ケーキ屋さんの変
麻里が、ケーキ屋さんの中のとあるテーブル席に座り、メニューをにらんでいる。誠二はそれを、なんともいや~な予感と共に眺めていた。
メニュー表から顔を上げた麻里が、とても真面目な顔で誠二を見た。
「やはり二つ、行けると思う」
「いや、いけないから!無理だから!いくらお前が甘いもの好きでも……!!」
誠二は必死になって首をふった。だが麻里は見ていたメニュー表を誠二の前に差し出すと、その中のケーキの写真を二つ、指さした。
「これと、これだ。行ける気がする」
「無理だから!大きさが違うから、ここのケーキは!」
「さっきこの席に座る時に横にあった、ガラスケースの中のケーキだろう。いける」
「どうだかねぇ」
誠二は、苦笑ともに肩をすくめた。
麻里がちらりとそんな誠二を確認して、すっと手をあげて店員を呼ぶ。
誠二はあわてて麻里に手を伸ばし、
「おい、言っておくけど、オレは辛党だからな!?ケーキは助けられないぞ!?」
「大丈夫だ。任せておけ、水原」
麻里が、自信に満ち溢れた顔で頷き、やってきた店員にケーキを二つ注文する。
ショートボブの髪の下からのぞく、猫のゆれるピアスがかわいらしい。
自分の注文を終えた麻里が、「水原、補足は?」と誠二をちらりと見てきたので、誠二は苦笑しながら
「それと、コーヒーを二つ」
と追加した。
やがて、ケーキが二皿、そしてコーヒーが二つ、運ばれてきた。
麻里が嬉しそうにフォークを手に取って、ケーキを食べ始める。一つ目のケーキは、イチゴがたくさんのった、チーズケーキのタルトだった。チーズケーキといっても、誠二のところからは、下のタルト部分が見えていないほどにイチゴが山盛りになっていた。
それを、麻里がとても幸せそうな顔で、さくさく、さくさく食べていく。
甘党だ。
見ているだけで、なんだか胸がいっぱいになって、いや、幸せになってくる感じである。
(麻里って、本当においしそうに食べるなぁ……)
誠二は苦笑しながら、コーヒーを飲んだ。
何もいれていないブラックのコーヒーだから、苦いはずなのだが、苦い感じがしないのはなぜだろうか。
やがて、あっという間に一皿目が空になった。
きれいにケーキを食べきった麻里が、嬉しそうに二皿めのケーキを引き寄せる。
こちらは今月の新商品。メロンと苺の、クリームタルトだった。
そう。クリームタルト。スポンジ部分が、すべてバニラクリームになっている、なかなかにボリュームのあるケーキである。
嬉しそうに一口目を口に運んだ麻里が、それを飲み込み、動きをとめた。
(あ、やばそう…)
誠二は思わず頬をひきつらせる。
二口目をすくう麻里のペースが、あきらかに落ちたのがわかる。
そこから三口目、四口目と、かなり一生懸命に食べて続け、五口目に行くところで、麻里がフォークをとめて、誠二を見た。
もうお腹がいっぱいです、と顔中に描いてある。
誠二は大きくため息をついた。
「ほらな!だからいわんこっちゃない!」
「大丈夫だと思ったんだ」
麻里が下をむき、視線を泳がせながら、小さな声でそう言った。誠二は目を細め、麻里を見る。麻里が明後日の方に視線をそらした後で、おそるおそる誠二を見た。誠二は目を細めたまま、低い声で麻里に聞いた。
「お腹いっぱいなの?」
「うん」
「………」
誠二は、大きく息をはいて、ケーキを見降ろした。
とてもきれいに残されているが、まだあと半分ほど、ケーキは残っている。
上にのっているメロンとイチゴはとても山盛りで、みずみずしくておいしそうなのだが、………そのフルーツの下につまっているバニラクリームのようなところがすごい。
クリームだ。本当に、ただもう、ひたすらにバニラクリームである。お腹をすかせた甘党であれば、たまらないおいしさなのだろう。
麻里がグッとフォークを握り、ケーキを食べようとした。だが、ケーキに到達するまえに、手の動きがとまる。
本当にお腹がいっぱいなのだろう。
そうだろうと、誠二は頷いた。
だって麻里は、たしかにマフィンは好きなのだが、元来、そこまで甘党というわけではない。いや、甘党なのかもしれないのだが、彼女の好きな甘さというのは、和菓子系の素朴な甘さだったはずで、こういう、いかにもクリームでござい!という甘さは、そこまで得意ではなかったはずだ。
一つ目のタルトは、下のスポンジ部分がさっぱりした味付けだったし、上のイチゴがおそらく酸っぱい系のイチゴだったので、良い感じにいったのだろう。
誠二は苦笑しながら、麻里の前にあるケーキ皿を引き寄せた。
麻里がハッとしたように顔を上げ、目を丸くして誠二を見る。
誠二は使われていなかった二本目のフォークを手に取って、残っていたケーキを一口分、切り分けた。メロンをさし、ついでにその下のバニラクリームを適量すくって、フォークにのせる。
口に運んで食べてみたら、………たしかにバニラビーンズがとても甘くておいしいのだが、とにかく甘かった。メロンが甘酸っぱく感じる甘さである。
麻里が、「お前、大丈夫なのか」と心配そうな声で聞いてきた。
誠二は、ちらりと店の中を見まわした。
周囲の席は、満席だった。女性客八割という構成で、あとはカップルやら夫婦っぽいのやらでうまっている。
そうだろうなと誠二は思った。おそらく自分たちも今、外からはカップルに見えていることだろう。早くそれが事実になりたい。
注文したものを残すのはお互いに性に合わなくて、誠二はがんばってケーキを食べた。途中から麻里も、なにか責任を感じたのだろう。ちょこちょこ、ちょこちょこ、ケーキを食べるのを手伝って来て、最終的にはテーブルの真ん中においたケーキを、二人でシェアして食べているような構図ができあがる。
微笑ましい。外から見たら、非常に微笑ましい構図なのだが、………食べているこっちは非常に真剣で、その微笑ましさにひたる暇すらない。
誠二は残りのケーキを急いで食べきり、コーヒーを飲んだ。
万が一のために、コーヒーをブラックにしておいて本当によかった。
フルーツティーなどにしていたら、おそらくケーキを食べきることはできなかったに違いない。
麻里に最後に残しておいたイチゴとメロンの部分をゆずって、麻里が食べるのを待ってから、伝票を持って席を立つ。
会計をして外に出て、そこで追いついてきた麻里を見て、笑ってしまった。
「おまえさ~!だから言っただろう、ここのケーキは大きいって」
「………返す言葉もない」
麻里が神妙に頷いたあと、
「だが、とてもおいしかったぞ!水原、ありがとう!いいお店を教えてくれて」
「おいしかったならいいけどね」
そんなことを話しながら、二人でショッピングモールの中を移動する。
あれだけたくさん食べたはずの麻里が、マフィン屋さんの前を通る時に、そわそわと今月の新商品を気にしているのがおもしろい。
「まだ食べるの?」
と聞いてみたら、
「いや、習性だ」
と真面目に返され、笑ってしまった。
麻里が笑いながら誠二を見て、
「この前の夕飯のお返しがあのケーキとは、なんだか申し訳ないな。また何か作るから、食べたいものを考えておいてくれ」
「ありがとう」
麻里の言葉が嬉しくて笑ってしまう。
そのまましばらく二人で色々な店を見て回り、夕方になって外に出た。
家に帰るための電車に乗った。
電車の中で、麻里がうたたねをしながら、誠二の肩に頭をこてんと乗せてきた。誠二は小さく笑って、そんな麻里の肩をそっとひきよせる。
好きだなぁとつくづく思った。
誠二の横に来ると、とたんにのびのび好きなことをし始める麻里のことが、誠二はとても大好きだ。