第五話 俺とエコロケーション
「夜行性のコウモリは目がいいわけじゃなくて、超音波を使って周囲との距離をはかってるんだって。先輩、知ってた?」
そう言うと理人は、先輩に口づけをしてしまうのかと思うほど接近する。
「俺とエコロケーションしてみる?」
先輩は、微動だにせず、いつもより低い声で、
「気に入らないんだよな……お前の事」と言った。
コウモリの展示場所は、コウモリの他にも、何種類かの夜行性の動物を飼育している。
施設内は真っ暗で、目が慣れるまでに時間がかかるほどだった。
その場所で休む内、理人の空気を読めない発言に悪態をつけるほど、先輩の体調は戻ってきた。
先輩、どうして暗い所がいいって言ったんだろう……。
救護室なら、もっと近い場所にあったのに……。
俺に体重を預けて寄りかかる先輩は、まだぐったりしている。
「俺、水買って来るね」
そう言って理人は展示場を出た。
ドアの隙間から光が射しては、失われていく。
先輩が俺の首元に顔を寄せて、
「お前って、本当いいニオイするよな」と言った。
息がかかってくすぐったい。
ここは動物園の中でも穴場スポットのようで、今の時間は幸い、俺達以外に客はいない。
先輩の具合が悪いというのに、口元を緩めてしまう自分を胸の内でしかりつける。
「前にもそんなこと言ってましたね」
「絶対、お前を俺のものにする」
先輩の情熱的な告白に、心臓が跳ねた。
「俺の初めての相手はお前じゃないとダメだし、たぶんお前の味を知ったら、他の事なんて考えられなくなる」
耳元で囁かれる甘い愛のセリフに、全身が熱くなる。
出会ってから、まだ日が浅い相手に、こんな風に言えてしまう先輩の純粋さが、羨ましいとさえ思ってしまう。
「絶対、大切にするから」
先輩の唇が、俺の首元に触れた。
「!? 先輩!?」
普段からスキンシップが過剰な先輩でも、これは、やりすぎだと思う。
「だから、俺のこと受け入れて」
それは一瞬のことで、冷たい氷が突き刺さるような、電流が走るような、首元に感じた初めての感覚に、俺の頭は真っ白になった。
それが痛みだと気づくまでにどれだけの時間が流れただろう。
数分かも知れないし、一瞬が過ぎただけかもしれない。
噛まれた?
先輩に!?
涙目になりながら、恐る恐る視線を移す。
爛々と目を輝かせた先輩が、俺の首元に柔らかそうな唇を付け、血を吸っていた。
先輩、そんなにお腹減ってたんですか?
思考が正常に機能してくれない。
「先輩!?」
「らに?」
先輩が俺の首元に口をつけたまま返事をする。
可愛い。
じゃなくて。
「何してるんですか!?」
先輩がコテンッと可愛く首を傾ける。
「言ってなかったっけ? 俺が吸血鬼だってこと」
先輩がそう言った瞬間、俺は意識を失った。