第十六週:ボロキレとブラウス(水曜日)
「崖の下までどの位?」と、シズカが訊き、
「10~15クラディオン (1クラディオン=約4m)ほどです」と、男は答えた。
「崖の下には?」
「部下が五名」
「騎士?」
「――が二名と、警士が三名」
「公園の人の避難は?」
「進めていますが、休日の昼間では――」
「天気も良いしね」
そう言うと彼女は、一瞬だけ、遠くの空に浮かぶ白い雲を羨ましそうに眺めた後、直ぐにその目を目的の少年の方へと戻した。
「…………距離が近過ぎんのよね」
「……は?」
「いや……えーっと、展望台の周りに人は?」
「ここの避難は完了しています」
「了解――」そう言うと彼女は、着ていた甲――エシクスオオダケで編まれたと云う特製の竹甲――を脱ぎ始めた。
「……ロクショアさま?」
「あ、服までは脱がないから安心して」
「あ、いえ、ではなく……危険では?」
「危険が怖くて何が騎士よ、それに――」
「それに?」
「あんな小さな子がボロキレ一枚で踏ん張ってんのにさ、甲なんか着てらんないわよ」
*
「ねえー、ボクーー」と、シズカの柔かいがよく通る高い声が帝都の空に響いた。「これからどうするつもりーーー?」
が、しかし、この彼女の問いに対して少年は、追い詰められたマグラットのように体を小刻みに震わせ、周囲を伺うだけであった。
「あのねーー、ずーーっとそこにいてもー、なーんも変わんないよーー」
少年の首が、少し動いたような気がした。
「って言うかーー、私なら君を殺してあげることも出来るけどーー、どうするーーー?」
(続く)




