第十二週:チェスと木星(木曜日)
「それなら、キングはbの1だ」と、プール宇宙飛行士は言い、
「ナイトをcの3に」と、博士が応えた。
彼らの前には携帯型4Dデバイスで照射されたチェス盤が映し出されており、
「キングをcの1」と、プールが続けると、
「ルークをcの2で……チェックメイト」と、博士が得意気に言った。
すると、この彼女の声に従い画面上のルークが動き、ゲーム機はプールの次の言葉を待っているようだったが……、
「うん……投了しよう」と言う彼の声を受けると同時に、博士の方へ向けて『TU GANAS』の文字を照射した。
「なかなかやるね、お嬢さん」
「楽しい試合をありがとうございました」
「いやあ、こちらこそ――その腕はどこで?」
「ずっと一緒に旅をしてた人が好きで、このゲームもスペインのルイってお坊さんと相談しながらプログラムしたって言ってました」
「ああ、だから“ビショップ”が“エレファント”のままなんだな……」
「まあ、その人はもっぱら3Dチェスでしたけど」
「3Dチェス?」
*
3Dチェスは楽しい競技だ。
駒の形状は2Dチェスと同じだが、盤が立体的に配置されているため、それがゲーム性を高めてくれる。
公式なルールは何故か存在しないが (ファンの間では多数存在するらしいが)、盤自体はこの二~三百年これと云った変化もなく、4×4のメインボードが3枚、それに2×2のアタックボード4枚から構成されている。
メインボードは2列ずつズレて重なり、アタックボードは下にある短い棒でメインボードの四隅に取り付けるようになっている。
アタックボードはゲーム中に駒を載せたまま移動させることも出来…………と、まあ、書き出せば切りがないし、あんまり書いて詳しいファンからお叱りを受けてもアレなのでこの辺で止めておこう。
――長寿と繁栄を、船長。
*
「デ、げーむハ終ワッタノカヨ?」と、ブヨブヨフワフワなMr.Bが訊き、
「ああ、すっかり負かされてしまった」と、大変に爽やかな笑顔で宇宙飛行士は答えた。
「ナラ、モウ“えうろぱ”ダゼ」
「え? もう?」
「大分前ニ着イテタケド、げーむガ終ワルノヲ待ッテタンダヨ――アンタノ乗ッテタ宇宙船モ随分前ニ追イ越シタシナ」
「そうか……何か変わった様子は?」
「別ニ何モ。イツモノ宇宙ノ風景ダケサ――降リテミルカ?」
すると、この問いに対した宇宙飛行士は、足元に置いた宇宙服のヘルメットを取り上げようとしたが、その手を止めると、「いや――」と言った。
「任務のことが気になっていたんだが、何もないのなら良いよ」
「ソウカ。――ナラ、モウ地球ニ戻ルゾ?」
*
さて。この宇宙飛行士の男性、フラなんとか・プールはこの後、『大発見号』の中で起きたことはもちろん、博士やストーン女史やMr.Bなんかに救けられたと云う記憶やなんかもキッチリスッカリ“忘れさせられた”状態で地球の我が家へ帰ることになる。
なるのだが、頭のどこかにこの赤だか黄色だか緑だかの不定形生物の印象が残っていたりしたのだろう、彼はその後、自称『宇宙生物学の素人研究家』の枠を超えた活躍を見せ、東銀河でも指折りの生物学者へと…………と、まあ、これもまた別のお話ですね。
*
「でいじー、でいじー! 植エラレタノハ――」と、Mr.Bが鼻歌まじりに歌い、
「あ、」と、“元”宇宙飛行士がそれを止めた。「すまない。その歌はやめて貰えないか?」
(続く)