第四話 パンダまんを頬張る先輩を見たい
週末の朝、俺は動物園の入口で先輩を待っていた。
夏日の予報通り、既に強い日差しが差し始めている。
俺のお誘いに、先輩は二つ返事で快諾した。
帰りのバスの中で、花が咲くように笑った先輩が、
「学校ない日に会うの嬉しい」と言った。
え……天使ですか?
先輩から快諾いただけて、多分、先輩の嬉しいの数億倍、俺は舞い上がってますけど。
「同じクラスの友達も来ます」
「え」
え?
あ……もしかして人見知りするタイプの方ですか?
「俺、お前と二人かと思ったのに……」
「すみません。話した事のない人と一日一緒って、キツイですよね?」
「え? そうじゃなくて……」
「一人だけなんですけど、ダメですか? 先輩のファンみたいで、すごく楽しみにしていて」
「は? 俺のファン? なんで?」
「先輩が、かわ……っこいいからじゃないですか?」
うっかり心の声を漏らす俺に、先輩は眉を寄せて、
「お前、今かわいいとか言おうとしなかった?」と聞いた。
その時と同じ不機嫌顔で、先輩は現れた。
先輩の隣で、理人が俺に手を振っている。
「一緒だったんだ?」
先輩と対照的に、理人はご機嫌で、
「ちょうどそこで会ったんだ」と言った。
何か、先輩と理人、正反対だな……。
服装が。
先輩は、オーバーサイズのTシャツにハーフパンツ、スニーカーに靴下、エクリュカラーを使った全身白のワントーンコーデ。
着る人を選ぶけど、先輩が着ると可愛い。怒られそうだから言わないけど。
理人は、柔らかい素材のシャツにワイドパンツのタックインコーデ。
全身黒の装いにシルバーのピアス、ネックレス、ブレスレットを付けている。
個性的な格好だけど、スラっとした高身長で顔の良い彼には似合う。
髪も黒だし、肌も地黒だから、影が歩いているみたいだ。
「こいつが来るって聞いてない」
「え? 先輩、理人と知り合いですか?」
先輩は、軽蔑の目で理人を見ると、
「交流ないのに、仲良くなりたいので返事待ってますってDM送ってきて、返信しないでいたら、その後もめちゃくちゃDM送って来るから全無視してる。俺の投稿には、毎回最速でいいねして来る。お前のクラスにいるなって気付いてたけど、学校では話しかけて来ないから、余計気味悪かった」と言った。
「お前、何してんの」
まるで気にしていない様子で、理人は、
「俺、ちょっと愛情表現が変わってるから」と笑った。
事情を知らなかったとは言え、先輩には悪い事をしたかも知れない。
「ところで、今日は何で動物園? 理人、動物好き?」
今日のお出かけ先の提案者、理人に話を振る。
「ちょっと見たいものがあって。昨日楽しみすぎて寝付けなくて、めっちゃ調べてきた」
理人のスマホ画面に映し出された、園内マップを二人で覗き込む。
「イケメンゴリラがいるらしいよ。あと、モルモットとか触れる所もあって。あ、ハシビロコウも見ておきたいよねー。で、お昼は」
画面がフードメニューに切り替わる。
「パンダまんを頬張る先輩を見たい」
「俺は牛肉うどんでいい」
純粋に楽しむつもりではあるようでホッとする。
「俺、動物はみんな好きだから、二人と動物園来れて嬉しいよ」
理人が目を細めて、先輩に微笑んだ。
「でもちょっと、今日の天気は先輩には辛いかもね」
週末ということもあり、園内は、家族連れが多く行き交っている。
小さな子供が走り回って汗だくになり、自販機で買ったばかりの冷たい水を勢いよく飲んでいた。
先輩に異変が起きたのは、理人の案内で動物達を見て周り、パンダの観覧列に並んだ所だった。
前に並ぶ俺の背中に、先輩が体を預けるようにもたれかかる。
「暑い……溶けそう……」
「くっ付くと、余計に暑くなっちゃいますよ?」
「……死ぬ」
理人が、
「先輩、俺にもたれかかって!」と言って両手を広げる。
「死ね」
「そういえば、週末、日差しが強くなるってニュースで言ってましたね。この時期、急に暑い日あるから……」
背中に感じていた重みがなくなり、不思議に思って振り向く。
その場にしゃがみこんだ先輩が、俯いて地面に手をつけた。
「先輩?」
膝をついて先輩の顔を覗き込む。
先輩の白い肌から、血の気が引けて、大量の汗が顔と首を濡らしている。
熱中症!?
「先輩! しっかりして下さい! 今、救護室に……」
先輩が、力の抜けた声で、
「救護室じゃなくて、涼しくて、暗い所……」と言った。
涼しくて、暗い所?
「理人、涼しくて暗い所って!?」
「コウモリのとこは? ちょっと離れてるけど」
俺は先輩を背負い、人並みをかき分けるように園内を進んだ。