルシア国の王太子なんだよね?どうする?お家騒動に、うちの国も、他国も巻き込んで、、、、こりゃ、、、大問題だわよ?
「・・・ああ、、、本当に、、、」
しかも、、、大怪我だ、、、、右手が使えなくなるかもな、、、どうする?
まあ、うちの国の、警備不足、って、逃げ切る?もう、、、、二度と来るな!!!
「・・・・・」
ああ、、、独り言を言って、スッキリした、、、、
「・・・・イングリット、、、、慎みなさい、、、」
あら、、、、声に出てた?
状況がわかってきたので、カルロス様にもおいで頂き、今後の話を始める。
「まあ、、、、正直なところ、我が国としては、イングリットが言った通りの見解だ。
本当に、我が国の警備の甘さが招いてしまった事故だ。カルロス様を危険な目に合わせてしまった。申し訳ない。」
国王が、、、頭を下げる。
「今後、事故処理をどう進めるか、ご意見を伺いたいんだが。」
「先ずは、、、私を庇って怪我をされた、ルシア国の王太子の一日も早い回復をお祈りいたします。これについては、後ほど、お見舞いをお贈りするつもりです。もちろん、ご迷惑をおかけした、ブリア国にも。」
「・・・ああ、、、、」
「・・・この度のことは、、、我が国の落ち度です。ブリアの王女を娶れば、私の地位は確固としたものになります。それに、焦ったのでしょう。」
「ふむ、、、確固としたものになれば、落ち着くのだな?」
「・・・・」
「・・・そのことですが、、、、」
今まで黙って聞いていた姉上が、綺麗な姿勢のまま、国王を見る。真っすぐだ、、、、
「私は、このご縁談、お断りいたします。」