1955年 5月 日本国
創暦 ???年
はい、どーも。毎度ご苦労さんだねぇ。
今日はちょっと良いもの仕入れたんだ。ちょいと伊勢方面に行ったもんだからねぇ、御覧よこの霜降り、松阪牛を奮発しちゃったのさね。今日はこれですき焼きでもしながら語ろうじゃないか。
今日のお話は1955年の名古屋、ニヒルちんはとある会社の経営部長にとんでもない若さで就任したんだよ。すっごいねぇ・・・え、コネじゃないかって?逆、将校さんはかなりの実力至上主義だからね。家族だろうと関係ないのよ。ニヒルちんは自力でその地位まで上り詰めたのさ。
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1955年 5月 名古屋 某所 某会社 ニヒル アダムス
「・・・なんですか・・・この、ふざけた書類は・・・」
私は渡された資料を読み、愕然とした・・・
「な、何かいけなかったでしょうか・・・」
部下が冷や汗をかきながら私に小声で言った。
「何がじゃねぇです。何ですかこの文章は、これで取引をしようとしてたですか?阿呆か貴様ら、ここの文章も、回りくどい上に分かりずらいです。何を伝えたいのか一切伝わらねぇですよ。自分の立場にもう少し自覚と自信を持てと何度も言ったでしょうが。取引したいのなら下手に出てお膳立てするなです。堂々と対等に、対等な関係でこそのこの会社です。そこをはき違えるなですよ、分かったですね!」
「あ、はい・・・」
「声が小さい!!」
「はい!!」
やれやれ・・・これが戦後のサラリーマンってやつですか。この業界もどんどん戦場になって来たな・・・今度は権力でねじ伏せるか。だからこんな頼りない部下が出来てしまう。
まぁある意味尊敬は出来るな、権力を持った奴は。とは言っても、いつまでもそこに縋りつく奴に未来はないだろう。生き残るのはそこにある意味を理解し、吟味して出す事が出来る者だ。そんな奴がこれからの世を創っていく、私はその一人になる。
私は今中学を卒業し、私が提案した運送的な会社に入社した。社長は将校さんで、そしてコネも少々あるだろうが、個人的には実力で中部地区本社の経営部長に二十二歳と言う若さで就任した。
そして今は通信販売と言う戦法を考えている所だ。そこで資料製作を部下に頼んでいたんだが、これがまたダメダメなんだ。
昼休み
「なぁ、ニヒルさんってよぉ」
「どうしたのさ?」
遠くで部下が話してる・・・聞こえているぞ。不満があるのなら直接言えばいいものを・・・まぁ、仕方がないか。陰口は誰にでもある。
「まぁ、俺的には良いんだよ。仕事はちゃんとできるし指示も出せるし美人だしな?」
「あ~・・・それね」
「そう、そうなんだよ。そうなんだけどさ・・・」
『もうちょっと口が悪くなければなぁ~』
すんませんでしたね。口が悪いのは昔からだ、今更変えられんの。私は日本人であることに誇りはあるがどうにも女性らしく淑やかにの文化だけは受け入れられん。
私はそんな事を思いながら自前の弁当を食べた。
『ジリリリリン』
ん?電話だ・・・
「はい」
『お、久しぶり。俺だよ、善之助だ』
この声は善之助だ。
「善之助?久しぶりです。関東支部はどうです?」
『まぁボチボチだな。新事業もそれなりに基盤が出来始めていると思う、それよりもだ。今日東京国際空港に用事があったんだが、そこでお前を探してる奴に出会ったんだ』
私を探す?一体誰が、何の為に・・・私は堂々とここにいるんだぞ。
「ふーん、そいつは今どこに?」
「さぁ、どっか行っちまってな。俺が名古屋にいると言ったらそそくさと消えちまったんだあのデカイ女」
デカイ女?全く見当もつかない・・・
「善之助、そいつは一体誰なんだ?デカイ意外に何か特徴があったか?」
私は善之助に尋ねた。こういうのは気になって仕方がないんだ。気になると仕事に支障が出る。
『フランスからの便で来たのは間違いないんだが、身長がやたらとデカイ意外にはサングラスと頭を布かなんかで巻いてたからどんな髪型かも分からない。あ、ただ高級そうな鞄を持っていたな』
私はセレブに知り合いはいないぞ。しかし、仏蘭西か・・・まさか私の本当の家族・・・な訳はないな。戦後十年経つんだ、有り得ん。
ならそれ以外は一体誰なんだ・・・
「その女には私の所在は伝えたのか?」
「いやそれが、ニヒルはどこだ?って言ってきて、俺は普通にニヒルなら中部本部ですって言ったら、わかったありがとうって消えちゃったんだよ。フランスにはまだ俺たちの会社は進出してないし、気になって連絡したんだ。何か変わった事はそっちではないか?」
「いや、情けない部下に悩まされている以外はいつもと変わらない。そんな女はこっちには来てないぞ。まぁ、恐らく人違いか何かだったんだろう。じゃあ、また今度だな善之助」
『そうだな、その可能性が高い、じゃあなニヒル。あ、それともう一つ。隆二とそして俺から、そろそろ彼氏作れ。以上』
「ちょ!!」
『ブツッ。ツー、ツー・・・』
ったく、余計な事を・・・私は彼氏とかそんなチャラついたモノには興味ない、私は仕事人間なんだよ全く。あいつ等こそ嫁を貰え・・・
そんなこんなで昼が過ぎた。仕事再開だ。
「あの~・・・」
「ぁあ?」
さっきの部下がショボショボとやって来た。だからもっと堂々と構えられんのか。
「い、いえ、なんか部長にお客様が・・・」
客だと?まさかそんな訳・・・どうやって私を探り当てたと言うんだ?いや待て、確か今日だったっか?得意先と商談があるのは・・・明日だったような・・・だとしたら間違いだ。
「今日誰か来る予定は聞いていないです。アポを取って後日来るように伝えておくです」
「それが・・・」
「まだ何かあるですか?」
「ついてきちゃったんです・・・」
この野郎・・・減給処分にしてやろうか?部下の後ろにそいつはいた。成程、身長は百八十は軽く超えているな。それでいて体型は華奢と言うべきか、スラっとしている。そして大きなサングラスに、ブランド物のバッグとこれもまた高そうな水玉のワンピース、髪型は布で覆われて分からない。
この特徴は、さっき善之助から聞いた奴と同じだ。偶然にしては妙だな、仕方がない。
「はぁ・・・後で始末書出すですよ、良いですね」
「は、はい・・・」
「まぁ、どうぞこちらにおかけください・・・さて、早速で申し訳ありませんが、あなたは私を嗅ぎまわっていると聞きました。まずは身分を示してはくれませんか?見た所随分と高いご身分の方だと存じますが」
とりあえず直球に聞いた。相手が取引相手とかならまず自分から自己紹介すべきだが、今回は向こうが押しかけたんだ。まず名を名乗れ・・・お前は一体誰だ?
「・・・ふっ、フフフ・・・」
なんか・・・突然笑われた・・・
「何かおかしなことでも言いましたか?」
「えぇ、可笑しいったらありゃしないわよ。10年以上、幼いころから、ずっと探していたんですもの。そしてやっと見つけたよ、お姉さま」
なん・・・だと・・・
「・・・人違いでは?私はただの経営部長です」
「そんなはずはないわよ。私はウーネア アダムス。そしてあなたはニヒル アダムス。かつてこの国に在住していたフランス人外交官の正真正銘の娘にして、この私の唯一の姉・・・ずっと探していたんだよ。戦争が終わって、私は両親を説得しこの国に来ようとしたけど今の今までずっと止められていたの。敗戦国に行くのはよせってね」
「やはり人違いですね、申し訳ありませんがお帰り下さいますか?」
「え、ちょっと!?」
私の家族は将校さんと隆二に善之助だ。今になって会いに来ただのなんだの言われても何の感情も抱かない。悪いが帰ってもらう。
「あなたの両親には、日本に姉はいませんでしたとお伝えください。話は以上です」
「あ、今認めましたね・・・」
「は?」
「やっぱりお姉さまだったんだね・・・正直、確証は無かったんだよね。お姉さまの噂だけを頼りにここまで来ただけだもの。そしてそのままの勢いで勝手にあなたをお姉さまと決めつけて話を進めてただけなんだよね~。なのにあなたは今なんて言いました?『姉はいませんでした』と言いましたよね。それは逆に姉の存在はあった事を認めたと言う事ではないのかな?これで確証は出来たよ、あなたはやっぱり私のお姉さまです」
なんて無茶苦茶な・・・こいつ、私を姉だと知るためにあえて決めつけてたのか。けど、話は変わらないぞ・・・
「だとしたら何だと言うのですか?今更戻ってこいとでも言うですか?言っておくが・・・」
「そんなんじゃないよ。私が両親の反対を振り切ってまでここに来た理由、それはただ一つ・・・」
ウーネアはサングラスと巻いていた布を取った。パーマの効いた金髪のショートヘアと青い目、確かに少し似ているか・・・身長はかなり差があるが・・・
「え・・・」
そんな感想を考えていたら、ウーネアは思いもよらない行動に出た。突然私に抱きついてきたんだ。
「ただ、ただただ会いたかったんだよ。お姉さま・・・私はただ、ずっとお姉さまに会いたかった・・・」
「お、おい・・・何を」
「お姉さまはあの時、わざとこの国に残ったんでしょ?家族よりも、この国が好きだった。だから一人でいなくなった。あの時私が泣いていた理由はね、お姉さまと離れ離れになる事が嫌で泣いてたんだよ。あれから両親は諦めたようでお姉さまを探す事を止めちゃったの。薄情だけど仕方がないよね。あんな戦争じゃぁね・・・でも、私は生きてるって信じてた。隠れてずっとお姉さまを探してた。それでこの間遂にヒントを手に入れたの。それで強引に理由を付けてフランスからはるばるここまで来たって訳」
何だこいつ・・・何て言うんだろうか、ウーネアの一言一言には何か重さを感じる。執念のような何かを・・・執念、私にもこの国をもう一度立て直すと言う憎悪にも近い執念がある。
似た者同士とでも言うのか?
「ただ会いたいって理由だけで、私に会いに来たですか?」
「そうだよ。お姉さまが元気なら、平和に暮らせているのなら、これは私にとって至上の喜びなんだ。でも、今のお姉さまは元気だけど、平和には程遠い顔をしてるね。まだ平和を求めてるって顔してる」
「まぁな、私には成し遂げたい事がある。それが実るまで、いや・・・この命尽きるまで私は戦い続けると決めたんです。血は流れなくとも汗を流し、私は私なりの平和の世を目指しこの人生を全うする・・・そう決めたんです」
思わず本音を漏らした。と言うより、あえて言い放ったの方が正しいか。ウーネアはかなり温室育ちの雰囲気を感じたから、どうにもそこに対抗意識が芽生えたみたいだ。
「素晴らしいわ・・・本当にすごい覚悟を持ってる。流石は私の姉ってところだね。でも、私にもここにはある覚悟を持って来た。お姉さまを必ず幸福にしてみせるって・・そこで、私に少し付き合ってくれる?お姉さまに会わせたい人がいるんだ」
やれやれ・・・この目は正真正銘だ。執念だ、こいつの目からは執念を感じる。こいつは自分自身の幸福以上に私の幸福を願っている。少し気色が悪いと思うほどだ。
「まぁ良いでしょう、しかしそいつは誰です?まさかまた家族とか言わないですよね?」
「違う違う、言ったでしょ?両親の反対を押し切って来たってさ。名前はまだ明かせないけど、お姉さまも彼を必要としてるし、彼もまたお姉さまたちを必要としてる」
「たち?」
「そう、お姉さまの目指す世界を創る為に、私は平和を願い戦い続ける者たちを探してる」
ウーネアの声が真面目に変わり、目つきもさっきとは打って変わってきつい目になっている。憎悪の目、あの空襲の時、私も同じ目をしていた・・・鏡や水面に映った自分に向かい、放っていたあの目だ。
ウーネア アダムス。戦勝国であるお前が、何故敗戦国の私と同じ目をしている?お前はこの十年、一体何を見てきたんだ?
「無理にとは言わないよ、これはお姉さまの人生を壊してしまうかもしれないから。けど、一つ言うとお姉さまの今やろうとしてる事程度では世界は変わらないと言う事だけ、それは確実に分かる。この国を変えたいのなら、世界のルールそのものを変えなくちゃいけない。そうは思わない?思っているのなら、明日の昼、名古屋駅に来て」
最初は行くつもり等毛頭なかった。しかし、この目にただならぬ感覚を覚えた。こいつは何かを見据えている、世界を変える何かを知っている。
私はそこに興味が湧いた。十年ぶりに出会った家族とかではなく、純粋にこの異常なまでの覚悟の強さを見てみたくなった。
私はしばらく何も言わなかった、ウーネアは私の顔を見るとまたさっきまでの笑顔で去っていた。
「おい、明日の契約の話、また今度にしてくれるですか?明日は予定ができたです」
私は、部下に伝えた。とりあえず、今日中に明日分の仕事を終わらそう・・・
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創暦 ???年
さてさて、ここでニヒルちんの妹、ウーネア アダムスの登場だね。因みにニヒルちんの身長は152センチでウーネアは188センチもあるんだよ。
そうそう、アダムス一家は開戦の後、外交官と言う立場を応用して、連合国軍間との貿易事業を始めていったんだって。そして終戦後にはフランスを代表する貿易会社になったんだよ。つまり、これでただの少し金持ちからガチのセレブに成り上がったって事だね。
それより、ウーネアの言っていた合わせたい人。それは誰なのか、まぁ何となく予想はついてるかな?でもその前に、あの二人の話をしなきゃいけないね。
次は一か月戻って1955年の4月の出来事、ディエゴと森羅のお話をするよ。