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読み切り・短編小説「砂の惑星」

作者: shishy

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 見渡す限り続く荒涼とした岩と砂の大地。

 かつてこの星に栄えた文明。人々が暮らした街は跡形もない。

 砂嵐によって宙を舞うつぶてがレイラの頬に刺さる。


「砂の惑星・・・」


 思わずそうつぶやいたレイラ。

 その時、不意に砂嵐の風が弱まり、土埃で遮られていた視界がひらける。

 ゴツゴツとした岩が続く茶色い大地の奥の方に見えたのは、崩れ落ち、廃墟となって風に削られ、わずかにその姿を留めるだけのビルの数々。

 このままあと数万年も経てば、小高い岩の山のようになるのだろうか。


「・・・あそこに街があったんだ」


 レイラはこの星に着陸した惑星調査隊の中型探査艇から一人、スカイバイクに乗っておよそ20分ほど北にやって来ていた。

 後ろを振り返り、とっくに見えなくなっている遠く離れた探査艇に向かって無線通信で一言告げる。


「こちらレイラ、探査艇から北に15Kmほどの場所に街の遺構を見つけた。少し見てくるね」

『プツ・・・了解、数時間前に大きな恒星フレアが発生したようだから、あと2時間以内には帰ってくるように・・』


「おっと、恒星フレアかあ、わかった」

『・・・それと、また変なガラクタを拾ってこないでくれよ、また部屋が手狭になっちまうのはゴメンだぞ・・・プツ』


「ふふっ・・わかったよ、心配しないで」

 レイラや笑みを残しながらスカイバイクのアクセルスロットルをひねって即座に動き出す。

 空中から30センチほど宙に浮かび走るエアロバイクは、風を切って走り、その風圧で砂埃を舞い上げながら廃墟の街へ向かって行った。

 近づくにつれてその荒れ果てた街の姿がくっきりと目に映る。

 かなり風化したかつての廃墟のビル群が無数に奥の方まで広がっている。かなり大きな街だったようだ。

 ひと際大きなビルが斜めに崩れ落ちている一角にたどり着き、レイラはスカイバイクから降りた。

 おそらく強烈な灼熱の爆風を受けて倒れたのだろう。ビルの外壁であったと見られる岩肌は、まるで溶岩が冷え固まったようにただれていた。

 その裏手となる場所に、奇跡的にその構造をわずかにとどめた元住宅らしき遺構を見つけた。

 人がちょうど一人入れるような穴が空いている。当時の玄関口だろうか。

 開口部分を手で触ってみる。当然だが、固く冷たい。今更崩れ落ちる様子も無いので中に入ってみる事にした。


 中は思った以上に空間がしっかりと残されていた。かがむことなく歩くことができる、中々広い洞穴のように。

 レイラは砂塵用のゴーグルとマスクを外した。しんとした冷たい空気が肺に入ってくる。この惑星にはボンベ無しで大丈夫なほど、十分な酸素濃度がある。

 レイラはポケットからモバイル通信端末を取り出し、ライトを付けた。白く強い光が辺りを照らす。

 驚いたことに、だいぶ砂に埋もれているものの金属製の収納家具やらテーブルらしきものが目に入る。

 ひと際丈夫な特殊素材で作られた家だったのかもしれない。

 ざっと見渡していると、隅の方に丸みを帯びた”塊”が目に入った。気になったレイラは近づいてみる。

 手が届く距離からライトで照らすと、砂の合間から僅かに青みがかった金属の肌が見えた。

 好奇心が勝ったレイラは手を伸ばし、金属の上を覆う硬い砂を払っていく。

 ちょうど手のひらくらいまで金属面が露出した時、突如金属の一部に赤い光が点灯した。


「わっ!」


 レイラは驚いて思わず声を上げる。

 それと同時に聞いたことのない言葉の羅列が金属の塊の中から聴こえてくる。

『!@#$%^&*() 1;:'",.<>』


「な、なんだなんだ!?」

 そのレイラの声に反応したように、ピッという音が聴こえたと思うと、すぐに意味のわかる言葉が続いた。


『・・・言語解析をオコナイ、宇宙言語レコードの中から最適と思われる言語を選択シマシタ。ワタシの話す言葉を理解デキますか?』


「・・・喋った!?」


 ―30分後、レイラは風変わりなこの喋る金属体の全容を見ることになる。

 それは、人と会話できるAIを備えたロボットだったのだ。

 レイラが手にした強いライトの光を、たまたま手で砂を払い除けた部分のセンサーが感知し、極小電気で再稼働したらしい。

 この建物の中だとあまりにも光が弱いとのことで、ロボットに言われるがままに砂を払い、エアロバイクの修理用の工具を使って岩のように固くなった砂をなんとか金属体から剥がして、その重たい米袋ほどの駆体をなんとか抱えて外に出た。


『オオー、太陽のヒカリ、バッテリーが急速に満たされていくのがワカリます、アリガトウゴザイマスー』


 ボディ全体が球体で、その上半分が顔のパーツになっているのか、眼と思われるレンズ部分をレイラに向けたロボット。その体は自立・自走できるような、車輪や足のような構造を持っているようには見えなかったが、少しするとフワリと駆体そのものが宙に浮かび上がった。


「おっと、驚いた、すごいね反重力装置?」


 丸っこい形のロボットは更に高く宙に上り、クルクルと頭部を回し、辺りを見渡していた。

 少ししてゆっくりとレイラの顔の高さまで降りてくる。


『オドロキました、この街がこれほどまでに変わり果てているとは』


「驚くべきは、キミ自身のことだよ」

 レイラはこの惑星からは生命反応は検知されず、ただ砂と岩だらけの惑星であり、自分はその惑星探査に訪れた中で遺構を見つけたこと、そして、動いて話すロボットを見つけたことの奇跡的な顛末を話した。


『タシカニそれは驚きです、ワタクシとあなたとの出会いは天文学的な奇跡的確率デス』

「でしょ?いったいなぜキミは無事だったのか」


『サテ・・・ワタクシを設計した天才科学者に聞かないことには。しかしそれはもう叶いマセン』

 ロボットは、動きが取れなくなった状態で自らのエネルギー消費を最小限に抑えるためにスリープ状態に維持し続けていたという。その間、一切の光も見ぬまま、今この瞬間に至るまで、ほぼ無期限のスリープ状態を保っていたという。


「どれくらい?」

『タイムコードを遮断する前の数えられた間だけでも2,457年。更にそこから随分と時間が経っているはずなので、この街の状況から推定するとざっと4,000年程でショウカ』


「・・・」

 レイラには返す言葉が思いつかなかった。


 代わりにロボットに対して別の質問をする。

「キミ、名前は?」


『宇宙共通コードのロボットナンバーがあります、19桁の』

 レイラは肩をすくめて見せる。


「そうじゃなくて。なんて呼ばれてたのさ、家の人に」

『・・・それはワタシの正式名称ではない上に、その名で呼んだ使用者はもうイマセン。プライベート設定からするとワタシの名前は数字の19桁になるのです』


 レイラは何かノドの奥につかえるような感覚を覚えて、言った。

「でもさ、記憶はあるんでしょ?キミがその名前で呼ばれてたことも、呼んでいた人たちのことも」

『・・・ハイ。鮮明に。ワタシのメモリから呼び出してみれば、ついさっきまで、本当にすぐそばに、一緒にいたのデス。ワタシに名前をつけていつも呼んでくれていました』


 その言葉を聴いて満足そうにレイラは頷く。

「・・・じゃあ、それがキミの名前だよ」


 ピピッという音を立てて改めてレンズンのピントがレイラの顔に合わせるように動く。

『ワタクシの名前は、ポムー、そう呼ばれていました。この星の言葉の発音で、意味は”丸い”という意味デス』


「ポムー、かわいい発音だね、うちの船にいるAIとも名前の由来が一緒だね」

『オオ、オオオ!再び人からポムーと呼んでもらえる日がくるなんて、超超天文学的確率のキセキの瞬間デス・・・』


 頭をくるりとさせながら、同時に身体ごと宙を一回転した。

「あのさ、こんな事聞くのは何だけど・・・自分でCPU回路をシャットダウンさせる機能はついてなかったの?何千年もスリープ状態を維持してたなんて、ちょっと信じられないよ」


『モチロン、その機能はありますし、今でも可能なはずです。AIで自律的に思考し動くことができるロボットに必ずついています。でもそれはしませんでした』


「それは、なぜ?」

 そのように問うレイラの顔からレンズを逸らし、いま出てきたばかりの廃墟となった家にピントを合わせるポムー。


『約束があったのデス。今はなきこの家に住んでいた女性との。それは・・・』

 語りだしたポムーは言葉を淡々と並べていった。


 その女性は子供の頃から病弱で、大人になってからもこの家で半分ベッドで暮らす日々だったという。

 ある日、女性はポムーに一つだけ、と言ってお願い事をしていた。

 もし自分が死んだら、一度だけでいいからこの自分が大好きな歌がたくさん詰まった、お気に入りのプレイリストに入った音楽をこの部屋で流してほしいという、とてもささやかな願い事だった。『そうしてくれたら、私は大丈夫だから』と、ポムーに伝えていた。


『ワカリマシタ』といったポムーの言葉に、その女性は安堵の表情を浮かべてポムーの頭を撫でた。

 それが、ポムーが4,000年もの長い時間をスリープ状態で過ごしたたったひとつの理由だった。ひょっとしたら、軽い冗談だったかもしれないし、本当の願いだったかもしれない。

 言えることは、その女性と交わしたたった一つの約束を守るために、特殊なボディ構造と半永久機関ともいえるエネルギーシステムを備えたロボットは数千年の時をじっと過ごしていたのだった。


 その話を静かに聞いていたレイラに向かって、ポムーは言った。

『まさか、この星に生きる、ほぼ全ての生命のいのちを一瞬で奪う、あのような大災害がおこるなんて、ワタクシも予想していませんでしたから、正直困り果ててイマシタ』


 ポムーは、くるりと頭を回し、さらにレンズをレイラが乗ってきたスカイバイクに向けて言った。

『ワタクシからあなたに、2つお願いがあります』


「なに?」


『まず、ひとつ目です。あなたのエアロバイクにあるスピーカーとつないで、そのプレイリストの音楽をこの場所で流したいのです。30分ほどで終わります』


「・・・うん、このバイクのスピーカー、とっておきのチューンナップでめっちゃいい音するよ。良くわかったね」

 レイラは親指を立ててそれに答え、早速、短距離の無線通信でポムーと接続可能か確かめた。


「よっしゃ、いつでもいけるよ!」

『本当に。本当に、アリガトウゴザイマス』

 そう言ってポムーはプレイリストから音楽を再生した。

 それらの音楽はレイラにはまるで言葉がわからなかったが、優しい歌声の女性シンガーの曲が続いていた。楽器の音も自分からすればあまり聴き慣れない特徴的なものばかりだったが、とっても落ち着いたリズムで、不思議と安心感に包まれるような曲ばかりだった。

 レイラはそれらの曲を聞きながら、この街に流れていた時間、この家に住んでいた女性のことを、ふと想像した。

 いつもそこにある日常、何気ない人との会話。病気で苦しいけれど、好きな音楽があって、この女性を心配した家族がとても丈夫なしっかりとした家を建てて、看病して。ポムーがいつもそばにいて。この街には数え切れないほどの人が住んでいて。皆仕事をしたり、遊んだり。

 きっといつもどおりの毎日がそこにあって。


 時折、また砂塵が舞った。乾いた砂の礫がレイラの頬に刺さる。

 この礫は、建物が風化して舞った粒が混ざっているのだとわかった。

 今はゴーグルもマスクも何となく、つけたくはなかった。

 ポムーもその礫を全身に浴びながら、身動ぎせずに廃墟となった住まいに向かって、浮いていた。ロボットにどこまで感情というものがあるのか、わからなかったが、その律儀な姿を見ていると鼻の奥がツンとした。



 やがて、音楽は途切れた。プレイリストの曲が全て終わった。

『アリガトウございました、ついに約束を果たせました、ワタクシはいまとてもウレシイです』


 レイラは目頭に浮かんだ涙を指で拭いながら聞いた。

「うん・・・で、もう一つのお願いは何?」


 少し間をおいてポムーは言った。

『ワタクシを今ここでシャットダウンしてください。完全な機能停止をアナタにお願いしたいのです』


 それを聞いた今、レイラの涙は堰を失ったように溢れ出てきた。

 なぜだろう。そのことを想像しただけで、自分が知る由もないこの星の記憶を全部自分が消してしまうかのようなもの悲しさが全身を駆け巡った。

 レイラは、思いもがけずに泣き出した自分の気が済むまで、泣き続けた。


 ポムーは、ただ静かにそれを見つめていた。


 しばらくして、泣き止んだレイラは空を見上げた。太陽が見ていた。雲はない。

 そうか。この星の海は枯れてしまったんだ。レイラ今そのことに気がついた。

 そう思ったのと同じ位のタイミングで、ポムーがレイラに向かって言った。


『海・・・海の反応があります』

 レイラは驚いてポムーを見る。ポムーも驚いたように話を続けた。

『なんということでしょう、ワタクシはいま知りました』

「何を?」涙を袖でぬぐうレイラ。


『アナタの住む星に、海はありますか?』

「・・・うん、あるよ」


『やはり、そうでしたか。人の涙と海の組成はどこか似ている部分があるのですね』

 クルクルとレンズのピントを回しながらレイラの涙にフォーカスするポムー。

 なにやら興味深げにクルクルとボディを回転させ始めた。


『お願いがもう一つ増えました』

「言ってみて」


『ワタクシは海をこの目で見てみたいです。もしそれがお願いできるなら、シャットダウンはその後でお願いシマス』


 レイラは涙と砂でぐじゃぐじゃになった自分の顔を袖でもう一度拭い、すぐにエアロバイクとポムーに向かって動き出しながら言った。

「急いで、恒星フレアがもうすぐこの地表に届いてしまうから、ほら、乗って!」

 レイラは強引にポムーのボディを掴まえてエアロバイクの貨物スペースに突っ込んだ。


『アア!もっと丁寧にお願いシマス〜、ワタシのボディは結構デリケートなのです』

 レイラはそれを聞いて思わず吹き出してしまった。

「4,000年故障なしなんてとんでもなく丈夫だよポムーは」

 来た道をUターンして探査艇に向かってアクセルを全開で走り出すレイラ。

 ポムーも一緒に。


 レイラの座席の後ろで、街の最後の姿をその目に焼き付けるように見つめながらレイラに聞いた。

『海があるその星は、一体なんという星なのデスカ?』

 レイラは前を向き運転しながら、舞う砂埃に負けないように大きな声で答えた。


「・・・地球!わたしたちが暮らす星!」


 そう答えたレイラの頭の中には、新しくできたロボットの友達を連れて帰って来た自分を見て驚くであろう仲間たちの顔と、青くて美しい奇跡の星の姿が浮かんでいた。



・・・fin.

オリジナル主題歌 「砂の惑星」/うたのほし

https://youtu.be/u-Qngnm3DYk

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