第十五週:ブルースとブラザース(金曜日)
「はい。それじゃ、お散歩ありがとう」
と、バイト代の一万ニャオン硬貨 (一ニャオン=約六銭)をシャ=エリシャに渡しながらエスラグ食品専門店『サミュルウェル』の女主人が言った。
彼女の愛ウルプレックスである 《Mr.ファビュラス》も公園でのギグ……もとい散歩がよっぽど楽しかったのか、半分寝ぼけ眼である。
すると、
「お友だちと一杯遊んでおねむなんでちゅかね~」と、ゴドピ族特有の長い腕で彼女の顎の辺りをコチョコチョしつつ女主人が続ける。「ほら、お友だちにサヨナラしなさい」
女主人の長い指が差す方角には未だ帰宅し終えていない数匹のドギックスとウルプレックスと、彼らにまとわりつかれて埋もれかけているナビ=フェテス少年が見えた。
「そう言えばさ」と、女主人がエリシャに耳打ちしつつ訊いた。「公園での話聞いたよ、どっちのアイディアだい?」
するとエリシャは微笑んで、
「いやあ、私たちもビックリしたんですよ」とだけ答えた。
*
「足元、気を付けろよ」と、地下に向う暗い階段の途上でダウ=マテフォイは言った。「なんなら手を握ろうか?」が、口調は軽いままである。「――昔みたいに」
すると、この問いに対したハビ=ヤハビは、軽く微笑むと、その白く細い手を彼の方に差し出し掛けたが、結局、
「ごめんね、マット」と、小さく答えて手を引いた。「つなぐと、戻っちゃいそうだから」
彼女のこの答えは、彼にとっては期待通り且つ残念でもあったのだが、こんなことで挫けていては紳士にはなれない。
「あーあ、」と相変わらずの軽い口調で彼は続ける。「オレと手を握りたいって女性はたくさんいるのに、何でオマエは断わるかなあ」
「ごめんね、マット」
「謝るなよ、余計にキズ付くから」
と、彼が手持ちのライトを地下の方へ向け直したのとほぼ同じタイミングで、
カチャリ。と、扉の開く音がした。
そうして、それに続く形で闇の奥から、
「シカシ、身重ノひゅーまのいどヲ柱ニ縛リ付ケタママニスルナンテ、ドンナ野蛮惑星ダヨ」と、奇妙でブヨブヨな感じの声がした。「本当二、家マデ送ラナクテ大丈夫カ?」
と、この声に対して、
「ええ、ご厚意はありがたいのですが」と云う若い女性の声がした。「妻にもあまり心配を掛けたくありませんし、一人の方が――」
この声を聞くなりヤハビは駆け出していた。
「ラハリ!」と、ヤハビが言い、
「ヤハビ?」と、ラハリが応え、
と同時に、二人は強く抱き合っていた。
「あれ?」と、遅れて地下室――JJJ団の秘密会議室――から出て来た博士が訊いた。「奥さま来ちゃったんですか?」
「ラシイナ」と、口づけを始めた二人から目を逸らすかどうか悩みながらMr.B。
「よく分かりましたね」と、博士。すると、
「ああ、それは僕が――」と、階段の上で置いてけぼりを喰わされている甘いマスクのイケメンが応えた。「知り合いの情報屋から教えて貰ったんだけど……君たちこそ誰だ?」
*
「やられた!」
と、《偉大なる先導者》のマスクを脱ぎ捨てながらジグ=ダソスは言い、かくしてこれが 《ブレケレン》におけるジュー・ジュラックス・ジュランの最期となった。
もちろん。
今回正体がバレたのはジグ=ダソスだけなので、また再び彼らが蘇える可能性も無きにしも非ずなのだが……
ま、今回のバカバカしい顛末を街の人たちが憶えている間は難しいだろうね。
ただちょっと可哀想なのは 《エル》と 《ジェイ》で、この件以降、彼らは外に出して貰えなくなってしまった。
……が、ま、それも隠れてフェテスが連れ出してるみたいだけどね。
(続く)