第十週:マントとエプロン(金曜日)
「いい?どんなに好きな人でも、お別れしなくちゃいけない時は来るわ――」と、ある人とのことを想い出しながら博士は言った。「そんな時、私達が出来るのは、キチンと“さよなら”を言ってあげることだけ――分かる?」
すると、この問いに対したシャーリー・ウェイワードは、自身の意志とは無関係に流れ始め止まってくれない涙に未だ少し戸惑いながらも、彼女の目を見、小さくうなずいた。
それから、そんな少女の返事に博士は、
「そう。かしこいのね」と言って軽く微笑むと、「右手を出して――」と、彼女を促した。
そんな自分の言葉に従って――素直に従って、差し出された少女の右手を博士は、その両の手で優しく包み込むと、
「だったら笑って“さよなら”を言いなさい」と、続けた。「――カワイイ顔が台無しよ」
*
「ナンデソンナ所ニ隠レテンダ?」と、不定形生物Mr.Bが言い、
「しーっ。声が大きい」と、口に人差し指を当てながら博士は応えた。「これから良いところなんですから――」
が、まあ、休日のだらけたOLのような格好で診療所の植え込みに隠れる彼女の姿は――うん。どう見ても不審者である。
すると、
「良イトコロモくそモアルモンカ、アンタノぼっくすガしっちゃかめっちゃかダッテ時ニ」と、Mr.Bが続け、
「しっちゃかめっちゃか?」と、博士が訊き返した。
なるほど。
Mr.Bの指差す方向に目を遣ると、そこには確かに、上下にピョンピョン跳ねたり、左右にブルブル震えたり、色をコロコロ変えたりしている彼女のタイムボックスがあり、中からは
「キャー」とか、
「だれかー」とか、
「あのチビどこ行った!!」とか叫ぶ女性の声が聞こえ…………ああ、うん、しっちゃかめっちゃかだね。
「ナ?」
「ライリーさんの調整は?」
「全然ダメ――アンタ以外ノ話ハ聞カナインジャナイカ?」
「そんなことはないと想いますけど……」
「取リ敢エズ診テヤッテクレヨ」
「えー、でも、これから若い二人が――」
と、一人と一不定形生物がのんきに話をしている間にも、ボックスの中からは
「いて!」とか
「なんで言うこと聞かないのよ!」とか
「あのクラゲオバケまた逃げやがった!!」とかの怒声が…………早く戻ってやれよ。
「仕方ないですね」そう言って博士は立ち上がると、「と云うか、私もアレに吐き出されたばかりなんですけど」と、頭を傾げつつ歩き出した。
「――反抗期とかかしら?」
と、まあ、機械にそんなものがあるのかどうかはさておき。診療所の窓には仲直りをしたであろう少年と少女の姿が映っ…………
グオオン。グオオン――やっぱり機嫌悪いなあ。
(続く)




