天然ウナギと養殖人間
今より少し先の未来の、ある日のこと、日本近海を震源地とする、巨大地震が発生した。
地震の影響は、日本の国土全域にまで及んだ。社会、経済、環境、そして人命の、あらゆる点において大きな損害を受けたものの、人的被害に限定すれば、今日に至るまでの耐震対策が功を奏したのか、予測よりもはるかに少ない程度で抑えられていた。その後、日本は各国から支援を受けたのもあって、人類史上例を見ない速度で復興が進められていった。
人間社会の機能回復は順調であったが、その一方で、自然環境、特に生態系への影響は計り知れないものであった。
災害による環境の変化や汚染物質の流出などが重なり、絶滅する野生動物が相次いだのである。その中でも特に日本人の心を揺さぶったのが、国産天然ウナギの絶滅、という報道だった。
この事実は、世の美食家と呼ばれる人々を、大いに落胆させた。しかしその中に一人、どうしても天然ウナギを諦められない者がいた。
「天然ウナギは絶滅しても、種としてのウナギはまだ養殖場にいるはずだ、私はそのウナギたちを何匹か引き取り、天然ウナギに戻す企画を始めたい」
そのような声明を出したのは、美食家たちの中でも指折りの資産家として知られる人物だった。
彼は政治家、美食家、知識人など、あらゆる方面からの協力者を得るや否や、豊富な資金を惜しみなく使って、『天然鰻再生機構』という財団を立ち上げた。手始めに、海が近く、栄養に富んだ湖周辺の土地を買い取り、養殖場から何匹かの貴重なウナギを譲り受けた。ついでに、普段何をしているのかよくわからない環境保護団体ですら、金で味方につけていた。
買い取った土地には、災害以前と変わらないレベルの自然環境が整備され、さらに天然ウナギと生息地をともにしていた植物、水棲生物をも、厳密に調査を行ったうえで放逐されるという徹底ぶりだった。準備段階は、誰の目にも順調であった。
しかし、いざ企画が始まると、かつて養殖だった生き物を天然に戻すというのは、想像以上に困難なものであると、思い知らされることとなる。
放流されたウナギたちは、養殖場とまるで異なる環境に晒され、栄養不足や病気が原因ですぐに弱ってしまった。さらに自然環境ならば、ウナギを食べる外敵も数多く生息している。もとが養殖とはいえ、貴重なウナギであることに変わりはない。死んでしまう前に抗生物質入りの餌を与えたり、外敵となる生物を排除するなどの対策が取られたのだが、そのような人の手を加えていては、とても天然ウナギとは呼べないのだ。
最初の数世代が失敗した後でも、企画は粘り強く続けられた。ウナギたちはその後何世代にも渡って自然環境に挑み、人間たちも今度こそはと、期待のまなざしで稚魚たちを送り出していく、その繰り返しが何年も続いていった。
特に熱心だったのは、この企画を立ち上げた、資産家その人だった。長い時が過ぎ、病に倒れ、車椅子がないと満足に移動できない体となっても、足繁く土地の様子を見に行っては、遠い記憶の中にあるウナギの味わいを思い出していた。
蘇った天然ウナギをこの目で見て、この口で味わうまでは、どうしても死ねない――その一心だった。彼はその日が来るまでは、どんなに金がかかる延命治療をも辞さない心積もりでいた。
そしてついに、その執念が結実の時を迎えた。最初の世代から、遠く離れた子孫のウナギたちが五匹、まったく人の手を借りずに成魚となったのだ。財団の職員たちは狂喜とともに、その事実を報告した。
間もなくして、そのうちの一匹が慎重に捕獲され、一流の料理人の手を介し、かの資産家の食卓へと供された。
茶色いタレとウナギの脂が合わさった重厚な輝きに、食欲を大いにそそるにおい、ぷりぷりとした肉厚の身、まさしく失われたはずの、天然ウナギの蒲焼きに違いなかった。それを目前にして、資産家は落ち着いた様子で、食卓に座っている。いよいよ、彼は蒲焼きの一切れを箸でしっかりとつかみ、口の中へと運んでいった。
数回咀嚼して、しばらく口を止め、飲み込む。そして、ふう、と息をついた。
「やはりな、思っていた通りだ。養殖ウナギのほうがうまい。いったいあの時の私は、何を考えていたのだろう。自然のものより、人間の素晴らしい叡智によって生み出された養殖のほうが、美味しいに決まっているじゃないか」
そう言うと、彼は残りのウナギに目もくれず立ち上がり、機械になった体をキイキイと軋ませながら、自室へと戻っていった。
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