第三話 俺が上ですよね
それから、先輩は毎朝俺と同じバスに乗って登校し、下校時間には俺のクラスに迎えに来て一緒に帰るようになった。
登下校の時間だけじゃなく、昼休みには2、3人の友達を連れて俺のクラスに滞在している。
「で、いつにする? 俺はいつでもいいけど」
俺の前の席に座り、先輩がキラッキラの笑顔で言った。
先輩の周りに、光の粒が輝いている。
「先輩、もう少し自分を大事にした方が……」
「は? むしろ欲望に忠実だけど?」
そんなきれいなお顔で、こんな昼間からきわどいお誘いを……。
先輩、告白してからの色々をすっ飛ばして、事実関係を作ろうとする理由はなんですか?
「あの、俺が上ですよね?」
「え?」
先輩が、キョトンとした顔を向けた。
可愛い。
はっ……しまった……。いつの間にか、兄と同じ思考に陥っている。
もちろん俺は、先輩と純粋な恋愛をしたいと思っています!
なのに俺の中の不純な細胞が、先輩のお誘いを都合よく解釈してしまう……!
おい兄貴。お前が上とか言うからだぞ!
「上? 体勢が? 上って難しくないか? できなくもないけど……普通じゃないっていうか」
「え、先輩の普通って何ですか?」
先輩が、ジェスチャーで俺に立てと命じる。
それに従うと、先輩も椅子から立ち上がり、俺の前に向き合った。
俺の背中に腕を回し、先輩が首元に頬を寄せる。上質な花のような香りが、俺の鼻先をくすぐった。
「こんな感じ」
教室内に、ざわめきが起こる。
先輩のお友達①が、
「何の話してんの!?」と笑う。
先輩のお友達②が、
「甲斐くん、石化してるじゃん!」とからかう。
先輩の過剰なスキンシップを、先輩のお友達は単純に面白がっているみたいだけど、俺のクラスメイトはどう思っているのだろう……。視線が痛い。
「じゃ、俺達もう戻るから。放課後、迎えにくる」
「は……はい……」
「じゃーねー甲斐くん」
「またね〜」
嵐の様な時間が去ると、
「甲斐くん、最近、あの先輩と仲良いね」と声をかけられた。
黒石理人。さっき先輩の座っていた、本来の座席の持ち主が、こちらに体を向けて座る。
涼しげでキリッとした黒い瞳に、膨らんだ涙袋と口角の上がった唇が、愛嬌を添えている。
褐色の肌に似合う、腕に付けられたシルバーのアクセサリーが、俺の机に当たって鈍い音を立てた。
「ごめん。席、迷惑だった?」
「全然。気にしないで使って」
理人は、いつも笑顔で感じがいい。
何故か影があるように見えるけど。
「俺、あの先輩のこと気になってたんだ。InstagramとTikTokで先輩のことフォローしてるよ」
「え、そうなの?」
理人がスマホの画面を見せる。
俺とは住む世界が違うオシャレな写真が並んでいる。
あと、踊る先輩が可愛い。でも、こんなに可愛い先輩を全世界に知られて大丈夫?
「休みの日とか遊んだりするの?」
「いや……」
むしろ俺も、最近知り合ったばかりだし……。
理人は、
「仲良いのに」と言って笑った。
「あのさ、今度、先輩誘って遊びに行かない?」
それは意外な提案だった。
「来てくれるかな?」
そもそも理人と二人で遊んだこともないのに、三人で?
休日に俺達と遊ぶ先輩の図も想像できない。
「来なかったら二人でいいんじゃない? とりあえず誘ってみて」
「え……」
俺に断る隙を与えないみたいに、理人が黒板側に向き直ってしまう。
俺は、三人で行くなら、先輩と二人で出かけたいけど……。
何故か胸の内がモヤモヤするのは、先輩を誘う事を押し切られてしまったからだろうか。