表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

乙女ゲーのヒロインだと気付いた時には、何もかもが遅すぎたのです。

作者: しじま よ

   


 王都の外れの小さなパン屋さん。

 ぷくぷくと太った焼きたてのパンみたいな父さんと、小麦粉の様に白い肌の母さん。

 “パン屋のミュゲ”、15歳の女の子、それがアタシ。


 平々凡々な平民の家系に生まれた、平々凡々ないち平民だけれど……アタシには、秘密があった。


「おはよう、ミュゲ!」

「おはよう、今日も良い朝だね!」

「おはよう!」

「おはよー、みんな!」


 パン屋の裏にある自宅の扉から出てきたアタシを待っていたのは、キラキラと光る小さなお友達。

 お友達は、父さんにも母さんにも、おとなりさんにも誰にも見えない。“妖精さん”、というらしい。



 妖精達とアタシは、小さい頃からの友達だった。時に妖精達は、アタシに皆の力を貸してくれる。

 アタシは平民だから魔力はないんだけれど、妖精達の力で魔法が使えた。


 パン屋のミュゲは、平民なのに魔法が使える。

 その噂を聞き付けて、貴族様はアタシを養女にすると、ある日突然訪れた。


 怒りで体をブルブルと震わせる父さんと、泣きながら連れていかないでと叫ぶ母さんに、貴族様はニヤリと笑う。


「仕方ない。今回は帰りますが、次来る時は……そうだな。一月後に、またお迎えに参ります。楽しみにしていますよ」


 あっさりと引いていく貴族様を、3人で呆然と見送るしかなかった。


 次の日、おとなりさんに挨拶をしても、困ったように無視された。

 その次の日から、パン屋にお客様が来なくなった。

 5日程経って、お店に夜盗が入る。お金は自宅に保管していたので無事だったが、腹いせなのか商品棚が全部泥で汚されていた。

 父さんと二人でパン屋を掃除して、3日後。我がパン屋で買ったパンに、死んだネズミが入っていたと大きな声で文句を言われた。

 父さんがそんなことないと言い返していたが、集まった人々の怒声と嘲笑に、母さんが倒れた。怒った父さんが、人々を追い出すとその日はお店を閉店にした。

 おかしいよ。10日前から、パンは1個も売れていないのに。


 母さんが、倒れてから具合が悪いらしく、ベッドに伏せがちになった。

 父さんが、青い顔をして「小麦粉も卵も、全部買えなくなった」と言っていた。


 それからお店は毎日開けられずに、父さんは王都中を走り回った。とにかくパンの材料を求めて、色々なところへ出かけていった。

 母さんは寝込んでから、どんどん衰弱していった。毎日涙を流し、アタシの顔を見てはごめんなさいと呟いている。


 アタシは、絶対貴族様のせいだと思った。思ったけれど、証拠がない。それに、どうして良いかも分からない。

 だから、貴族様がまた我が家を訪ねてきた時は……なりふり構わず、ソイツに頼んだ。


「アタシを、養女にしてください。その代わり、父さんと母さんを助けてください」


 泣き叫ぶ母さんの声を背に、アタシはソイツの目を睨む。一月前と同じニヤリとした笑みで、ソイツは首肯した。



 こうして、アタシは、レリーチェ=ヴァンダーレン・ミュゲ・イーリスとなった。



 イーリス家の長女レリーチェは、4種の魔法を使える“聖女”らしい。

 まことしやかに流れる噂を、アタシは肯定も否定もしなかった。おそらく義父が流した物だろうが、貴族の世界も何も分からない自分が、どうして良いのか分からなかった。


 顔も知らないキュアノス家の次男の方と婚約となり、その双子の妹だというシャルロッテ様を“お友達”とご紹介された。

 シャルロッテ様は、貴族達に一目置かれている“白薔薇の姫”と言われる尊いお方で、彼女から貴族としてのマナーを学べと義父は言った。


 そうしてアタシは、婚約者やシャルロッテ様が通われている貴族用の学園へ、中途半端な時期に入学することとなる。


 学園での毎日は、楽しい。“聖女だから”と皆は優しいし、知らない事を学べることは嬉しかった。

 お友達の妖精さん達は変わらずそばにいてくれ、魔法を貸してくれる。ここの学生にも先生にも見えない彼らを、皆は信じてくれた。


 だから、毎日をただただ過ごしていただけのアタシは、気付くことができなかった。

 養父となった義父は、アタシの両親をこっそりと“処分”していたことを。



 ある日の夜中、寝ていたアタシは全身を巡った悪感に、悲鳴をあげながら飛び起きた。


「……どうしたの? レリーチェ。悪い夢でも見た?」


 寮の同室で友達のシアンが、眠い目を擦りながら起き上がる。それに返事もできず、アタシはガタガタと震えていた。

 同時に、室内がパッと明るくなる。部屋のライトではない。妖精達が、そこら中にぶあっとあらわれた。


「ミュゲ! 大変だ!」

「君の、お父さまとお母さまが!」

「パン屋が、燃えてるの!」


 気付けば部屋着のまま、寮の中を走り抜けていた。誰かが止める声が聞こえたけれど、構わず走り続ける。

 妖精達が続いて、その数はどんどん増えていった。夜なのに明かりも必要ない。


「ミュゲ!」


 小さい頃からのお友達、風の妖精さんがふわりと飛んできた。そのままアタシの体が、舞い上がる。力を貸してくれる。

 過去一番早い空中飛行で、アタシは学園から離れた郊外の小さな家に飛んだ。


 そこには。


「父さんっ! 母さんっ!!」


 燃えるパン屋と、隣の小さな自宅。壊れたドアから中へ飛び込めば。


「あ、ああ……」


 血まみれになり、母さんを守るように折り重なった父さん達は……。


「ッあああぁぁアアア!!!」



 そこから先は、記憶が曖昧だ。


 突然のショックに、私は“前世”を思い出す。

 ここは、『すずらんの鐘が鳴る丘に』という大ブームとなった乙女ゲームの世界……に似ている世界だと思う。

 私が知っている限り、ヒロインである“レリーチェ”は、転生者ではない。レリーチェは、“平民なのに魔法が使える”として学園に保護されて、甘酸っぱい青春物語を紡ぐのだ。


 “私”は、なんで、こんな目にあっているの?



「ふふっ。思い出した? 愛しのミュゲ。君が誰のモノであるかを」


 突然響いたテノールに、私はのろのろと顔を上げる。

 燃える炎の中、その火の光を消す程にまばゆい存在がいた。


 なんとなく、理解できる。


「……妖精達の、おーさま?」

「ご名答。良く分かったね」


 あるじさま! と、周囲の妖精達が歓喜の声をあげる。


「君のご両親は……残念だったね。でも安心して欲しい。“チチオヤ”は、始末しておいたから」

「始末……?」

「うん。だって、君には要らないでしょう?」


 ほら、と妖精王が右手を広げる。そこにあったのは、義父が常に身に付けていたイーリス家の家紋の指輪。


「愛しのミュゲ。君が望むなら……イーリス家の当主として、生きていくのも構わない。けれども、もし君が……俺の手をとってくれるなら」


 ふわふわと浮いたままの妖精王が、床に座り込んだままの私に左手をかざす。風の妖精の力のように、ふわりと何かが私の体を持ち上げた。


「永遠に、君を愛することを誓うよ。ミュゲ。俺の……俺だけの、聖女」


 浮いたままの私の体を、妖精王がやんわりと抱き締める。包まれたその熱に、何故か懐かしさを感じた。



   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ